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17運の悪さは四世界一かも


 広大な草原を駆け抜けると、大きな枯れ木林が見えてきた。林の入り口付近には濁った大きな沼がある。


 ここがレイジットの入り口だ。既に国境を越えているため、恐らくルノ王国の兵士も追っては来ない。

 沼に架かる橋を渡り、私達は枯れ木の間に身を潜めた。


 しばらく経ってもハインラッドがやって来る気配は無い。やはりあの人数を相手にするのは無茶だったか。

 伝説の魔剣士もまるで猟師に追われる子兎。容赦無くハンティングされていた。


 とりあえず海にさえ沈められなければ何とか復活してくるだろう。


 私は呪いの塔付近にあったゲートの位置を端末で操作し、沼の近くに設定した。

 彼が合流すればすぐに脱出が可能だ。ゲートはこの時代の人間には見えないし、料金を払っている私達にしか利用も出来ない。


 後は目立たないようにハインラッドを待つだけ。なるべくレイジット側にも見つかりたくはない。


「スドウ、エルフのガキがいたけど始末するか?」


 ライシャさんが早速獲物を捕獲していた。

 しまった、彼女も森では最強のハンター。先に注意すべきだった。


 クリーム色の帽子を被り、大きな本を持った子供が彼女の手にぶら下がっている。耳は帽子に隠れていて見えない。

 サラサラの金髪と透き通った薄い緑の瞳は、誰もがイメージするエルフの容姿そのものだ。


 子供は既に観念し、暴れもせずに落胆した様子でこう言った。


「できればあまり痛くない方法でお願いします」


 ちょっと諦めが良過ぎではないだろうか。

 そりゃあ相手が最強傭兵のライシャさんで、どう足掻いても百パーセント勝ち目がないのは判る。だが実力差も考えず馬鹿みたいに突っ込んで行くのが子供の役目だ。


 魔法でも放って不意を付けば、逃げられる可能性が万に一つはあるかもしれない。


 いや、百万。億に一つくらいか。


「別に私達はここを襲いに来た訳ではないですから。敵意が無ければ放っておいて構いませんよ」


 わざわざレイジットを敵に回す必要は無い。


 ライシャさんはエルフの子供を持ったまま、顔をまじまじと覗き込んだ。エルフの子供が珍しいのだろうか。

 子供の方は彼女の視線に怯える事もなく、どこかぼんやりとした印象を受ける。


 ところで私は子供が嫌いだ、子供と描いてガキと読むぐらいに。

 いくら子供らしからぬ落ち着きを持っていても、嫌いなものは嫌いなのだ。


 だからハントしたおガキ様を早くどこかへ追っ払うなりぶん投げるなりしてほしいのだが、傭兵様は魔法使いのガキに興味津々の様子だ。


「お前、名前は?」


「圭介」


 実にエルフらしくない名前の子供を片手に、ライシャさんは何かを閃いた様子。


「よし、じゃあケースケ。魔法見せたら逃がしてやる。お前魔法使えるんだろ」


 どうやら彼女はルノ王国の魔法だけでは満足していなかったらしい。

 最も強い魔法を使うというレイジットのエルフが目の前にいたら、見てみたいというのは当然かもしれない。


 しかしいくら相手が子供でも、目の前で魔法を使われたら危険ではないか。主に私が。

 ライシャさんに非難の眼差しを送る。


「大丈夫だって、門番だろ?お前」


 吊られている子供は頷いた。何が大丈夫なのか。


「門番ってのは一番弱い奴がやるんだよ。攻められたら最初にやられるからな」


 つまり囮だ。どうせ真っ先に殺られるなら弱い奴を生贄にして、無駄に戦力を減らさないようにするという訳か。

 だからといって年端もいかない子供を見張りに立たせるとは、つくづく恐ろしい所だ。

 

 一番弱いのだから魔法も大したものは使えない。だから大丈夫だとライシャさんは言っているのだ。


「僕、あんまり魔法うまくないですよ。一個しか使えないし」


 ようやく解放されたエルフの子供は、渋々といった感じで持っていた分厚い本のページをめくった。まだ幼く未熟なため手本が無いと魔法が使えないのだろう。

 目的の項を開くと圭介は足元に転がっていた小枝を拾い上げた。


「ちょっとこれを思いっきり投げてみてくれますか。僕が魔法をかけるので」


 子供エルフは枯れた木の枝を傭兵様に手渡した。捕らえられていた相手に殺傷能力のある尖った枝を渡すとは、随分度胸がある。


「お前にか?」


「いや、それは難易度高過ぎですよライシャさん」


 この近距離ではきっと魔法を使う前に枝は子供の体を貫くだろう。

 いくら子供が嫌いでも目の前で死体になるのは勘弁してもらいたい。


 適当な方向に投げればいいものを、わざわざ人に当てようとする辺りが彼女らしい考え方だ。魔法の効果が判りやすいようにと、平原の方へ投げる事になった。


「風法・空気縛り」


 ライシャさんの持つ枝に圭介が魔法をかけた。投げると同時に発動させるにはタイミング的に無理があるため、このような形になった。

 枝が一瞬光った他に目立った変化は無い。


 それにしてもこの世界の魔法のネーミングセンスは独特な響きがある。扱っている人間がファンタジー全開の外見なので、余計にギャップが激しい。

 子供の両親が血迷ってあのような名前を付けてしまったのも、これが原因かもしれない。


「おりゃ」


 枯れ枝に魔法がかかったのを確認すると、ライシャさんは槍を投げるようなフォームで枯れ枝を投擲した。

 彼女の手から放たれた枝は、正に目にも留まらぬ速さで一直線に飛んでいった。


 一拍置いて「ぎゃあ!」とどこかで聞いたような悲鳴が響いた。


「で、どうなるんだ?」


 枝を飛ばした方向を見ながらライシャさんが尋ねる。彼女の表情は期待に満ち溢れていた。

 一方のちびっ子魔法使いは耳を澄まし、何も聞こえないのを確認すると失敗かな、などと呟いた。


 向こうを眺めているライシャさんの様子を見るに、何も起こっていないようだ。


「どんな魔法を使ったんですか」


「対象を中心に竜巻を起こして、真空波で息の根を止める魔法なんですけど」


 思いっきり危険な魔法じゃないですか。どこが大丈夫なんですかこんにゃろう。


「すいません、失敗みたいです」


「え~、失敗かよ」


 ライシャさんは不満の声を上げた。子供は魔法の失敗で人生の終わりを悟ったようで、本を地面に置き目を閉じた。どうぞやって下さいと言わんばかりに。


 いくらライシャさんでも魔法が見られなかった位で子供を始末する事は無いだろう。元から一番弱いと分かっているのだから、大した期待はしていなかったはずだ。


 だがこの子供が魔法の失敗は死で償います、と言い出しでもしたら大変だ。

 彼女なら普通に介錯を引き受けてしまうかもしれない。文字通りの公開処刑など間近で鑑賞したくない。


「何やってんだ?お前」


 いかん、ライシャさんが目を閉じたままじっとしている圭介に気付いてしまった。


「僕に魔法の才能が無いと改めて実感しました。五十年修行しましたが全ては無意味だったようです」


 どうやら彼は子供ではなかったようだ。人間ではないのだから見た目と年齢が一致しなくてもおかしくない。


 しかし五十年も修行して魔法が一つしか使えないとは、これは才能が無いにしてもひどすぎる。魔法に最も秀でた種族だというのに、本当にこいつはエルフなのか。

 ちょっとその帽子を取って耳が尖っているか確認してみたい。


「こんな僕なんて戦場でも役に立たないでしょう。今のうちに」


「そういえばライシャさん、あなた何に向かって枝を投げたんですか」


 圭介が人生にピリオドを打つ台詞を言う前に、無理矢理話題を変えた。

 子供だろうと大人だろうと目の前で死なれたら目覚めが悪い。やるなら私の目の届かない所でひっそり消えてほしい。


 幸い大雑把なライシャさんは会話の不自然さなど微塵も気にせず、圭介も抗議の声を上げなかった。


 私の質問に彼女は至って普通に答えた。


「何って、こっちに向かってたハインラッド」


「どうしてわざわざ当てるんですか!」


「だってどんな魔法か分からないからな。ハインラッドなら大丈夫だし、感想も聞けるかと思って」


「やるなら先に言ってくれ。こっちにも心の準備ってものがある」


「ほら、ハインラッドさんも言ってるじゃないですか」


 何やら展開に既視感を覚える。

 さすがに二回目となると驚きはしないが、ちょっと復活が早すぎるのではないだろうか。


 振り返るとそこには額を押さえたまま、何だか色んな物で汚れたハインラッドが立っていた。服にはハサミや裁縫針、彫刻刀や串など生活感溢れる凶器が残っている。


 一体どれだけの職種を相手に乱闘したのだろう。


 急所付近の損傷が少ない事から、狩りは生け捕りを目的にしていたようだ。不死身の能力を持つ人間なんて戦争前の国家としては願ってもない実験体だったろう。


 ようやく追っ手を振り切ったと思っている所にこの仕打ちだ。彼もつくづく運の無い男だ。

 凶器やら食材やらを払い落とし、ハインラッドは枯れた大木に背を預けた。彼の額はなぜか赤く腫れている。


「それ、どうしたんですか?治っていないようですけれど」


 復活したのなら怪我は治っているはずだ。枝の殺傷能力が不死身パワーを上回る程だったのか。それとも圭介の魔法に何か特殊効果でもあったのか。


「治す程の怪我じゃなかったからな」


 ちなみに彼が言っているのは治療では無く、死んで復活するという意味だ。

 あの攻撃でハインラッドは死なず、額を打撲した程度の被害で済んだという事だ。


「俺も最初は頭を撃ち抜かれるかと思ったが、魔法が掛かっていたおかげで相殺出来た。もう少し魔法に威力があれば完全に無効化できたと思うぜ」


「何だ、ハインラッドが急に強くなった訳じゃないのか」


 こんな短期間であなたの攻撃を凌げる強靭な肉体を手に入れる方法があったら、私は全財産投資しても知りたいですよ。


 とにかくハインラッドが言うのなら間違い無い。魔法はきちんと成功していたのだ。私は彼に圭介の事を説明した。

 長く生きている彼ならいい励ましの言葉を贈ってくれるはずだ。


 誤解の無いように言っておくが、これは決して親切心ではなくあくまで私の精神の安定のためだ。


 お前、案外いい奴だなとライシャさんが激しく勘違いしていたので、必死で説明し無理矢理納得してもらった。

 ハインラッドがこちらを見てニヤニヤしているのが気に食わない。目で殺意を送ると彼はようやく圭介に声をかけた。


「ちゃんと出来てるじゃねえか。魔法の制御があったから俺は串刺しにされずに済んだんだぜ」


「でも、普通は対象の前で止まるはずなんですけど」


 ハインラッドは腰を下ろし圭介に目線を合わせる。まるで子供に対する接し方だが、どう考えても五・六歳ぐらいにしか見えないので違和感は無い。


「あの姉ちゃんは特別だ。普通なんて枠に収まらないどころか空間も超越するぞ」


 私も同感だ。ライシャさんが普通なら私は虫けら以下、いや肉眼では見る事も出来ない細菌レベルだ。


「坊主、お前はまだ若いしいくらでも伸びるさ。俺の知り合いに魔法が得意な種族の男がいるが、そいつは魔法が使えないどころか魔力も持っていなかったんだ。奴に比べれば魔法を覚えるのが遅いなんて大した事ないだろ」


 ハインラッドは圭介の帽子をぽんぽん叩きながら、優しく話している。子供をあやすのに実に慣れた様子だ。

 オータムレインの記録では生涯独身だったらしいが、実は隠し子でもいたのではないか。


 ハインラッドに励まされ、圭介は多少元気を取り戻したようだ。もう傭兵様に自殺協力を懇願する事も無いだろう。


 ようやくこれで一息つける。



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