11不死身っておいしいの?
朝日をバックに唐突に語り出した彼は、遠い目をしている。
「ある時俺は凶暴な牛使いの退治依頼を受け、港町へと赴いた。多少手間取ったものの、三回死んだくらいで済んだ」
「不死身でも死ぬんですか」
クロノ君の的確なツッコミは無視された。
「ところが町へ辿り着く直前で小石に躓き、大きな岩に頭を打ちつけて四度目の死を迎えてしまった」
あなたはどこのドジっ娘ですか。
「精神力を使い果たしていた俺はすぐに復活できず、町の前で屍を晒す羽目になった。死体を見つけた町の人間達は親切心からか、余所者の俺をわざわざ弔う事にしたらしい」
死体を放置されて迷惑だったろうに、物好きな人間もいるものだ。
「火葬ならまだ良かった。土葬も土を掘る手間があるが、まあ良しとする」
ああ、彼の復活を見た者はきっと恐ろしいトラウマ負うに違いない。
町の前で人死にがあるだけならまだしも、ゾンビまで出現してしまったらもうこの町に居続けたいと思う者はいなくなるだろう、
一気に過疎化し、平和な港町は廃墟へと早変わり。とんだ疫病神だ。
不幸を呼ぶ男の語りはクライマックスを迎えようとしていた。
彼は強く握った拳を突き上げた。
「棺桶に入れて海に沈めるってどういう事だコラァ!」
ハインラッドの叫びが辺りに響いた。驚いた鳥が木々の間から飛び立つ姿が見える。
「ご丁寧に鎖まで巻きやがって。封印か!おかげで復活と水死体の狭間を何度彷徨ったと思ってんだ。脱出するのに一ヶ月かかったぞ!」
海中深く沈められた箱から外へ出てもすぐに窒息死だ。
地上に戻ってこられたのは、周りに岩や珊瑚礁などがあったからだろう。もしも砂しかない深海にでも落とされたら。
考えただけで恐ろしい。
ある意味では運が良かったといえる。いくら復活能力を持っていても。そんな絶望的な状況に置かれたら発狂してしまう。
「移動の魔法とかは無かったんですか?」
「水中で呪文が唱えられるかよ」
「あっ、それもそうですね」
スピカさん、もしかしてわざとですか?
普通に考えればすぐ分かる事だろうに。
彼と少しでも多く会話しようという魂胆があって、計算された行動なのか。ああ恐ろしい。
一人会話に参加していない傭兵様は少し離れた所に立っている。
彼女はこちらから話しかけないとほとんど会話には参加しない。
無駄口を叩かないのは傭兵として素晴らしいが、無表情で突っ立っていられると若干気まずい。
下手に彼女を観察していると色々勘繰られてしまいそうだ。私はハインラッドの方へ意識を向けようとした。
「おいスドウ」
タイミング良く声が上がる。早速これだ。私は適当な理由を考えつつ振り返った。
なぜか私は既視感を覚えた。
ライシャさんはこちらに来いと合図している。別に彼女の行動に不審な点がある訳ではない。
ただ、手を振っておきながら私を見ていない。
こんな事は前にもあった。
彼女が今見ているのは、ハインラッドのいる辺りだ。
「!皆さんダッシュです」
私はハインラッドに見向きもせず、ライシャさんのいる方へ走った。
「えっ、何ですか?」
スピカさんが驚いてこちらを振り向く。クロノ君は何かを察し、止まっている彼女の手を引いて急いでその場を離れた。
ハインラッドは疲労のため、二人よりも反応が遅れた。
急に走り出した私達を見て立ち上がったが遅かった。
ばりっ、ぐちゃっ。
後方から聞こえる音。続いてスピカさんの悲鳴。何が起きたかは大体予想出来た。
とりあえず今は安全確保だ。全力で逃走してライシャさんを目指した。
後ろから足音が二つ聞こえる。犠牲者は一人だけで済んだようだ。
最強傭兵の所へ辿り着くと同時に、私は振り向いた。
目にした光景はほぼ予想通りだった。ハインラッドが居た場所に彼の姿は無く、代わりに大きな血溜りができている。辺りには飛び散った血痕が見えた。
彼だったモノが散乱していなかったのが唯一の救いだ。
「そんなに急がなくても大丈夫だったぞ、多分」
傭兵様は顔色一つ変えずに向こうを見据えている。彼女が言いたいのはきっとこうだ。
ハインラッドが囮になっているから、急がなくても逃げ切れると。
確かに彼が不死身だと分かった今なら、私もライシャさんの考えに同意出来る。
が、きっと彼女は彼が普通の人間だったとしても見捨てただろう。
彼女は雇い主の私を守るのが最優先として行動し、余裕があれば連れの二人も守ってくれる。助け方が少々雑でも一応彼らを仲間として認識してくれているのだろう。
ハインラッドだけが違う。
私が仕事の内容を一切話していないので、彼女にとって彼はただの他人だ。
助けてやる理由が無い。
その証拠にインレーザーが飛んできた時も、猛獣に食われた時も、ライシャさんはハインラッドを助けようとはしなかった。
「で、あれをどうする?」
彼女の視線の先にはハインラッドを襲ったと思われるモノがあった。
確かにあれは先程腹をインレーザーでぶち抜かれ、死んだはずの猛獣だったのだろう。
損傷の無かった頭部は元のままだ。
問題は体だ。
大きな穴が開いた場所には、血の色をした細長い物がうねうねと密集している。体を繋ぎとめようと動いているのだが、うまく絡み合わずに地面に落ち、また体に登っていく。
正直見ていて気持ちが悪い。ぎこちなく動く姿はまるでゾンビだ。
「何ですかこれ、さっきハインラッドさんがやっつけたはずなのに」
ハインラッドが不死身だと判明したため、スピカさんの動揺は少ない。だからといって冷静でいられるか、というのはまた別の話だ。
「あの熊、いや犬でしたか。あれは一度死んでも蘇るとかいう特殊な生き物じゃないですよね」
「普通は死ぬはずだな」
彼女も首を傾げている。良かった、彼女の世界の生き物もそこまで非常識ではないらしい。
違う世界に来たため生態に変化が起きたのか。もしくは不死身の人間を食ったため、このような不完全な再生能力がついたのか。どちらにしても恐ろしい事に変わりは無い。
「で、どうする?」
ライシャさんは先程と同じ質問をしてくる。
恐ろしい猛獣も動きの鈍った今なら、ライシャさんが本気を出さずとも倒せるだろう。ハインラッドも助けられれば恩を売るという目的も果たせ、一石二鳥だ。
問題はこいつを本当に倒せるかという事だ。何回倒しても復活するのであればきりが無い。
だからといって逃走を選べば、純情魔法使いのスピカさんが黙っていない。
彼女にはハインラッドを見捨てるなんて選択肢は存在しないだろう。
ここはやはりライシャさんに活躍してもらう他あるまい。時間が経てばハインラッドもそのうち復活するだろう。倒せなかった場合は、彼と一緒逃げればいい。これならスピカさんも文句を言わず、目的を達成出来る。
「ライシャさん、やっちゃって下さい。なるべく周りを壊さないように」
「おう」
私の返事を聞くと同時に彼女は駆け出していた。猛獣が反応するが、鈍った体では彼女の動きを捉えられない。一般人の私も勿論不可能だ。
何しろライシャさんの声が聞こえたのは、既に猛獣の胸を貫いて心臓を握りつぶしていた瞬間だったのだからだ。
仕事が早いとかいうレベルではない。
しかし不十分だったようだ。ゾンビと化した猛獣は心臓を潰されても生命活動を続けている。
ゾンビ獣は懐に潜り込んだ彼女を鋭い爪で襲おうとする。
が、体に空いた大きな穴のせいでバランスを崩してしまった。
その隙を超傭兵は見逃さない。背後から跳びかかり右手で猛獣の頭を、左手で首を掴んだ。
私はすぐに彼女が何をするつもりか分かった。目を背けるタイミングを逃してしまったため、一部始終を見てしまった。
精神衛生上よろしくないので端的に説明する。
ライシャさんが猛獣の頭を千切って捨てて、念のためにと手足も全部潰しました。
スプラッターでした。今度はハインラッドがいるかな、とか言いながら猛獣の皮と肉を素手で剥いでいます。
ばりばりばりばりいってます。
くろのくんがひんけつでたおれました。なんかないぞうとかいろいろでてきます。わたしもたおれそうです。すぴかさんすごいなあ、やっぱりおんなのひとってちとかへいきなんですね。
ばりばりばりばり
ばりばりばりばり
ショックで一瞬脳が退行してしまったようだ。何かとても嫌な物を見てしまったような気がする。
私の目の前には猛獣だったモノと、赤黒い水溜りが散乱していた。これ以上ひどい光景はなかなか無いだろう。
「おい?大丈夫か」
しばらく動かなかった私を心配してか、近付いたライシャさんが顔を覗き込んだ。
返り血が見当たらない代わりに、髪から雫が垂れている。
ふと横を見れば地面に突っ伏すハインラッドに向かって、魔法で水を浴びせているスピカさんが目に入った。
なるほど、確かに魔法は非常に便利だ。ついでにそこにある死骸も見えないように埋めてくれれば良かったのに。
クロノ君は向こうの木の側で落ち込んでいる。女性の前で失態を見せたのがショックだったのだろうか。クロノ君、それくらいで落ち込んでいてはこの先生きのこれませんよ。
いつまた何が襲ってくるか分かったものではないので、私達はすぐ町に逃げ帰る事にした。
半分死んでる感じのハインラッドは傭兵様が担いでくれた。
放っておいてくれオーラが漂っていたクロノ君は、ハインラッド片手にライシャさんが近付くと無理矢理立ち直った。
このままでは自分も荷物のように担がれると思ったのだろう。
君の判断は間違っていない。彼女なら男二人を軽々持ち上げて歩くなど造作も無いだろう。
百人乗っても大丈夫かもしれない。
辛気臭い雰囲気を保ったまま、我々はようやく町へと辿り着いた。ほぼ全員の疲労がピークに達している。
経費節約のため全員が泊まれる広さのハインラッドの部屋へ移動し、それぞれ絨毯の上やベットに倒れこんだ。
ライシャさんだけは先日のように立ったまま見張りをしている。彼女には疲れという物は存在しないのだろうか。
問い詰める気力も無かったので、私は朝から深い眠りについた。




