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02愛しの愛しの魔剣士さま

「へ~、ライシャさんってスプリングスノゥ出身なんですか」


「ん?ああ、そういやそんな名前だったかな」


 前を歩く女性陣二人は、出会ったばかりだというのに実にフレンドリーだ。男二人は若干距離を空けて彼女達の後をついて行く。

 クロノ君はショックからまだ抜け切れていないのか、先程から一言も発していない。それでも周囲を見渡し、警戒を忘れていないのはさすがといえる。


 一方のスピカさんはお喋りに夢中のようで、全く周りを見ていない。人手が欲しかったとはいえ、やはり女子はあてにならないのを痛感した。


 新加入のライシャさんをふと見ると、彼女は何故か足元の石を拾い、林の奥を見つめていた。


「おりゃ」


 彼女の手から投げられた、というより銃弾のように発射された石は、空気を切り裂いて遠くの方へ消えていった。

 一体何をしたいというんだこの人は。物凄くその行動理由について問い詰めたいが、先程のクロノ君の一件があるため口には出せなかった。


 数秒後、「ぐちゃっ」とかいう音と共に悲鳴が聞こえたような気がする。

 多分気のせいだ。きっと遠くで重い泥の塊か何かが落ちた音だ。決して人体のどこかが破壊された音ではないだろう。


「とう」

「ほっ」

「てりゃ」


 土砂崩れが多発しているようなので、我々は迂回しながら町へと向かった。雨も降っていないのに、不思議な事もあるものだ。

 危険地帯の道を通ったとは思えない程何事もなく、町にはあっさりと到着した。



「おお、町だ町」


「やったー、着いた着いた」


 女性陣は相変わらず元気だが、私はもう一日分の精神力を使い果たした気分だ。

 隣のクロノ君は、マネキンのような表情でどこか遠くを見つめている。私達は精神の安定と平常心を取り戻すため、予定よりもずっと早く宿で休息をとることにした。


 到着した宿の店主が、よく猛獣や盗賊に襲われなかったと驚いていたのに対し、


「イイエソノヨウナ人達イマセンデシタ会イマセンデシタ存在シマセンデシタ」


 クロノ君は機械音声のように繰り返していた。


 若者二人を部屋に残し、私は問題の彼女を連れて階下の食堂へと移動した。

 治安が良いとはいえない町のこういった場所は、辛気臭いか野蛮な輩の巣窟かに分かれる。幸いこの町には中心部にもっと大きな飲食店があるようなので、ここは前者の寂れた空間となっていた。


 もちろん彼女を連れ出した目的は、その正体を知るためにある。周りが静かなのは好都合だ。


「ではライシャさん、あなたは傭兵という事で間違いありませんね」


 彼女に話を聞いたところ、スプリングスノゥこと春の世界では戦争が絶え間なく続いていて、住人のほとんどが国に所属する兵士か傭兵なのだという。


 中でも彼女が住むロゼッタの町の傭兵は有名で、一騎当千の猛者どもが溢れていたそうだ。国家全域で起こった大戦記が終結し、傭兵稼業が少なくなったため、他の世界に出稼ぎに行こうという話になったというのだ。


「いやー、本当は他の奴が行くって話だったんだけど、面白そうだから勝手に来ちゃったんだよな」


 本来なら仲介業者(がいるらしい)が上に許可をもらい、調査をしたうえで仕事の内容を決めるのだが、彼女は暇に耐え切れず町を抜け出し、時空ゲートを繋ぐ吹き溜まりに飛び込んでしまったらしい。


 とりあえず魔法を見てみたいという要望を自動案内機に出したところ、ここに辿り着いたのだそうだ。

 よくもまあそんな無茶ができるものだと、感心するやら呆れるやら。


 大体ゲートは通行証が無いと使用できないし、時空転移には相当な金がかかる。

 だとしても、吹き溜まりに飛び込んでショートカットなんて危険な事は誰も思いつかないし、やろうとも思わない。


 ゲートがある場所に辿り着けるとも限らないばかりか、生きて脱出できるかも怪しい。度胸があるのか、単なる馬鹿なのか。


「話は分かりましたが、これからどうするつもりなんですか?」


 彼女の話から判断すると、恐らく金は持っていないだろう。でなければそんな突飛な行動を取るとは思えない。


「そうだな、魔法見てから考えるか」


 何という行き当たりばったりだ。この人は一体どうやって傭兵として仕事をしていたのだろうか。それで生き残れるのか、戦争世界。

 疑問ばかりが増えるが、戦力としては申し分ない事は確かだ。色々な意味で突き抜けたこの人物。私の仕事においては、あの二人よりも利用する価値がありそうだ。


「そういや、まだお前の名前聞いてなかったな?」


「ああ、すみません。すっかり忘れていましたね」


 私は握手のため習慣的に左手を差し出した。


「私の名はスドウです。以後お見知りおきを」


 後から思った。彼女が握手で私の手を粉砕しないだけの力加減ができるなら、もう少し他の事にも気を配ってもいいのではないか、と。

 もっともそれは、儚い希望と理解してはいた。

 正気に戻った少年と、目から輝き光線を放つ少女と合流し、我々は目的の人物に出会うべく野蛮の巣窟へと足を運んだ。



 扉を開けて中に入ると、予想通り酒場は人相の悪い集団の楽園だった。いかにも犯罪臭のするマッチョや、顔色の悪いひょろ長男。化粧の濃い女共に囲まれてギャンブルに興じる者や、安い酒に溺れて机に突っ伏す髭親父。

 全ての騒音を無視し、横で黙々と金勘定をしている帽子男。


 盗賊団のアジトを絵に描いたような酒場は、それでも互いに干渉はせず、均衡を保ってるようだった。

 入ってきた余所者をいきなり襲うような輩がいないだけ町の外よりは安全といえる。


「まだここには立ち寄っていないようですね」


 ざっと見渡すが、データにあったハインラッドという人物は見当たらない。とりあえず私達は入口の見える位置のカウンターへ移動した。

 幸いこちらの席は空いていたので、余計な問題は起こらなかった。私とスピカさんが座り、クロノ君とライシャさんが傍らで待機する形となる。

 今のところ何も問題なく事が進んでいる。


 途中店に駆け込んできた男が、仲間が頭を撃ち抜かれて死んだとかわめいていた。耳にしたクロノ君の顔が一瞬引きつっていたようだったが、まぁ特に問題はない。


 夕焼けの日差しが室内に差し込む頃には、男達はそれぞれの仕事のため店を後にした。

 きっと今日もどこかで不幸な人が、身ぐるみ剥がれたり命を落としたり、借金地獄に陥る事だろう。


 しばらくして彼は現れた。



「あ、あれです!あの人ですよ」


 小声で叫ぶという器用な芸当で、スピカさんは入ってきた男を指差した。フード付のマントを着込んでいるため、顔が良く見えない。よくこの状態で判別できるものだ。

 男はまっすぐカウンターに向かい、金貨を一枚置いた。


「度数の高いものを一本、それと塩をくれ」


 フードを取った姿は、まさしくハインラッドその人だった。恐るべきは女の勘、もしくは愛の力だろうか。


 店主が用意をする間、彼は何かを探すように店内を見渡した。しかしこの男、見れば見る程弱そうだ。顔色も良くないし、体格も剣士には向いてないように見える。

 実際、腰に差した剣を見なければ剣士だとは誰も思わないだろう。同じ剣士のクロノ君に視線を向ければ、彼も怪訝そうな顔をしていた。


 こちらの視線に気付いたハインラッドは、注文の品を受け取るとそのまま歩み寄ってきた。警戒しながら私が口を開こうとする前に彼から声をかけてきた。


「なあ、あんた剣士か?」


 いきなり話しかけられたのは、私の前に出ていたクロノ君だった。一体彼に何の用があるというのだ。


「お前こそ剣士か?弱そうだぞ」


 突っ込みを入れたのは我等が傭兵様、ライシャさんだった。

 一瞬戸惑った貧弱剣士は自分の剣を見るとああ、と納得したようでこう言った。


「俺は剣士じゃない。魔法使いだ」


「ええーーーっ!」


 盛大に驚いたのはファンであるスピカさんだった。


 そんなまさかいやでもこの時点ではまだ使えなかったのかもそうだそうに違いないきっとあとからすごい剣士になったんだなーんだ驚いて損したあははは。


 自己完結した少女は、次の瞬間にはもう立ち直っていた。

 駄目だ、理解できない。先行きが非常に不安になってきた。


 しかしこのまま戸惑ってばかりもいられない。私は会話の主導権を取り戻すべく、平静を装った。


「ところで、その魔法使いのあなたが彼に何の用ですか。雇い主である私に許可なく勝手に話を進められても困りますね」


 貧弱剣士改め、貧弱魔法使いとの駆け引きが始まった。


 今回私が受けた任務は、彼が所持する魔剣ダークブラッドソード、通称D・Bソードを手に入れるというもの。それも彼が所持している物ではなく、依頼主が指定した刃物をベースに新たに作り出す、という条件付きのものだった。


 この内容を知っているのは私とクロノ君だけで、スピカさんには魔剣士ハインラッドの魔法の調査、という嘘の任務を伝えている。

 実はこのD・Bソード、後の時代に行けば簡単に手に入るのだ。しかもハインラッド本人が製作・販売しているというお墨付きで、刃物を渡せば一日で完成するらしい。


 ならばなぜ、わざわざ危険を冒してまでこの時代に来たのか。答えは簡単、非常に金がかかるからだ。剣一本分で二・三年遊んで暮らせる程に。


 そう、私の作戦は現時代の弱い魔剣士に恩を売り、後の時代にて無料で剣を作らせるというものなのだ。

 これなら一本だけではなく、転売用も手に入れられるかもしれない。よって雇った人材は、信頼のおける無欲な少年とミーハー少女という構成になった。


 プロを雇うのが一番手っ取り早かったが、生憎そちらの方面に人脈は無く、下手をすれば追加報酬を要求されかねない。


 女傭兵様はまだ性格が良く分からないのと、本当にプロかどうか定かではないので任務の内容自体伝えていない。彼女には私の護衛だけを頼み、報酬については帰還するための費用を払うという事で合意している。


 話を戻そう。要するにこの任務、いかに金をかけずに成功させるか。全ては貧弱魔法使いとの会話にかかっている。 当人に感付かれないよう、細心の注意を払う。


 話によると、彼は国の命令でこの近辺に出没する魔女の討伐を受けたそうだ。普段なら魔法使いの自分と、もう一人剣士が派遣されるのだが、ここに来る道中で凶暴な獣に襲われ食われてしまったのだという。


 魔女が使役するという石人形には魔法があまり通じないらしく、自分は剣が使えない。仕方が無いので一人で出発しようと思った矢先、私達を見つけた。


「それで、クロノ君を連れて行きたいと」


「ああ、勿論金は払う」


 国から任務を受けているというのが本当なら、魔女というのはかなり厄介な相手なのだろう。それを仕方が無いから、という理由で一人で行こうとする神経が分からない。


 よほど自信があるのか。いや、だったら偶然見つけた少年に協力してもらおうなんて思わない。

 やはり若さがこういった行動をとらせるのだろうか。だがこれは願っても無い申し出だ。


「いいでしょう、ただし条件があります」



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