13新パーティーは魔法見隊
「と、いう訳でここがライシャさんの出身地スプリングスノゥです。自然が豊かで観光にはもってこいですね」
眼下に広がる緑の景色と青い海。澄み切った青空に照らされた町の中心には立派な城が建っている。
付近には深い森と美しい湖、遠くの方には巨大な樹木が黄色い花を咲かせている。
まるで絵本の世界をそのまま切り取ったような世界だ。殺伐とした戦争狂どもが住まう世界の光景とはとても思えない。
「死と隣り合わせで観光したい奴はいないだろうがな」
塔の上で景色を見ていた彼は、この世界にあまり良い印象は持っていないようだ。
長い年月を過ぎても忌まわしい記憶が残っているらしい。
「まだ引きずっているんですか?不死身だからいいじゃないですか、ハインラッドさんは」
彼は伝説の魔剣士という肩書きを持つ魔法使い、ハインラッド。
魔法に詳しい人物を必要としたため、オータムレイン中期からスカウトした。無料で。
前回の時代からかなりの時を経たハインラッドは、右目を隠したヘアスタイルになっている。
不死身なので若さは当時のまま。現在は魔法の教則本出版のために資金を稼いでいるそうだ。
相変わらず悪事も働いているのだろう。
彼なら安心して連れて行けるし、死んでも平気なので高い保険も掛けずに済む。
ライシャさんも私だけの護衛に専念できるという訳だ。
「いざとなったら俺を盾にして逃げてもいいぜ。今回は止めるような奴もいないからな」
非常に頼もしい言葉だ。彼ならきっといい囮役になってくれる。
「最初から生き残る気は無いみたいですね」
「あの傭兵姉ちゃんの故郷だろ。前より多少はましになったつもりだが、敵の気を引くので精一杯だろうな」
伝説の魔法を素手で止める傭兵の世界だ。桁外れの強さを持つ戦士が大勢いるだろう。
特に魔法使いに関しては呪文の詠唱前に瞬殺するという念の入れよう。
どう考えてもハインラッドに勝ち目は無い。自分の役割を理解してくれていて非常に助かる。
私達が現在いるこの塔はライシャさんが潜伏場所として選んだものだ。
戦地から遠く離れたこの塔は通称呪いの塔といって、人がほとんど寄り付かない場所らしい。
縁起でも無いが中に入らなければ大丈夫という彼女の話と、呪いのような物は感じられないというハインラッドのお墨付きがあったため、塔の屋上でこうしているという訳だ。
しばらくしてガイド兼最強の用心棒、ライシャさんが戻ってきた。
「悪い、待たせたな」
「全くですよ」
こんな所に置いていかれて猛獣にでも襲われたら、命がいくつあっても足りません。
主にそこの魔法使いの命が。
「知り合いにもらおうと思ったんだけど、よく考えたらあたしまだ生まれてないんだったな。結局力ずくで取ってきた」
彼女は私に金の装飾のされた赤いリボンを手渡した。
きっとその人物は見知らぬ者に親しげに呼ばれ、困惑した表情を見せたのだろう。
相手の態度で気付いたライシャさんは一人で納得し、いきなり攻撃したに違いない。
「殺したのか?」
微妙な表情でハインラッドが聞いた。いくら何でも過去の知り合いを始末するはずがない、と言い切れないのが彼女の怖いところだ。
「こいつでやったから多分大丈夫だろ」
ライシャさんは腰にある棒を指している。木の皮で太い骨のような物を巻いている原始的な棒は、鈍器にしか見えない。
彼女の力で武器を使ったら殴られた方はもはや原型を留めていないだろう。
殺されたのが誰だか分からないから大丈夫。そういう意味ですか?
「何が大丈夫なのか説明してくれ。あんたの話は大雑把すぎだ」
「そうか?」
最強傭兵様に物怖じせず話をするハインラッドは、以前と比べて雰囲気が違う。
どことなくドライというか、顔色も前から良くはなかったが今よりはマシだった。良くないのを通り越して白いと言ってもいい。
彼と再開した際に、ライシャさんが発した一言目が「お前生きてんのか?」だったのも頷ける。
病気でもしたのかと聞けば、なぜか皆に同じ事を聞かれると不思議そうに言っていた。
鏡で自分の姿を見ていないのだろうか。
まあどうせ不死身なのだから、健康だろうが貧弱だろうが関係ないだろう。
「こいつは相手を殺さない時に使うように、ってエルガイムがくれた」
つまり手加減できる武器という事か。
傭兵仲間か上官か知らないが、わざわざ手加減用の武器を渡されるとは、彼女の実力はこの世界でも飛び抜けているようだ。
「ところで、これは一体何ですか?
危険度MAXの世界に護衛対象を放置してまで取りに行くなんて、よほど重要なアイテムなのだろう。
ただの観光土産だとか言われたら私は命がけのツッコミをしなくてはならない。
「えーと、確か商売なんとかかんたらっていう印だ」
不明部分が多すぎて何だか分からない。とりあえず商売という単語からライシャさんに必要でない物、というのだけは何とか理解出来た。
「こいつを着けてる奴とは戦うなって意味だな」
「非戦闘員の証明書みたいなものですか」
こんな便利な物が存在するならもっと早く言って欲しい。だったら先にライシャさんだけをこの世界へ送って取ってきてもらえば良かった。
彼女とはもっとコミュニケーションを取る必要がありそうだ。
スーツに付けるのは若干抵抗があるので、私はリボンを愛用の鞄に結び付けた。肌身離さず持っているのだから問題無いだろう。
不意に突風や衝撃波が発生しても大丈夫なよう、しっかりと結んでおいた。
「どうせ効くのは人間だけだろ。あまり役に立たないんじゃないか」
ハインラッドはまだ例の犬の心配をしているようだ。
大丈夫、私にはライシャさんがいる。あなたは犬の餌にならないよう自分の心配をしていて下さい。むしろ食われてしまうと余計な手間が増えてしまうので、戦闘には参加しなくてもいいです。
「犬にも効くぞ。訓練されてれば」
「俺にもくれ、売って下さいお願いします」
ハインラッドは即座に反応した。まさか彼も布切れにそこまでの効力があるとは思わなかっただろう。
懇願する目が本気だ。
裏を返せば野生動物には全く通用しない。けれども犬のトラウマを持つハインラッドにとっては、救世主のようなアイテムだ。
「悪いがうちの町には一個しか無かった」
懇願する彼に向かってライシャさんは無慈悲に答えた。彼女の住むロゼッタは屈強な傭兵集団の町だ。
使う者自体少ないのだろう。商売人も嬉々として戦いに参加しそうだ。
「他でも手に入るのか?」
ハインラッドは諦めきれないらしい。
「ササギかブリュンヒルテ、ルノ王国辺りにあるんじゃないか」
現在はスプリングスノゥ前期。今まさに大戦記と呼ばれる大戦争が起ころうとしている時代だ。
初期の勢力図は、人間の治めるルノ王国・エルフの国レイジット・妖精の里スイセット・魔女の住むパルジョの4つで構成されていた。
やがて人間の国は分裂し、新たに女王騎士団を結成したブリュンヒルテ公国が誕生。
同時期、種族を問わず精鋭を集めた傭兵集団、ロゼッタが登場した。
レイジットはブリュンヒルテ公国と同盟を結び、スイセットはルノ王国に協力し自衛の手段としてロゼッタと契約を結んだ。
ササギというのはデータに載っていないが、ライシャさんによると以前話した仕事の仲介役なのだそうだ。
どの国も戦争を前にして物資が大量に必要なのだろう。そのために作られたのがこの赤いリボンだ。
荷物の輸送には犬が使用されたので、他の訓練された動物にも有効らしい。
今回受けた依頼は私の鞄にある宝玉に、できるだけたくさんの死者の魂を集めるというもの。
大戦記の終盤、スプリングスノゥ中期に起こる大消失で失われた大量の命を頂いてしまおうという訳だ。
あまりいい仕事とは言えないが私が起こした惨事という訳ではないし、どうせ消えてしまう命なら有効利用した方が世の中の役に立つというものだ。
まさか前回のウサ耳魔女と同じ事をする羽目になるとは、人生何が起こるか分からない。
幸い今回は咎めるような人もいないので、心置きなく仕事に専念できる。
最強傭兵と不死身魔法使い。これ程戦地に向いている人材は他にいないだろう。
魔法使いが存在する時代でライシャさんの望みを叶え、大戦記後の魂集めをハインラッドに手伝ってもらうという段取りだ。
「とにかくまずはライシャさんの用事を済ませましょう。この辺りで魔法使いがいて、危険が少ない場所はありますか?」
「俺はそこの姉ちゃんが所属するロゼッタに興味があるな」
「ハインラッドさんはちょっと黙って下さい」
無駄に自分の死亡イベントを増やすのはやめてもらいたい。
ライシャさんは私の質問にかなり悩んでいるようだ。
呪いの塔に長居したくはないので私は助け舟を出す事にした。
「行った事のある場所はありますか?」
「ササギとスイセットならあるけど、ササギの奴らは魔法使わないしスイセットには通行証が無いと入れないな」
行った事があるなら通行証を持っているのではないか。彼女に聞いてみると当時は通行証は持っていたが魔法がかかっていたため、大消失の際に消えてしまったのだそうだ。
他の国については名前ぐらいしか聞いていないため、よく分からないらしい。
元々ガイドとして多くは期待していなかったとはいえ、これではあまりに情報が乏しい。私に降りかかる危険を少しでも減らすためにも、目的地は厳選しなければならないというのに。
「敵の情報ならあるんじゃないか。そのササギとかいう仲介役から聞いてるだろ」
なるほど、中々いい発想だ。さすがに裏の仕事に手を染めてきた悪人だけはある。
戦う兵隊の能力を知ればその国の姿は自ずと見えてくるというものだ。なるべくあまり好戦的ではない国が望ましい。魔法を見るイコールその身で味わえ、などというのはもちろんお断りだ。
早速ライシャさんの話から行くべき国を吟味する。
まずはライシャさんが所属するロゼッタと契約したスイセットの妖精。
彼らは自然の力や動物を使う魔法を得意とするらしい。
地面を削り出し、人工物で固めた城を拠点とするブリュンヒルテ公国とは非常に相性が悪い。
妖精は賢く争いごとを好まない者が多いのが特徴だ。
魔法を見せてもらう候補としては大変よろしい。
ただ動物を使う魔法という言葉を聞いたハインラッドが猛反対した。無論彼の意見は却下したが、同盟国以外への通行証の発行が高額だったため判断は一時保留とする。
次にスイセットが苦手としているブリュンヒルテ公国。
エルフの国レイジットと同盟を結び、手に入れた魔法の知識で様々なアイテムを作り出している。
女王騎士団は皆魔法剣で武装しており、魔法アイテムと剣技を併用して戦っている。
ここの人間は威力のある魔法は唱えられないようだ。代わりに汚い戦法を使うので有名らしい。あまり関わりたくない所だ。
エルフの国レイジット。
深い森に住む種族がこの世界で最も強い魔法を使う事ができる。
最上級の魔法は天変地異を起こす程のもので、軽い気持ちで見物しようものならこちらの命が危うい。他の魔法も精神を操るものや毒の霧など、直接命を奪う危ないものがてんこ盛りだ。
ここの魔法を見てみたいと言うライシャさんの意見を、私は全身全霊をもって反対した。
そんな大それた魔法の巻き添えを食わない保障は全く無い。いくらこの赤リボンがあっても、迫り来る大津波や大地震を防ぐ程の力はないだろう。
残る国は二つ。
魔女の国パルジョについては交流が一切無いため不明。
ルノ王国とは協力関係にあるため、戦闘データが無いようだ。一応魔法使いはいるらしい。
「この中で選ぶとしたらスイセットかルノ王国ですね」
「俺としては前者は遠慮したい。あんたのそのリボンを貸してくれるなら別だが」
伝説の貧弱男の意見はさておき、安全面から考えると一番はスイセットだ。
ライシャさんも妖精の警護で訪れた経験があるそうなので、地理にも詳しいだろう。
ただ通行証に金がかかるのが頂けない。
今回はもう一往復ゲートを利用しなくてはいけないので、なるべく宿もとらず経費を節約しているのだ。
「ライシャさん、スイセットの通行証が発行されているのはどこですか?」
「そうだな、ササギかルノ王国なら手に入るぞ」
ササギはロゼッタの仲介役だけあって、各国の色々な物を傭兵達に提供しているようだ。
しかしそれは現在のロゼッタの傭兵に向けてであって、ライシャさんは無関係だ。
無理矢理奪い取るという手もあるが、刺客を向けられるデメリットのほうが大きいためこれは断念した。
普通の人間が相手ならまだしも、最強傭兵ライシャさんの所属するロゼッタから刺客が放たれでもしたら、いくら彼女が強くても私を守りながらの戦いは不利だ。
「ここはひとまずルノ王国へと向かってみましょう。魔法が見られる可能性もありますし、駄目なら通行証を手に入れればいい話ですから」
ハインラッドが欲しがっている赤リボンも買えるかもしれない、という理由もあったため彼は反対しなかった。
反対したら傭兵様に担いで行ってもらおうと思っていたので、無駄な手間が省けて良かった。
ルノ王国は現在地から割と近い。目的地までは走って行く事にした。
いつ何に出くわすか分かったものではないので、かなり本気で走った。ライシャさんにお前結構速いな、と感心される程に。
今の私なら風になれるかもしれない。
貧弱世界代表選手の魔剣士はというと、驚く事に前を走る私達に引き離されずについてきていた。
多少息切れはしているものの、以前から比べれば物凄い進化だ。
「俺も伊達に年食った訳じゃないぜ。これ位は朝飯前だ」
前回の魔女退治。現在の彼からすれば百年以上も昔の話だが、ライシャさんが言った足に魔法をかけたらどうか、というアイディアをあの後研究したのだそうだ。文字通り血の滲むような努力で。
始めのうちは本当に足を吹っ飛ばす等の失敗を繰り返した。だが魔法使いの意地とプライドにかけて諦めるわけにはいかない、と奮闘し続けた結果ついにこの早く走る魔法が完成した!
走りながら熱演するとは器用な男だ。
「名付けてウィングブーツ」
こちらを見ながら走る彼は誇らしげな表情だ。本気を出せば風のように速く走れ、水上も滑るように移動できるそうだ。
問題はそのスピードに人間の体がついていけるのかという点だ。最高速を試した彼は15秒で燃え尽きた、5秒ならギリギリ大丈夫と言っていた。
何がどう大丈夫なのか分からない。やはり最初から箒で飛んだほうが速くて安全のような気がする。
とりあえずライシャさんの手を煩わせなかった事だけは評価しよう。
王国へ向かう道中、赤リボンを強奪したロゼッタから追っ手が来ないか、どこかから流れ弾が飛んでこないかとヒヤヒヤしたが、特に何も起こらなかった。
皆戦争の準備で忙しく余所者に構っている暇は無いというのか、それともこの完璧超人の気配を察知して鉢合わせしないよう潜んでいるのか。
どちらにせよ都合がいい。さっさと彼女の用事を済ませて仕事に取り掛かろう。




