10もうおうちにかえりたい
「そういう訳で、金髪ナイスバディの魔女は傭兵の姉ちゃんがぶっ飛ばして空に消えちまった」
合流したラズァイトの第一声、魔女はどうしたかの問いにハインラッドはこう答えた。
巨大石人形を使役し襲い掛かる魔女に、我等が最強傭兵ライシャさんが大活躍。十体もの超巨大石人形を数秒で蹴散らし、魔女が放った魔法も片手ではじき返すという大技をやってのけた。
勢いそのままに魔女は虚空の彼方へ飛ばされた、と。
あながち間違いでもないので、彼女の活躍を見てきた若者二人はあっさり納得した。
逆に傭兵様の実力を実際に見ていない帽子男は、胡散臭げな表情でハインラッドの話を聞いている。
疑うのも当然だろう。土埃で汚れているハインラッドはともかく、ライシャさんと私には傷一つ無い。
地面に戦闘の激しさは刻まれていても、超巨大石人形の形跡は残っていない。
「あれが魔女の家ですか」
ラズァイトが指した場所には、魔女が住んでいたという唯一の証拠が残っている。
「中を見てみたが、あんたの探していた品は見つからなかったぜ」
最初から魔女が盗んでいないのだからある訳がない。
「一応確認させてもらいます。うっかり見落としている可能性もありますから」
「ハインラッドさんは無かったって言ってるじゃないですか」
愛しの人を擁護するためスピカさんが反論する。
この娘はもう少し疑うという感情を持った方がいい。
「念のためです」
ラズァイトは一人、魔女の家へと入っていった。ハインラッドの話を信用していないのは明らかだ。
スピカさんは憤慨していたが、本当に嘘なのだからしょうがない。
彼が家捜ししても、真犯人の手によって証拠隠滅されているため、目ぼしい物は見つからないだろう。
「じゃあ俺達は町に戻るか。報酬の事もあるしな」
「あの人ははどうするんですか?」
「放っておけばいいさ。元々協力していた訳でもないし、何も無ければ諦めて帰るだろ」
クロノ君の問いに答えるハインラッドがもう悪人にしか見えない。
「そうですよ、あんな人置いていっちゃいましょう」
散々ハインラッドを貶され、スピカさんのラズァイトに対する評価は地の底にまで落ちているようだ。
あの男をいい人に違いないと言い切っていたのはどちら様でしたか。
私とクロノ君は冷ややかな眼差しで彼女を見つめているが、全く気付いていない。
誰も反対する者がいなかったため、私達は彼を一人残してこの場から立ち去った。
ハインラッドが今までにない早足だったのは、言うまでも無い。
我々は石人形を撃破した場所などは迂回し、少し遠回りをして町へと進んでいった。
先頭のハインラッドがあの男に会わないように歩いているのが分かる。
しばらく歩いていると、ようやく夜が明け始め木々の間に朝日が差し込んできた。
まだ町まで距離はあるが周りが明るくなった事もあり、やや緊張感は薄れてきた。
この辺りまで来ればもう安心だろう。ライシャさんお得意の石投げが披露されなかったのが何よりの証拠だ。
「大変だったんですよー。あの大きい石人形が分裂したり、空中合体したりして」
道中スピカさんはハインラッド相手に延々と話し続けていた。最初は適当に相槌を打っていた彼も途中から面倒になったのか、今はスピカさんが一方的に喋っている。彼女の表情は側にいるだけで幸せといった感じだ。
しかし悲しい事に彼女の容姿はハインラッドの守備範囲外だ。
世の中知らない方がいい事もある。せめて生暖かい視線で見守ってあげよう。
ちなみに私も女性の好みに関しては彼と同意見だ。恐らくクロノ君もそうだろう。無いよりある方がいいに決まっている。
ライシャさんは、スタイルはいいのだが女性のソレはスピカさんと同レベルだ。
「何か用か?スドウ」
私の視線を敏感に察知したライシャさんは、くるりとこちらに向き直った。
不自然な会話をすれば今の考えを察知されてしまうかもしれない。女性陣二人に袋叩きにされれば、とても原型を留めていられないだろう。
私は頭をフル回転し、3秒で的確な答えを導き出した。
「ライシャさんが先程から行動していないという事は、もう危険は無いと思っていいんですよね」
これなら彼女を見ていた理由に何の違和感も無い。私が危険に敏感なのは周知の事実。誰も疑問を抱かない。
「んー、そうだな。向こうに犬が見えるくらいだな」
犬?野犬でもいるのか。彼女にとってはそんな物危険でも何でもないだろう。
私の作戦は成功したようだ。
「ライシャさんの所にも犬がいるんですね」
「ああ、近所のエルガイムって奴が飼ってる」
ようやく一通り話し終えたのか、ライシャさんの話を聞いてスピカさんがこちらにやってきた。
解放されたハインラッドは、これ以上彼女と関わりたくないという意思の表れか、早足で先へと距離を取った。気の毒に。
その時、前方の大きな茂みが音を立てた。
ライシャさんが言っていた野犬だろうか。いや、犬にしてはやけに音が大きい。
何だか非常に嫌な予感がしたため、私は足を止めた。音に気付いたスピカさんとクロノ君も立ち止まった。
ハインラッドは気付いていない。
「ハインラッドさん、ちょっと」
私の声に彼が振り返るのと、それが現れたのは同時だった。
茂みの奥の林から出てきたのは、四本足で黒い毛に覆われた動物。
口から牙を覗かせた獣は、一般の規格から大きく外れているように思える。
これは、何と言うか。
「ライシャさん」
「何だ?」
「この動物、一般的には熊と呼ばれるものですよ」
「?熊はもっとでかいだろ」
いや、十分大きいですよアレ。巨大と言っても差し支えないぐらいに。
犬がこのサイズなら、あなたの国の熊はどんだけでかいんですか。
「どうし」
ばくり
言い終える前に彼は巨大熊の大きな口に飲み込まれた。あまりの出来事に私達は呆然と見ているしかない。
町の付近には猛獣が出るという情報を、今の今まですっかり忘れていた。
魔女のインパクトが大きかったせいか、はたまた任務を終了した安堵感からか。
「おい、ハインラッド食われてるけどどうする?」
どうするって、どう見ても手遅れじゃないですか。めっちゃ咀嚼されてますよ。
「この」
フリーズしていたスピカさんがぴくりと動いた。手にはいつものハンマーが握られている。
「馬鹿犬ー!」
見た目にそぐわない豪腕で振られたハンマーは、見事に熊の胴体を叩きつけた。
衝撃に多少よろめいたものの、巨大猛獣は健在だ。続けざまにクロノ君が飛び出し、カタナを突き出した。勿論D・Bソードではなく彼の愛刀を。
狙ったのは目。敵の視界を奪えば、勝機があると踏んだのだろう。
だが巨大熊はその図体からは考えられない素早い動きで、不意を突いた一撃を見事にかわした。それだけに留まらず、鋭い爪を素早く振り下ろす。恐らくクロノ君では避けられない。
「ライシャさん!」
咄嗟に名を呼ぶと、瞬時に彼女の蹴りが熊をふっ飛ばした。
衝撃で肉片になるかと思われた猛獣はなんと、数メートルで止まり再び臨戦態勢をとった。
あの完璧超人の攻撃を受けて立ち上がるとは、一体どこの生命体だ。
「躾けられてないな、どっかの野良犬か?」
もしかしたらあれは本当にライシャさんの世界で言う犬で、どこかからこちらに紛れ込んだのだろうか。
彼女がゲートを使わずにここに来た事も考えると、ありえなくはない。
あの超人傭兵の攻撃を受けても倒れないのが証拠だ。
「二人は下がって!とりあえずライシャさんに任せましょう」
無謀に突っ込まれて犠牲を増やすのは避けたい。自分の実力を把握しているクロノ君は、私の声を聞くとすぐに退いた。
怒りの冷めやらないスピカさんには私の声が届いていないようなので、ライシャさんにアイコンタクトを送り、こちらに投げてもらう事で強制的に離脱してもらった。
「痛いじゃないですか~」
着地に失敗し木々を数本薙ぎ倒して止まった彼女は、痛いの一言で何事も無く立ち上がった。
スピカさん、あなた本当は魔属なんじゃないですか?
一方クロノ君の顔色も悪くなっている。先程彼女が猛獣との間に入ってきた時、投げ飛ばされるのは自分だった可能性に気付いたのだろう。カタナを収める手元が若干震えている。
「ライシャさん、そんな奴とっととやっつけちゃって下さい!」
お目々キラキラ少女は元気だ。両腕をぶんぶん振りながら、応援に精を出している。
あの切り替えの早さは一体どこから来るのだろう。彼女の頭の中には宇宙空間が広がっているに違いない。
スピカさんの声援を受け、ライシャさんは臨戦態勢に入ったようだ。特に構えをとる訳では無いが、今までと彼女の周りの空気が違う気がする。
恐らくこの世界の敵なら、彼女に敵う者はいないだろう。しかし相手が最強傭兵様の世界の住人なら話は別だ。現に伝説の男は一瞬で食われ、若者二名の攻撃は全く通用しない。ライシャさんに油断や自惚れは無いだろうが、今までにない本気が感じられる。
私はふと思った。もしかしてこの場にいるのはとても危険なのではないだろうか。これまでの戦闘が本気でなくとも、そのたび周りに破壊を巻き起こしてきた傭兵殿だ。正真正銘の本気を出した彼女を目の前にしている事、イコール死。そんな数式が頭をよぎった。
転移装置は一つだけ残っている。私だけ避難してしまおうか。だが万が一そこの二人が生き残ってしまえば、私の信用が地に落ちるどころではない。
クロノ君なら小言を言われるくらいで済みそうだが、問題は純情少女だ。自分達とハインラッドを見捨てて逃げたとなれば、涙ながらに仲間の大切さを訴え、愛の鉄拳が飛ぶ恐れがある。きっとライシャさんが止めてくれるだろうが、解散後にスピカさんが彼女を雇いでもしたら非常に厄介だ。逆恨みされて追われたら、絶対に逃げ切れない。
ライシャさんを止めるのが一番手っ取り早いが、猛獣の攻撃を一体誰が防ぐというのだ。彼女を抜いたこの面子では到底勝ち目が無い。それに両者が睨み合っているこの場で迂闊に声を掛けようものなら、猛獣の牙の矛先は私に向くかもしれない。それもこれもハインラッドが猛獣に食われたせいだ。肝心な所で役に立たない奴め。
「スドウさん、ちょっと」
「何ですかクロノ君、この忙しい時に」
私の命が危険に晒されているのだ。やや本気で睨んだためか、少年は口をつぐんだ。
おっといけない、つい昔の癖が出てしまった。
「何か猛獣の様子がおかしいですよ」
代わりに場の空気を読まない少女が話し掛けてきた。こういうタイプは無駄に長生きしそうだ。
猛獣に変化があるというのは何だ。まさか変身して最終形態になるのではないか。
私は猛獣に再度視線を向けた。
先程から目にはしていたのだが、熟考していたため脳に情報が届いていなかったようだ。見てみると確かに様子がおかしい。猛獣の体が光り輝き、雄叫びを上げている。
ちょっと待って下さい、私の予感当たり過ぎですよ。極限状態で未知のパワーでも身に付いたんですか?
輝きが最高潮に達した時、覚えのある声が聞こえた。
「インレーザー!」
声と共に猛獣の腹を閃光が突き破った。
腹を破り出てきたのは、巨大熊に頭から食われたハインラッドその人だった。
返り血を存分に浴び、身に付けた物はズタズタだ。インレーザーは空中を旋回すると、彼の右手に吸い込まれるように消えていった。
「内部まで固いってどんな化物だよ。おかげで二発も撃っちまったじゃねぇか」
息を荒げながらハインラッドは膝をついた。
「ハインラッドさん!大丈夫ですか」
スピカさん、さっき食われてた人に言う言葉がそれですか。
「ああ、俺は不死身だからな」
ニヤリと笑って彼は親指を立てた。どう見ても痩せ我慢で無理矢理な笑顔だ。
どうやらこの人は自分で言っていたように、本当に不死身だったようだ。猛獣に食われるあの瞬間にトリックなど仕込めるはずがない。何よりライシャさんの目はごまかせない。
先程彼女はハインラッドが食われた、と言い切ったのだから。
ウサ耳魔女と戦ったあの時も本当に頭をぶち抜かれ、不死身パワーで復活したという訳か。
「だったら魔女退治は一人でも大丈夫だったんじゃないですか。わざわざ僕達を雇わなくても」
クロノ君の意見はもっともだ。彼が一人で依頼をこなしていれば、名も知らぬ剣士が死ぬ事も無かっただろうに。まあ、それはそれで私の目的が果たせなくなるので困る。
少年の発言を聞いたハインラッドは、なぜか表情に暗い影を落としている。
「俺も初めの頃は一人で仕事をしていた。ある事が起こるまでは」




