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12割り勘を貫いてきた男だ


「色々助かった、今度会う事があったら改めて礼をするぜ」


 その日の夕方、一番最後に目覚めたハインラッドは、私に報酬を渡すとすぐに帰国の準備を整えた。

 新しく導入した猛獣がこんなに危険だったとは知らなかった、と呟きながら。


 二度も食われたトラウマからか、帰りは用意された装甲馬車で帰っていった。もっとも猛獣が超傭兵様の世界出身だと分かった今は、装甲馬車も紙切れにしか見えない。

 彼が再び猛獣の餌にならない事を祈りつつ、我々は馬車を見送った。



 この危険な時代から一刻も早く脱出したい私は、猛獣が夜行性ではないというライシャさんの情報を信じて魔の森を強行突破した。


 幸い猛獣以外の夜盗なども現れず、日没までに拠点の宿に到着する事が出来た。出迎えてくれたカリンさんの顔が、やけに神々しく見えたのは私だけではないだろう。極度の緊張状態だった少年少女もようやく笑顔を見せた。


 いつもなら食事でもとってゆっくり休むところだが、半日以上無駄に費やしてしまっているため、今回はここで彼らと解散する事にした。


 クロノ君とスピカさんにはいつも通り同額の報酬を渡す。

 お目目キラキラ少女は最高の思い出ができたとはしゃぎ、真面目青年は自分の未熟さを反省していた。


「またいつでも呼んで下さいねー」


 元気よく手を振る彼女を見て、今度呼ぶ時は絶対にハインラッドが絡まない依頼だけにしよう、と心に硬く誓った。


「これってどうやって消えてんだ?」


 ライシャさんは転移装置の仕組みが理解出来ないのだろう。床を不思議そうに覗き込んでいる。

 こうやっていれば凄腕の傭兵ではなく、普通の女性のように見えるのに。


「スドウさん」

「!」


 いきなり声を掛けられてちょっとびっくりした。

 クロノ君、まだ居たんですか。


 すっかり存在感が希薄になってしまった彼は、背中に差していた剣を引き抜くと私に手渡した。


「これはお返しします。きっと僕には使いこなせないと思うので」


 彼が私に寄越したのは石人形用にハインラッドが作った二本のD・Bソード。

 確かに何でも斬れるすごい剣だが、使い方を間違えると命取りになりかねない。実際に死人が出ている。


「そうですね、とりあえず預かっておきましょう」


 便利な事に間違いは無いので一本くらいは売らずに取っておこう。何か役に立つ事があるかもしれない。

 剣を渡したクロノ君は一礼して元の時代へと帰っていった。


 彼の様子をじっくり観察していたライシャさんは、ぽんと手を打つと納得したようにこう言った。


「これも魔法か」


「いえ、これは科学技術です」


 何と説明すればいいのやら。説明したとしても彼女が理解できるのか疑問だ。


「科学って何だ」


 そこからですか。


「ライシャさんの国に軍隊はあるんですよね?」


 国全体が戦闘集団なら勿論あるはずだ。さすがに傭兵だけで戦争をする事はないだろう。


「軍隊?」


 そっちも!?

 まさか弓矢とか投石で戦争している訳じゃないですよね。国民全員がライシャさん並みの戦力なら、十分戦えそうですけど。


「銃火器で武装している集団とかいます?皆が同じ格好をしているとか」


「ああ、ラーガラーガの事か」


 何やら心当たりがあったようだ。


「大砲が付いてる車に乗ってる奴だろ。あれむちゃくちゃ重いんだよな」


 彼女が言っているのは戦車の事だろう。どうやらまともな軍隊もきちんと存在しているようだ。

 しかしあの巨大石人形を吹っ飛ばすライシャさんが重いという戦車とは、一体どれ程の物なのだろうか。きっと山のような大きさで、町を破壊しながら進む超兵器に違いない。


「そういう物を作る技術を科学と呼ぶんですよ」


「そうなのか?」


 まさかその戦車、人力じゃないですよね。車輪が付いている砲台を皆で押しているとか、中で大勢が自転車を漕いでいるとか。

 反応の薄い彼女を見ていると、ありえなくもない気がしてきた。


「その科学ってのを使って他の世界に行けるのか?」


「えーと、それはですね」


 またまた説明が難しい事を聞いてくる人だ。仕事中は静かな彼女にこうも質問攻めにされるとは思わなかった。


「お二人さん。そんな所で立ち話もなんだし、こっちで休まないかい。食事もまだなんだろ」


 カウンターの奥から湯気の漂うカップを持ったカリンさんが現れた。

 応接間の小さなテーブルに二人分の紅茶を置くと、準備のため調理場の方へ向かう。


 これは彼女に説明しろという無言の圧力なのか。まぁ食事を断る理由も無いので私は渋々席についた。


 どうせなら彼女をこの宿に入れた時に、カリンさんが説明してくれれば良かったのに。 何から何まで押し付けられるこちらの身にもなってほしい。

 私はここに来て何回目になるのか分からないため息をついた。



 食事を終えると私は自分の部屋に彼女を招いた。

 ハインラッドの豪勢な部屋とは比べ物にならない狭い部屋だが、椅子とテーブル位は置いてある。


 私は自分の鞄から端末を出し、少し離れた棚の上に設置した。


 先程の昼食タイム。ライシャさんは食事を摂らずに出された紅茶だけを口にしていた。彼女曰く水だけで十分だとの事だ。

 どういう体の構造をしているのか。睡眠も食事も必要無いとは、まるで便利な殺戮マシーンではないか。

 一応聞いてみたが予想通り、何だそれ?の一言で終わった。


 彼女に半端な説明をしてもまた質問攻めになりそうなので、私は最初から全てを話す事にした。


 面倒な人は読み飛ばしても構わない。



 私達生物が住む世界は四つ存在する。

 スプリングスノゥ、サン・サマー、オータムレイン、ウィンターナイト。


 この四世界は吹き溜まりという空間に隔てられ、互いに干渉する事は無かった。

 しかし2年前、サン・サマーの技術者により各世界を繋ぐゲートが開発された。


 時空の歪みである吹き溜まりの中にゲートを造る事によって、世界間を自由に行き来できるという物だ。

 私も都市伝説程度に他の世界の事を聞いてはいたが、まさか本当に存在するとは思っていなかった。


 本格始動の前の試験運用として、人工的な平行世界による時間旅行が計画された。


 吹き溜まりの中は時間までもが混濁している。もし悪用されでもしたら、歴史を改変される恐れがある。

 時間犯罪を未然に防ぐための対策考案として、元の世界に似せた平行世界を作り旅行者を限定して運用を開始した。

 ここでの限定というのは、一般人では払う事の躊躇われる高い料金設定を指す。


 平行世界とはいえ元の世界との違いはあまり見られない。

 故に危険な場所や時代も存在しているため、よほどの物好きでなければ利用する者はいないだろう。

 試験運用が終了すれば、誰もが適正価格で利用できるようになるのだから。


 各世界には中継点が作られ、転移装置を使って経由する事で他の世界または他の時代へと移動できる。


 平行世界なので直接我々の世界に影響は無いが、その世界での行動は他の時代に反映させる事が可能だ。

 私がハインラッドに恩を売ったのも、これがあるためだ。


 例えば今回の出来事を反映させずに後の時代に行けば、ハインラッドに会ったとしても彼にとって私は赤の他人としか映らない。

 行動を平行世界に反映させれば、彼は私に受けた恩を忘れずお礼も期待出来る。


 どの時代からも生物以外なら持ち帰りが許可されている。

 このシステムを利用すれば大きなビジネスになると私は踏んだ訳だ。


 ここで一つ重要なルールがある。


 各世界の時代は五つに分けられており、初期・前期・中期・後期・現期となっている。

 実世界も同じく五つの時代から編成されていて、どの時代からもゲートは利用できる。


 ルールは簡単。


『自分が住む世界の未来へは行けない』


 これだけだ。


 時間旅行利用者は初めに自分の住む世界と時代を明記しなくてはならない。


 ちなみに私はサン・サマー現期出身なので、基本的にはどの時代にも移動可能だ。

 スピカさんはオータムレイン後期、クロノ君はウィンターナイト中期だ。


 私達が今いるのはオータムレイン前期。当然全員がここに来る事が出来る。

 これがもしオータムレイン現期だった場合、スピカさんはここに来る事もモニターなどで様子を見る事も出来ない。

 クロノ君なら世界が違うため行き来は可能だ。


 生まれた時代によってやや不平等な点があるが、システム上仕方が無い。


 更に時代によっては禁止区域なるものも存在するらしい。実際に見た事は無いが、世界の成り立ちに関わるような重大な出来事、または国家機密などがあった場所を指すようだ。

 決して一般人が立ち入る事は許されず、強力なプロテクトを張っているという噂だ。


 仮想世界とはいえ、外部に洩らしたくない秘密もあるのだろう。



 このような話を可能な限り分かりやすくライシャさんに説明した。

 意外にも彼女は居眠りをする事無く、真面目な表情で話を聞いていた。


「金があれば色んな世界に行けるんだな」


「ええまあ。ライシャさんはスプリングスノゥの大戦記を終えているので、恐らくは中期の出身でしょうね」


 端末のデータを見ればスプリングスノゥ前期に大戦記が始まり、中期冒頭に大消失・大戦記集結とある。


 私はふと思い出した。

 確か近い時代に戦力的な問題から断念した高報酬の依頼があったと。


 そもそもスプリングスノゥは特殊な世界だ。


 ライシャさんの言うように国全体が戦争をしている状態なので、安全な場所が殆ど無いと言っていい。

 端末の地図を見れば、ほぼ全ての場所が赤の警戒色で塗り潰されているという有様だ。大戦記終盤ともなると、黒一色の画面に魔力所持者立ち入り禁止の文字だけが浮かんでいる。

 これはこの時期に大消失という災害が起こったためだ。


 解説文を読むと災害により、魔法使いだけでなく魔力を持った者、道具までもが全滅。

 一夜にしてスプリングスノゥから八割の生命が消失したそうだ。つまり数少ない生き残りがライシャさんという訳だ。


 今の状況はまたと無いチャンスではなかろうか。


 前述の依頼にはスピカさん・クロノ君共に参加出来ないため、最初から眼中に無かった。

 もちろん私が単身で乗り込むなんてあるはずもない。他の依頼に比べて格段に多い報酬から、危険さが際立っていたのを覚えている。


 もしかしたらまだ誰もこの時代に足を踏み入れていないのかもしれない。いや、スプリングスノゥそのものが未踏の地なのではないか。


 任務を解決すれば依頼者の信頼を一気に勝ち取り、更なる高みを目指せるかもしれない。

 スプリングスノゥ出身のライシャさんの存在と強さを知っているのは今の所私達だけだ。彼女と専属契約を結べれば他の二人を使わずとも依頼をこなせるだろう。

 性格が大雑把でもスピカさんよりはまだ扱いやすい。何よりその桁外れの強さを手放すのは非常に惜しい。


「ライシャさんの国にも魔法はありましたよね」


 魔法の存在を彼女が知っているのだから、あるに決まっている。分かりきった事を聞くのは決して答えが欲しい訳ではない。彼女には質問の意図は見破れまい。


「昔はあったんだよなぁ、多分。敵に魔法使いがいたんじゃないか?」


 戦った相手なのに疑問系とはどういう事だ。

 まさか敵が呪文を唱える前に瞬殺していたとかふざけた理由ではないだろうに。


「いつも魔法見る前に倒してたからなぁ」


「残念でしたね」


 当たり障りの無い返事をしつつ、私は無駄に働く直感を少し恨めしく思った。常識という概念が音を立てて崩れていくのを感じる。


 ライシャさんなら相手がどんな魔法を使おうと余裕で避けられそうだが、やはり超人の住まう国。

 きっと天をも揺るがす大呪文が存在し、猛者共を幾度となく葬ってきたのだろう。

 目にも止まらぬ先制攻撃は、傭兵達が編み出した決死の対抗策に違いない。


「その時の魔法、見てみたいと思わないですか」


 私は会心の誘い文句を唱えた。彼女が乗らないはずは無い。

 なぜならライシャさんが世界を旅立ったのは、魔法を見たいという一心からだ。


「ちょうど次の目的地がスプリングスノゥの魔法があった時代なんですよ。一度も行った事が無い場所なので、ライシャさんの案内があれば非常に助かるんですけど」


 私の言葉を聞いて彼女の目が一瞬きらりと光った気がする。瞳光線を放つ某少女とは比べ物にならないが、確かに捉えた。

 一見何事にも淡白に見える彼女も、抑えきれない好奇心というものがある。


 今回の一件で確かに魔法を見る事ができた。しかし彼女にとっては物足りない。

 いずれも戦闘中だったためゆっくり見られるような状況ではなかったし、きっと彼女が見たかったものとは違っていたのだろう。

 私に時間旅行のことを聞いてきたのがいい証拠だ。


 誘いには絶対に食いついてくる。


 夢見る少女や修行目的の少年には使わなかったとっておきの誘い文句。

 できれば使いたくなかった最終手段の出番がついにやってきた。


 断腸の思いで私は言葉を紡ぎ出す。


「もちろん移動費用は私が持ちますよ」


「いいのか?」


 私は初めて女性に奢るという行為を行った。

 本来の目的のそれとは違うが、何かを達成したような気分だ。


 たとえ相手が女性とは思えない、最強の傭兵様だったとしても。



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