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01急募!危険任務同行求む


 ばりばりばりばり

 ばりばりばりばり


 山中で響く音に周囲の動物達は怯え逃げ惑い、森は異常な雰囲気に包まれていた。

 血と肉の臭いが充満する頃には、私の意識は遥か銀河系の彼方へ旅立ってしまうであろう。同行していた少女の顔からはとうに血の気が失せているが、目を背ける事が出来ない。


 いったい、どうして。

 どうしてこんな事になってしまったのか。


 薄れゆく意識の中、私はこの嵐のような数日間の出来事を思い返していた。



 私がこの地に訪れたのは、新しい仕事のために他ならない。

 数ある依頼の幾つかを成功させ、もう一段階上を目指そうと今までよりもリスクが伴う仕事を請け負った。


 とは言え私自身の実力は十分理解しているため、無理な冒険をするつもりは全く無い。

 安全に確実に、それが私がこれまで貫いてきたモットーだ。


「では、最終確認です」


 簡素なホテルの一室。

 小さなテーブルを囲んで私達は仕事の手順を話し合っていた。

 いつもの様にスーツのポケットから小型端末を取り出すと、他の二人に見えるよう地図を展開させ立ち上がった。


「現在地から北東部へ徒歩で約15分」


 ホログラムを指差すと地図上に赤いマーカーが伸びていく。障害物も無く、ほぼ一本道といっていい。余程の方向音痴でなければ迷う事も無いだろう。


「この町に彼は三日間滞在したと記録されています」


 同時に画面には棘のような耳飾りをした青年が映し出された。見た目は十代後半といったところだろうか。あまり健康的とはいえない血色の悪い肌と、色素の薄い瞳をしている。

 体格もあまり良くないし目つきも悪い。何というか、虚弱体質なチンピラというのが見事に当てはまる風貌だ。


「これが伝説の魔剣士と呼ばれた、ハインラッド?」


「本物、本物に会えるんだねっ」


 やけに興奮した様子の彼女は、食い入るように画面を見つめている。キラキラした瞳が眩しい。直視出来ない程に。

 一方で怪訝な表情をしている少年。一般論としてはきっとこちらの方が正しい。私だって資料を見ていなければ、とてもこの男がそんな大それた人物だとは到底信じられなかっただろう。


「スピカさん、あなたはこの人物と同じオータムレインの出身でしたね。彼については私より詳しいのではないですか」


 話を振られた彼女は待ってました!と言わんばかりに目を輝かせた。あんまり綺麗な瞳で見つめないで下さい。心が汚れている人間にその純粋さは毒ですから。


 スピカさんの話によると彼女が住む世界、オータムレインの歴史で魔剣士ハインラッドの存在はとても大きいのだそうだ。

 彼が成した数々の偉業は後世に永く語り継がれ、特に魔法に関しての認識が大きく変化した。彼が作り出した方法を用いる事によって、魔法が使えない人というものが実質的に存在しなくなったというのだ。


 詳しい話は割愛するとして、このチンピラ風の男が彼女にとって非常に尊敬する人物である、という事は十二分に理解できた。


「今度の仕事は何をすればいいんですか?」


 30分を超える熱弁を終え、ようやく満足した彼女は仕事内容を聞く体制に入った。終始うんざりした様子だったクロノ君も気持ちを切り替え、表情を引き締めている。好感の持てる真面目な少年だ。


「今回は今までとは違い非常に危険な任務です。この近辺の危険度は低いですが、北東に向かう道から状況が変わります」


 地図上の現在地は緑色で囲まれ、危険が少ないことを示している。しかし町は黄色で表示され、付近を繋ぐ道は要警戒の赤に染められていた。

 通常なら休憩場所の代名詞である町・集落などは危険が無く、青く表示される。それが注意信号の黄色で表されているという事は、治安が良くないのだろう。


 町の治安については大した問題ではない。多少の危険なら自ら首を突っ込まなければ回避出来るし、巻き込まれたとしても逃げ切る自信がある。私一人では心もとない場合は、護衛としてこの二人のどちらかを雇って仕事をこなしてきた。


 見た目は普通の少女だが、背中に大きな鈍器のハンマーが光るスピカさん。

 魔法と魔属、はたまた天使や機械兵などが横行する何でもありの世界、オータムレイン出身。彼女自身魔法が使え、知識も豊富なので案内役には最適の人物だ。


 もう一人のクロノ君という青年は、闇の力が蔓延するウィンターナイトという世界からやってきたのだそうだ。

 今はもう滅びてしまったという、妖術とカタナを使う剣士。

 戦力としても優秀だが、何より常識を持った人間という貴重な存在だ。


 二人とも黒い髪と瞳を持つ。年齢も近くまるで兄妹のようだ。


 残る私は近代都市サン・サマー出身。

 私に関しては特筆する事も無いので省略する。


 住む世界が違う私達が集い、一つの目的のために仕事をする。別に正義がどうとか、使命があるとかいうものではない。

 私も普通の元サラリーマン。勇者の血筋とか特別な能力があるだとか、心踊るような要素は一切無い。


 ただ、ある目的のためにこうして依頼された任務を黙々と遂行する。

 人間が生きていくうえで、最も必要な人生の糧。働く者達の命の価値と同等だと言っても過言ではない。


 要するに金のためだ。


 ともかく、今まではこの三人で仕事をする事に全く問題は無かった。


「危険区域、ですね」


 私の考えを読み取ったのであろう。クロノ君は幾分厳しい表情で呟いた。


「残念ながら町への移動手段は徒歩のみです。そのためどうしても危険区域を通らなくてはなりません」


「やっぱり、危ないの?」

「危ないな」

「これでもかというくらいに危ないです」


 あまり危機感を感じていない様子のスピカさんに、男二人で釘を刺す。

 見事なコンビネーションに彼女もそうなのか、と納得したようだ。


「ここからは何が起こるか分かりません。最大限警戒し、怪しい物には一切近寄らないようお願いします。もし何かあったとしても、まずは身の安全を確保。特に戦闘は出来るだけ避けるように」


 私の生命の安全ためにもお願いしたい。二人は冒険したい年頃かもしれないが、私がごく普通の一般人だという事を頭に入れて行動して欲しい。


「分かりました」


「うん!頑張ろうねっ」


 いや、頑張らないで欲しいんですってば。本当に分かっているんですか?物凄く心配ですよ、スピカさん。


「では、行きましょう」


 色々言いたい事はあったが、彼女に説明をしていると日が暮れてしまいそうだ。


 幸いにも二人共私の指示には素直に従ってくれている。いざという時には、逃げに徹すれば危険も回避できる。最悪の事態になったとしても、また新しい者を雇えばいいだけの話だ。金で命を捨てる傭兵はいくらでもいる。


 心中の黒い考えを顔には出さず、私はドアを開け部屋の外へ踏み出した。



 チェックアウトのため階下へ向かうと、なぜかこの宿の店主が待ち構えていた。


「よお、お出かけかい」


 白いバンダナを巻いた女店主はニヤリと笑った。営業スマイルというよりは悪巧みの類に見える。


「珍しいですね、カリンさんが中にいるなんて」


 夫婦経営のこの宿では無口な夫がカウンターに立ち、妻が外で呼び込みをしているのが常である。

 もっとも妻の人相があまり良いとはいえないため、客はあまり集まっていない。ちゃんと会話をすれば案外普通の人なのだが、第一印象というのは重要だ。


「何か御用ですか?」


 先を急ぐのだが無視して人間関係を悪化させる訳にもいかない。金さえ払えば誰でも泊めるというこの宿は非常に使い勝手がいいのだ。


「ちょっとさ、向こうに行くなら連れて行って欲しい奴がいるんだ。いいだろ?」


「・・・は?」


 一体何を言い出すんだこの人は。訂正します、会話しても普通の人じゃありませんでした。とりあえずにこやかに丁重にお断りする。


「すみませんが、私達は大事な仕事で」


「あんたらのために言ってるのさ。ここから先はやばいんだ、それだけの面子じゃ無事に帰るのは厳しいね」


 当然と言わんばかりの態度に、連れの二人は心外だと顔を見合わせた。しかし彼女の言うことも一理ある。様々な場所に宿を展開し、数え切れない冒険者達を見てきたカリンさんの目は確かだ。


 二人は優秀だが、まだ少年少女。しかも残る一人の私は戦力外という不安材料盛りだくさんのこのメンバー。

 正直もう二・三人雇いたいところだが、危険を共にする程信頼できる人材は簡単に見つかるものではなかった。


 私も二人を心から信頼している訳ではない。未成熟な若者を使うのは危険が伴い、予想外の事態を引き起こす可能性もある。

 反論しない私を見て肯定ととったのか、彼女はこちらから視線を外さず声をかけた。


「ま、そういうわけだ。ついて行ってやりな」


「大丈夫か?何か弱そうだぞ、こいつら」


 声は真後ろから聞こえた。いつから後ろに立っていた?

 咄嗟の事で誰も動けなかった。一足先に我に返ったクロノ君は、振り向きざまに素早く腰のカタナに手をかけた、はずだったのだが。


 バシン!


 なぜかそれはいきなり後方に凄い勢いでぶっ飛んで、あげく石壁にめり込んでいた。


 あまりの出来事に少年は反応出来ないでいる。人間、本当に驚くと声も出せないというのは真実のようだ。

 そして私はというと、問題の人物に場違いな質問をしていた。


「カリンさんのご姉妹ですか?」


 立っていたのは、少々キツめ瞳とヒマワリの花のような色の髪を持つ若い女性だった。



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