20伸ばす。すっごい伸ばす
「別に、いいけど」
あっさりと男は承諾した。本能的に危機を察した訳でも無く、何も考えていない様子だ。
黒い男はリュックを下ろして中を漁りだす。
色々な物が滅茶苦茶に詰め込まれているため、一つや二つ無くなっても気付かなそうだ。しばらく荷物と格闘した男は、ようやく目的の物を見つけた。
取り出したのは年季の入った大きな本だった。使い古された表紙はボロボロになっている。
「それ、あいつが持ってたのと同じ本だな」
ライシャさんの言う通り、男が持つ本は子供エルフが持っていたのと良く似ている。割とメジャーな教則本なのだろう。
「ここでは普通に魔法書が出回ってるのか。俺の所じゃ王族や金持ちぐらいしか持ってないぜ」
ハインラッドは興味深げに男が持つ本を覗き込んだ。
彼の魔法知識が豊富なのは、きっと仕えている例の犯罪国家のおかげだろう。ブルジョア御用達から一般階級に魔法を普及させた彼の功績は偉大としか言いようが無い。スピカさんが憧れるのも理解出来る。
一方本の持ち主である黒男は怪訝な声を出した。
「この本、うちの父親の手作りだから同じ物は無いよ。余程の馬鹿じゃなければ、普通は本なんて見ないし」
あなたの発言は自分が余程の馬鹿と認識した上でのものですか。
いや、それより彼の言っている事が正しければ驚くべき事実が発覚する。
ライシャさんがぽんと手を打った。
「お前、ケースケか」
彼女の言葉を聞いた男は少し考えると同じように手を打ち、思い出したようだ。
「ああ、あの時の」
言いかけて圭介らしき男は言葉を止める。そういえば私達が直接名乗った覚えは無い。向こうからすれば何年も前に会った相手だし、名前まで覚えてはいまい。
しかしこの男、本当に子供エルフの圭介なのか。エルフ特有の美しい髪と瞳はどこへ行ってしまったのだ。
「あなた本当にエルフですか。耳が長くないし、髪も目も違いますよ」
せいぜい似てるのは何も考えていないような表情だけ。外見ではとても同一人物とは思えない。
エルフといえば特徴的な長い耳のはずだ。この男の耳は人間のそれと変わりない。
「俺の集落は耳、長くないんだ。顔とかは目立たないように変えてる」
「整形の、魔法ですか?」
この世界では整形のような高度な医療は行っていないだろう。医者が存在するかどうかも怪しい。いたとしても治療という名の力技が炸裂し、死ぬよりはマシぐらいの感覚でやっているような気がする。
ライシャさんとハインラッドは整形という言葉を聞いてもピンと来ない様子だ。傭兵の彼女はともかくハインラッドが知らないとは意外だ。犯罪国家に所属しているなら周りに顔を変えるような者がいてもおかしくないのに。
二人に整形がどういうものかを説明すると、ハインラッドは納得したようにこう答えた。
「ああ、死体の顔の皮を剥いで」
「何を連想したか分かりませんが絶対違います。そんな不吉なもの思い出さないで下さいお願いします」
「それじゃあ顔を潰して」
「違いますから!ライシャさんまで何言ってるんですか!」
どうしてこの二人は残酷な方向へ話を持っていきたがるのか。嘘や冗談ではないと分かっているので余計に性質が悪い。黙って聞いていればトラウマを二・三個増やされそうだ。
もうこの話はいい。目の前にいるのがエルフ小僧の圭介という事を認めようじゃないか。
例え見た目が違っていても、胡散臭くても正真正銘彼はエルフだ。議論の必要は無い。
正直彼の正体などどうでもよくなってきた。なぜ魔法が使える彼が生き残っているのかも。
これ以上余計な手間を増やさないためにも、早くこの場を去って仕事の依頼主へ荷物を届けたい。
「ライシャさん、凄い魔法を見るんじゃなかったんですか」
「おお、そうだった!見せろケースケ」
彼女にとって相手が顔見知りだとかは関係無いようで、目には殺気が宿ったままだ。
圭介は前回のやり取りを思い出したのだろう。彼女の前で魔法を成功出来ず、また並の魔法では驚きもしない人物だという事を。
「凄くなくてもい」
「駄目だ」
ハードルを下げようとする圭介の発言をすかさず制止した傭兵様。さすがです。
結果如何によっては血の雨が降るかもしれない。
「お前本が擦り切れる程勉強してるじゃねぇか。自信持てよ。傭兵の姉ちゃんだって鬼じゃねぇし大丈夫だろ」
ハインラッドが圭介の肩を叩き励ましの言葉をかける。あの時と違って圭介の方が背が高いので何だか不思議な気分だ。
こうやって見ると彼が普通にいい人に見える。
「そうだ、これ飲むか?念のため」
彼は懐から小さなガラス瓶を出した。中には赤い液体。魂集めの時に使ったのと同じ物だ。
「ハインラッドさん、それは」
「復活薬、の試作品」
「全然大丈夫だと思ってないじゃないですか!自分の言葉に責任を持って下さい」
うん、私の勘違いでした。この男やっぱり犯罪者の極悪人です。
圭介は私達のやり取りで覚悟を決めたらしい。
本を開いて果実の大木へと向かった。
「これにするか」
彼は一際大きい樹木を選び立ち止まると、我々に手を振った。
「ちょっとこの木に登ってくれる?」
「いや、私は」
凄く遠慮したい。こういうのに参加した場合、絶対ロクな目に遭わない。
「行こうぜスドウ」
「ちょ」
ちょっと待って下さいと言う前にライシャさんが私の腕を掴み、跳躍した。
勿論逃げられるはずもない。
「大丈夫だ、守ってやるから」
最強傭兵様に言われたら断れないに決まってるじゃないですか。何ですかそのヒマワリみたいな笑顔は。
あとこれって男が女に言われるセリフじゃない。
ヒロインがときめくシチュエーションですよね、普通は。
太い枝に着地した私達の少し下にハインラッドもやってきた。
心なしか顔がニヤついているように思える。コンクリ詰めにして海に沈めてやろうか。
「じゃあ始めるから、落ちないように掴まってて」
圭介が魔法のために目を閉じ、集中を始めた。
先にどんな魔法を使うのか聞いておきたかった。今聞いたら集中が乱れて大層危険な事になりそうなので黙るしかない。
ライシャさんは私が落ちないように腕をしっかり握っている。
「光土法」
圭介が言葉を紡ぐと、大気が震えた。途端に物凄い光が彼の周りに集まり、樹木が大きく揺れ始める。
揺れているのは私達が登っている木だけではない。大地そのものが振動している。
私はどんな衝撃にもびくともしない傭兵様に支えられて平気だが、自らの貧弱な腕力で木を掴むハインラッドは大変だ。彼は振り落とされないようベルトで腕と枝を固定した。
世界全体をも震わせるような光と風の中、ただ一人生き残ったエルフの魔法使いが発動の言葉を唱えた。
「天地新芽射!」
大木が、すんごい伸びた。
「おおー、すっげえ伸びてんぞ」
「成長してるというか、巨大化じゃないか」
超スピードで伸び続ける果樹の上で普通に会話する傭兵と魔法使い。超常現象に慣れ親しんだお二人には、雲を突き破って成長する樹木もアトラクションと同じような感覚なのだろう。
ライシャさんなんて身を乗り出してくれちゃってるので、私も一緒に斜めってます。高所恐怖症じゃなくて良かった。
ぐんぐんずんずん伸びまくるおかげで地上がフェードアウトしそうな勢いだ。
出発地点の呪いの塔も、遠くに見えていた花を咲かす樹木も、今では眼下に収まっている。嬉しくもないが花の種類が特定出来た。
「あれは、ヒマワリの花だったんですね」
上空からでも分かる程に巨大なヒマワリが花を咲かせている下には、辛うじて分かるくらいの小さな集落が見えた。ヒマワリの大きな葉に囲まれているため、上からでなければ見つけるのは難しい。
付近には町があるようだ。
「ヒマワリの花だと?」
成長する巨大樹木に注目していたハインラッドは、私の言葉に反応し下界に目を向けた。
彼の住むオータムレインでは珍しい花なのだろうか。
「あそこにササギがあって、近くの町がロゼッタだ」
「そうですか。あれがライシャさんの」
殺戮マシーンを育て、獰猛な獣を調教し使役する戦闘集団が住まう町。
出来るなら一生足を踏み入れたくない。
「傭兵の姉ちゃん、もしかしてササギの奴らは花を護っているのか」
「おう、大事な花だからな。たまにロゼッタでも手伝ってる」
傭兵を雇ってまで管理するとは、余程資源としての価値が高いのだろう。花を盗もうとする輩がいれば死の制裁が加えられ、骸は土の養分にされるに違いない。
だからあれだけ大きく成長しているのだ。
「種を売っているのか?」
「売ってないぞ」
ハインラッドは妙に食いつきがいい。金の匂いを嗅ぎ取ったようでライシャさんに質問を浴びせている。
私は遠慮しておく。花のために命は散らしたくない。
何か子供がどうとかも聞いていたが、彼女は花について良く知らないようだった。
お喋りをする間にも木はズンドコ伸び続け、遂に雲の上まで到達してしまった。




