19傭兵様は欲求不満の様子
「なあスドウ、こっちに近付いて来る奴がいるぞ」
ほら来た。あんな血の匂いをさせていれば、いずれ見つかると思っていたのだ。
「人ですか?」
私は赤リボンを所持しているので人間や犬が相手なら安心だが、彼女の言う熊とやらが出てきたら危険だ。
いざとなったらハインラッドを食わせて逃げるしかない。
「人だ。急いでるけどあんまり早くないな。多分弱いぞ」
ええ、あなたを基準にしているのなら大抵の相手は弱いでしょうね。
近付いてくるのが犬ではないと分かったハインラッドは、あからさまにほっとした表情をしている。私も彼が咀嚼される様子を見なくて済んだのは嬉しい所だ。
走るスピードだけで相手が急ぐ様子や強さが分かるとは、さすがライシャさん。
「弱いって言うがどの程度だ。俺達に分かる例えで教えてくれ」
ハインラッドに言われたライシャさんは、一瞬考えた後私達を見比べる。
「スドウくらいか?」
「何だ、じゃあ大した相手じゃねぇな」
彼は抜きかけていた剣を鞘に納めた。相手が普通の人間レベルなら魔法だけで撃退できると判断したのだろう。
ところで、彼女はハインラッドと私の何を比べたのか。
この時代には魔法使いが存在しない。彼女が言う強さというのは恐らく肉体的なもの。ならば彼より私の方が断然勝っている。
逃げ足の速さを鍛えるための鍛錬は毎日欠かさず行っているのだ。貧弱な若作り魔法使いなどに負けはしない。
「相手は私達に気付いていますかね。このまま隠れてやり過ごせないでしょうか」
確率は低いが、単なる通りすがりの可能性もある。接触を回避すれば無駄な戦闘をせずに済む。
「気付いてるんじゃないか。まっすぐ向かってきてるし」
ゲートを開くには多少の時間が掛かる。向こうが弱いと分かっているなら、慌てて逃げるより対峙する方が安全だ。
相手が人間なら私に被害が及ぶ事も無い。
「仕留めとくか?」
ライシャさんは既にやる気満々で、巨大な岩を担いでいる。
小さな石でさえ頭をぶち抜く程の威力だ。こんな物をぶつけられたら普通の人間の体は原型を留めていられない。
「あんたの所の奴だったらどうするんだ」
「大丈夫だ。ロゼッタじゃ死んだらそいつの責任だから仕返しなんてしないぞ」
「そういう問題じゃないだろ」
さすが超傭兵。仕事ならば味方だろうが関係無い。容赦の無さに惚れ惚れする。きっとこれが平行世界でなくとも彼女は同じ行動を取っただろう。
向こうからやって来る者がこちらに危害を加える意思が無いと分からない以上、気を抜く訳にはいかない。何しろここは全地域が危険区域という恐ろしい世界だ。少しの油断が命取りになる。
不死身のハインラッドと違い、私の命は一つしか無いのだ。
「ライシャさん、なるべく殺さないようにお願いします」
本当なら一撃で葬ってほしいところだが、今はハインラッドがいる。彼にはまだまだ利用価値があり、印象を悪くしたくない。
こういった心遣いこそが人間関係の構築に必要だ。
「やってみるけどうまくいくか分かんねえぞ」
むしろ失敗してくれた方が好都合だ。構いませんよ、と笑顔で言いながら私はハインラッドの後ろまで下がった。万が一という事もある。いざという時は彼が身を挺して守ってくれるのを期待する。
ライシャさんは岩を担いでいない方の手で腰の武器を抜いた。
「ほい」
彼女は片手で大岩を上へ放り、白い棒をバットのように利用して打ち上げた。
あの巨大な岩を打ち上げられる強度を持つとは、一体どんな材質でできているのだろう。きっと私なんかが持とうとすれば武器の重さで手が地面にめり込み、両腕を粉砕骨折するに違いない。
吹っ飛ばされた岩はゆっくりと弧を描いて降下していった。あれなら私でも避けられるかもしれない。もちろんそれは私の人並み外れた逃げ足があってこそ。普通の人間なら気付いても逃げ切れまい。
そろそろ岩が相手、もしくは地面に激突する頃だ。出来れば断末魔を上げる間もなくお亡くなりになってほしい。
10秒経過した。
おかしい。悲鳴はともかく岩が地面にぶつかる音くらいは聞こえるはず。木に阻まれたとしてもあの重さと大きさなら容易くへし折れるだろう。
枝が折れる音もしないとなると、後は嫌な予感しかしない。
「跳ね返されたぞ」
人外の視力で一部始終を見ていたであろうライシャさんが、次の瞬間信じがたい事を言い出した。
それはすぐに現実として目の前に現れた。彼女が放った岩がそのままの軌道でこちらに飛んできたのだ。
当然ライシャさんは打ち返した。今度は打ち上げるのではなく飛んできた方向に一直線だ。私じゃもう避けられない。
一拍置いて、やはり岩は同じ速さで戻ってきた。
「ライシャさん、とりあえず止めて下さい!」
このまま打ち返しても結果は同じだろう。
相手がどんな方法で攻撃を防いでいるのか分からないため、姿を見ない限り対応しようがない。
ハインラッドにインレーザーでも撃たせてみたいが、跳ね返ってまた死体になられても困る。
ここは直接傭兵様に手を下してもらうのが一番だ。
飛んできた岩は彼女が片手で受け止め、くり抜いた場所へ戻した。
もし最初から彼女が本気で岩を投げていたら、恐ろしい事になっていたかもしれない。
しばらく経って我々の目の前に現れたのは、いかにも一般人ですといった顔の黒髪の男だった。
大きなリュックを背負っている他に特に目立った点は無い。一つ挙げるとしたら全身が黒いといった事くらいだ。
髪も目も服も黒い。ここまで特徴的な格好をしておきながら、平凡な顔のせいで印象が薄れる。きっと街中にいても背景に埋もれてその他大勢にしか見えないだろう。
「何だ、エルフかと思ったのに」
こちらを見て言葉を発した男は、いかにも期待はずれといった様子だった。そして後ろを向くと何事も無かったかのように来た道を戻ろうとする。
「お前、魔法使いか?」
男を呼び止めたライシャさんの目は心なしか輝いている。
弱そうだと判断した者が大岩を跳ね返したとなれば、魔法を使った可能性が大いにある。
男は振り返ると、ふと何かに気付いたような様子でこちらを見つめだした。
「うん?どこかで見た覚えがあるな。どこだったかな」
無表情のまま首を傾げている男は私達をぐるりと順番に見ていった。ルノ王国の城下町にでもいたのだろうか。もしくは警備隊か兵士の中にこの男がいたかもしれない。
「エルフ探してるならもういないぞ。全部死んだからな」
「それどころか魔法使いも全滅したはずだ。あんたも他の世界から来たのか?」
ライシャさんとハインラッドの話を聞いた男はえっ、と声を上げた。表情が変わらないので動揺しているのかいまいち判断できない。
とぼけているのか、素で驚いているのか。
「戦争は?どこが勝ったんだ。ルノ王国か?それともパルジョ?」
男に問われ、今度はライシャさんが首を傾げた。
「そういや、どこだろ?」
「傭兵のくせに知らねえのかよ!」
危うく私もハインラッドのように思い切り突っ込みそうになった。
この超傭兵について今、はっきり分かった事がある。
彼女は馬鹿だ。
傭兵だからとかそういう理由を差し引いてもお釣りがくる程に。どうして気付かなかったのだろうか。
きっと今までは某少女やウサ耳の異様な存在感や、傭兵としてのすさまじい能力のせいで彼女自身を一人の人間として見ていなかったからだろう。
今は存在に慣れ安全が確保されたため、ライシャさんの人格を観察する余裕ができたのだ。
まあ、スピカさんに比べて扱いやすい点や圧倒的な戦闘力の高さがあるため、大きなマイナスではない。いっそ騙してタダ働きさせるという手もある。
しかしバレた時の恐ろしさを考えれば、とても実行する事はできない。安全・確実が一番。無茶な事を考える必要は無い。
「えーと、戦争が終わってから残ってたのがブリュンヒルテと、ササギとロゼッタだな。新しくできたのがラーガラーガとコンネチ?だったかな」
ライシャさんが記憶を頼りに国の名を挙げていく。当然妖精の国や魔女の国の名は無い。エルフの国と同じように大消失で全滅したのだろう。
「雇い主の国が無くなったんだろ。あんたの所のロゼッタはどうしてるんだ」
「そうだな。ラーガラーガと戦ったり、時々攻めてくるブリュンヒルテを追い払ったり」
私の耳がおかしくなったのだろうか。ハインラッドの問いに答えたライシャさんがとんでもない事を言っているような気がする。
「戦争、終わってますよね?」
「終わってるぞ」
「じゃあどうして戦ってるんですか」
文化の違いというか異世界のカルチャーショックというか、この世界では戦争に関する考え方が大きく違うようだ。
一体彼らは何のために傭兵集団の住まうロゼッタを攻めるのか。
「たくさん死んだから結婚相手を探してるんだろ。花もあるし」
全く以って意味不明だ。これ以上訳の分からない話を聞いていては脳細胞が破壊されてしまう。私は適当に会話を切り上げ、話題を変える事にした。
そう、先程からノーリアクションの黒男の正体を確かめなくては。
私が現在使用している時空ゲートは、他の旅行者の参加を受け付けないプライベートゲート。
オープンゲートと比べて利用料金が数倍割高だが、部外者の乱入というリスクを回避するためには必要不可欠だ。そのプライベートゲートに外部から侵入できるはずが無い。間違い無くこの男は今の時代に存在している者だ。
奴は一体何者なのか。本当に魔法使いならどうやって大消失から逃れたのか。
ついでにライシャさんの攻撃を防いだ手段が魔法以外のものなら、ぜひ教えてもらいたい。
「それで、あなたは」
「お前魔法使いなんだろ?」
いきなり内部からの邪魔が入った。予想外過ぎる。
頷いた男にライシャさんはずずい、と近付いた。他にもいるのか、一番強い魔法使いはどこにいるんだ、などと詰め寄っている。
期待外れの魔法ばかりだった反動か、若干殺気も混ざっているような気がする。
もちろん我等男性陣は彼女を止める手段など持ち合わせていない。
「一番すごい魔法を見せろ」
ああ、見せなければ男の命はきっと無い。




