15チャラ王子との入隊試験
「で、この状況を説明して欲しいんだが」
中庭でハインラッドとカロルが対峙している。
名前を記入してから聞くあたり、割と流れに逆らわない彼の性格がうかがえた。
金髪男は相手が誰でも良かったようで、光る剣を振りかざし構えを取っている。ハインラッドに事の成り行きを話すと、じゃあ適当に魔法を撃たせて負ければいいかと納得した。
そこは納得していい所なのか。
「負けても構いませんが、なるべくスプラッターな光景にはならないで下さい」
「了解」
ハインラッドも剣を抜いた。手にしているのはD・Bソードだ。
前に持っていたどこにでもありそうな普通の剣ではなく、重厚な装飾がされた黒い刀身が怪しく光っている。
この姿では魔法剣士だと誤解されるのも頷ける。何より剣を持っていながら剣士でないと思う者はいないだろう。
二人の胸元には20センチ程の白いリボンがピンで留められている。相手のリボンを斬るか戦闘不能にすれば勝利という簡単なルールだ。
「ではお互い自己紹介をしよう。我が名はカロル。王国警備隊イージアの隊員だ」
金髪男が剣を眼前に構えポーズを決める。
何だろう、すごくライシャさんに殴って欲しい。
「俺はハインラッド。どこにでもいるただの魔法使いだ」
続いて渋々といった感じでハインラッドが名乗りを上げる。
どう考えてもただの魔法使いではないが、わざわざ相手にそれを教えてやる必要は無い。
「カロル、午前中はこれで最後だ。手早くやれよ」
隊長の発言により、ハインラッドの発言はさりげなく流された。金髪男も自分で名乗りたかっただけの様子。
一部の隊員とギムネットなどは不自然さに気付いたらしく、疑いの眼差しを向けている。
「では、始め」
開始の合図で金髪男が飛び出した。瞬間移動並みのライシャさんとは違い、私でも目視出来る。
それでもかなり素早い動きには違いない。詠唱時間が間に合うのだろうか。
ハインラッドは特に慌てた様子も無く、剣を持たない左手の人差し指と中指を合わせカロルに向ける。
彼には詠唱を必要としない魔法があった。
「マイト」
目前に迫りつつあったカロルの一歩手前で、地面が派手な音を立てて爆ぜた。飛び退いた着地点を狙い再び爆音が響く。
まるで地雷が爆発したかのような光景だが、実際は地面の表面の土を削り小石と一緒に巻き上げているだけだ。直撃しても砂まみれになるくらいの威力しか無い。
拳大の石が飛んでいるように見えるのは、密集した砂粒で作った偽物。
威力を極限まで落とし、無駄に改良を加えられた攻撃魔法モドキを見破るのは難しいだろう。
うまく避ければ避けるほど魔法の正体は分からない。
激しい爆撃を避けるため、カロルは一旦距離を取った。
「おい、あんた剣士じゃなかったのか」
どうやらこいつは本気でハインラッドの話を聞いていなかったようだ。騙したなー、卑怯だぞー、などとアホな事をほざいている。
この様子なら嘘魔法にも気付いていない。
「カロルさーん、さっきその人魔法使いって名乗っていましたよ」
「えっ」
見かねた妖精がわざわざ間抜けな金髪に説明する。自分で名乗らせて聞いていないとは何事だ、とフード男は呆れていた。
横にいる隊長も多分聞いていなかったが、素知らぬ顔をしている。
外部の二人は早くこんな国見限った方が身のためだ。
「そろそろ撃ってもいいか?」
ハインラッドは時間稼ぎのおかげで準備万端だ。
彼の周りには大小様々の立方体が多数浮遊していた。およそ20個。呪文を唱え終わりいつでも発射できる状態だ。
適当に負けると言っておきながら彼は案外やる気だ。あんなアホに負けたくないという気持ちの表れか。
「わざわざ待っていてくれたのか。後ろを向いているうちに攻撃しても構わなかったのに」
金髪の表情は崩れない。先程は魔法使いだと知らなかったから戸惑っただけだ、と言わんばかりの余裕の態度だ。よほど自分の実力に自信があるのだろう。
「なら遠慮はいらねぇな」
ハインラッドは足元にあった小さな氷の箱を2個、まとめて蹴り上げた。
衝撃を受けたボックス魔法はカロルの手前に着弾。砕けた箱から人間を串刺しにできるような氷柱が飛び出した。
ある程度予想していたのだろう。氷の槍を高く飛んで回避したカロルは剣に火を纏い、ハインラッドへ向けて振りかぶった。
「火剣・大蛇!」
剣に纏わり付いた炎はくるくると回り、振り下ろした剣先から襲いかかる。鈍い速度で向かってくる炎の大蛇をハインラッドは大きめの立方体で迎撃する。
「ウォーター・ボックス」
水の塊を掌で押し出すと大量の水が噴射した。動きの遅い蛇は飲み込まれて消え、水の勢いもすぐに無くなる。
続けざまに彼は再び三個のアイス・ボックスを放った。
今度は拳で叩き割り、直接冷気として発射する。辺りの温度が急激に低下し凍った空気がキラキラと太陽に反射する。
綺麗なのはいいがむちゃくちゃ寒い。使用者のハインラッドは大丈夫でも、普通の人間にとっては凍えるような温度だ。
ライシャさんは普通じゃないので平然としている。
私はたまらず携帯カイロと耳あてを鞄から取り出した。観戦している兵士達は鎧を着込んでいるため平気そうだ。
「おいカロル、とっとと終わらせろ」
鎧の兵士と違い、制服だけを着ている隊長や他の隊員方にはいい迷惑だ。金髪男に野次を飛ばす者もいる。
妖精は隊長の腕章と腕の間に入り込んで寒さを凌いでいる。
ちょっと可愛い。いや、かなり可愛い。商品化出来ないだろうか。
「分かってますって。今までのはお遊びっスよ、お遊び」
金髪男は剣が燃えているため寒さをあまり感じていないのだろう。だが長引けば寒さで動きが鈍るのは間違い無い。ハインラッドの周りに浮いている残りの立方体も、色から察するに全て氷や水。
自分の運動能力の低さをカバーするために計算された戦術だ。
「それじゃあそろそろ終わりにしちゃおうかな」
カロルが剣を構え直すと、ハインラッドの周りにバレーボールぐらいの火の玉が大量に出現した。
こちらの世界の魔法は呪文詠唱が存在しないらしい。ハインラッドが用意した魔法の箱より確実に数が多い。
「火毬!」
剣先を向けると火球が一斉に襲い掛かった。ハインラッドは魔法で迎撃する。
一つのボックスで数個ずつ相殺しても火の玉はどんどん追加される。詠唱のいらない火の玉に対して、ボックスを形成してから使うハインラッドの魔法では圧倒的に不利だ。
とうとう火の玉が二つ、盾をすり抜けた。これはD・Bソードで迎え撃つしかないだろう。
しかしハインラッドは迫ってくる火の玉を避けようとしない。代わりに残っているボックスを使う。
「ウォーター・ボックス」
箱を砕くと中から水の玉が大砲のように発射された。火の玉の脇を抜けカロルへと飛んでいく。
防御魔法と思っていたため金髪男の反応が遅れたが、慌てず再び剣に激しい炎を纏う。
水の大玉は魔法の剣に切り裂かれると呆気なく蒸発した。中身は空洞だ。
一方避けも隠れもしなかったハインラッドに火の玉が命中。始めの二発どころか後から続けて発射された火の玉も全て着弾した。
残っていた魔法の箱も全て砕け、大量の水蒸気が彼らの周りを包んだ。
丸焦げになった様子を見ようと近付いたカロルに、隊長と妖精の声が響いた。
「馬鹿、すぐに離れろ」
「カロルさん、上!」
声に反応し、空を見上げた金髪男は慌てて飛び退いた。
蒸発した水蒸気が氷点下の空気に触れ、大量の氷の針となって降り注いだからだ。
その場に留まっていれば立派な氷のハリネズミができた事だろう。
「あ、危ねーっ。最後の最後でやられる所だったぜ」
「何が最後なんだ?」
相手を倒したと思い、すっかり気を抜いていたカロルは飛び上がる程驚いた。
声の主は火の玉に焼かれながら全く無傷のハインラッド。リボンどころか服も焦げた様子は無い。
「手加減が過ぎるんじゃないか。これじゃあ紙くずも燃やせないぜ」
奴が手加減をしていたのではない。私は火の玉が着弾する様子をしっかり見ていた。
赤く燃え盛る火の玉は間違いなくハインラッドを捉えていた。
このまま直撃して人間の丸焼きが完成すると思われていたが、魔法が彼に触れた途端音も立てず水風船のように割れてしまった。後から到達したものも彼に燃え移る事無く消えてしまう。
ハインラッドは魔法が効きにくい体質だ。どうやらこの世界の魔法も例外では無かったようだ。
観戦していたギャラリーもこれには驚いた。表情をあまり変えなかった隊長も、何事かと身を乗り出している。
「おい、どういう事だ。あの服が魔法を無効化したのか?」
「服には魔力を感じません。特殊な素材でしょうか」
「魔法を使ったような動きは無い。持っているあの剣の力か、もしくは他の道具か」
隊長の疑問にプリティ妖精とササギの男が答える。魔法の知識が豊富な妖精にも、どうやって魔法を防いだのか分からない様子だ。他の兵士達もざわめいている。
「どうした?まさかあんなチャチな魔法で全力だったのか。そこらのガキでももっとましなのを使えるぜ」
周りの反応を気にせずハインラッドは余裕の笑みだ。
何が起こったのか全く理解していない金髪男はここに来てようやく焦りの色を見せた。
自慢の技をあっさり破られた事にではなく、正体不明の男に気味の悪いものを感じているようだ。
「何だ、もう怖気づいたのか。この程度の奴が警備隊ならこの国も長くねぇな」
安い挑発をなおも続けるハインラッド。きっと彼はライシャさんに派手な魔法を見せるため、奴を煽っているのだろう。
そうじゃなかったらただの性格の悪い若作りだ。
「良かろう、ならば我が最強の魔法と剣技でその身を滅ぼすがいい」
こちらはこちらで悪の総大将のような台詞を吐いている。
奴が本当に王子なら、兵士達の前で挑発に乗らない訳にはいかないだろう。己のプライドと国の威信をかけて、この無礼な輩を許す事は出来ない。
周りも止めるどころか大きな声援を送っている。
「やめた方がいいぜ、その剣が大事ならな」
ハインラッドはD・Bソードを構えた。剣を構えるとそれなりに様になっているが、彼は生粋の魔法使い。どう考えても相手を騙すために剣を持っているとしか思えない。
剣士だと思い込んで負けた者は、死んでも死に切れないだろう。
私はむしろ好感が持てる。騙される方が悪いのだ。
文句を言う奴は戦いをスポーツか何かと勘違いしている。命の取り合いに駆け引きは必要不可欠だというのに。
「カロル、殺すんじゃねぇぞ。そいつには色々聞いてみたい事がある」
「了解っス隊長。でも保障はできませんよ」
うっかり殺してしまっても大丈夫。不死身ですから。
とりあえずはハインラッドを応援しておこう。声援を送って周りに睨まれても困るので、心の中だけで。
「行くぞ、火剣・火の鳥!」
カロルは構えた剣を上空に突き出し叫んだ。剣を包んでいた炎がより一層燃え上がり、赤い炎は高温の青の炎へと姿を変えた。
熱気で冷えていた気温が一気に上昇、途端に夏場のような暑さへと変化を遂げた。今度は重装備の兵士の中身に優しくない環境だ。
剣から離れた青い炎はいくつかに分かれ、翼を広げて地面に着地した。現れたのはまさしく鳥。
紛れもなく正真正銘に鳥だった。
「さあ、我が魔法の威力を存分に味わうがいい!」
カロルの号令で火の鳥達は一斉にハインラッドに襲い掛かる。風を切り猛烈なスピードで、走った。
飛ばないんかい!
てっきり飛んでくるものと思っていたハインラッドも、これには驚いたようだ。
鳥は鳥でも飛べない鳥、鶏はその強靭な脚力で地面を削りながら前進した。ハインラッドが魔法で迎え撃つも、素早い動きであっさりとかわされる。
彼の腕ではD・Bソードを当てることはできないだろう。一体が燃え盛る体を武器に突進してくる。
どん、という音と共にハインラッドは鶏に吹っ飛ばされた。炎が燃え移る事は無かったが、物理的な攻撃は通るらしい。城壁にぶつかるとまではいかなかったが、ひょろい彼には相当の衝撃だ。
体勢を立て直す間もなく次の火の鳥が突進してくる。地に伏したままのハインラッドは素早く両手を地面に叩きつけた。
「ウォーター・ボックス」
一瞬で巨大な立方体が火の鳥をハインラッドごと飲み込んだ。ボックスに突入した炎の鶏は、水中でも消えずに直進する。動きはスローだが確実に相手に向かっていく。
魔法ほぼ無効の能力を持つ彼は水中でも呼吸ができ、普通に動けるらしい。これが自然の水なら溺れ死んで再び地獄を見た事だろう。水の檻を走って脱出した彼は、続けざまに魔法を放った。
青い炎の鳥は氷をも溶かし、鉄の箱でも突破してしまうかもしれない。ハインラッドは動きの鈍った鳥に対し、一番確実な攻撃を選んだ。
「インレーザー!」
彼の指からはなんと五本、いや五匹もの閃光が放たれた。インレーザーはそれぞれ水中の火の鳥を貫き一瞬で消えた。肉眼ではやはり光としてしか認識できない。
一拍遅れて水中の火の鳥は衝撃で飛散し、牢となったウォーター・ボックスも鋭利な刃物で切られたかのように分解した。
水しぶきを上げながら崩れ落ちる水の壁を私は唖然と見ていた。
確かハインラッドが魔女から奪ったインレーザーは一匹だけのはず。五匹が同時に発射されたように見えたのは実は錯覚で、一匹を文字通り光速で動かしたのだろうか。
「なあスドウ、五匹いたぞ」
やはり五匹だ。超傭兵様が言うのだから間違い無い。一体どういう事だ。まさか養殖して増やしたのでは。
なら是非方法を教えて欲しい。 世にも珍しいペットとして販売できるかもしれない。光の灯るインテリアにもなり一石二鳥だ。
ところで先程ハインラッドは呪文を詠唱せず、巨大な水の塊を出現させたように見えた。
一度に複数のインレーザーを使用していながらも平然と立っている。
スピカさんではないが、これは気になる。後で追求しなくては。
「もらった!」
掛け声と共にカロルが崩れた水壁を突っ切った。奇襲をしたつもりでも声を出したためにバレバレだ。鶏より遅い金髪の剣に反応したハインラッドは、剣を構えるだけで良かった。奴は特にフェイントをかけるでもなく、真正面から剣を振り下ろした。
「剣が惜しいならやめておけと言ったはずだぜ」
魔法剣はD・Bソードに触れた途端、ガラスのように砕け散った。
剣自体が魔法で作られていたのだろう。魔力を断ち切られては形を保てない。
剣を砕かれて動揺している隙を突き、ハインラッドは素早い動きで距離を取った。恐らくウィングブーツ。一瞬でかなりの距離を移動し、D・Bソードを納めるとカロルに向けて呪文を放った。
「ダイナ・マイト!」
中庭に偽の攻撃魔法とは比較にならない大爆発が起きた。
爆心地にいたカロルに確実に命中したはずだ。もしかしたらバラバラになった肉片がその辺りに転がっているかもしれない。
だが土煙が晴れた場所には五体満足の金髪がいた。盛大に汚れているが見た限り大きな怪我は無い。
本人も自分がなぜ無事なのか不思議そうだ。
派手な大爆発も偽物かと思いきや、奴の周りの地面はしっかりと抉られていた。クレーターの中心部だけが元のまま残っている。
手加減されたと気付いたカロルはまだ戦える、とばかりに火の玉をその手に作り出した。本人はやる気でも明らかに剣を持っていた時より小さい。
「止せ、カロル」
「まだ終わってないっスよ、隊長。奴の息の根を止めるまでは」
武器を失っても戦闘意欲を失わないのは結構だが、どう見てもこの男の負けだ。気付いていない金髪に隊長が指差す。
目線を追って自分の胸元を見れば、勝敗の証となるリボンが無残に焼け焦げていた。
指摘されたカロルはわざとらしいぐらい衝撃的な叫びを上げると、あっさり負けを認めた。




