戦いのあとで飲む缶コーヒーは美味しい。
「はい、これ」
そう言って、美咲が差し出したのは缶コーヒーであった。
「ありがとう...」
なんとか声は出た。死ぬ前に缶コーヒーが飲めるというのは幸せであろうか、どうだろうか?
そう、私の死は目前に迫っていた。
私の腕には生体活動維持レベルを示す腕時計型の装置が巻かれている。
その表示は、当人の死亡を示す黒色へと変化していた。
私は缶コーヒーのブルタブを開けようと指に力を込めるが、その力は弱く、開く気配はない。
美咲が私の不甲斐ない姿に、ため息を漏らす。
私から缶コーヒーを取り上げると、ブルタブを開けて、私に手渡した。
「あんたさ。こんな終わりでいいわけ?」
「もっと清々するようなもんだと思ってたわ、私。期待はずれもいいとこよ。」
美咲は崩壊した東京の街並みを見つめ、独り言のように呟く。
「そりゃ、あんたは頑張ったよ。」
「悪い奴らは全部やっつけたし、まだ生き残ってるシェルターはいくつかある。人類の勝利よ。」
「でもなんていうかな。私の望んでたのは、"正義のヒーロー、世界を救う。"みたいなやつなのよ。」
「それなのに、あんたのしたことってさ。誰も見ちゃいないわ。地味だわ。残酷だわ。」
「しかも、今にもくたばりそうだし...」
「私がこちら側に付く契約を結んだのは、あんたが面白いものを見せるって言ったからよ。」
「もし、これで終わりっていうなら納得できない。」
美咲はマシンピストルをこちらに向けて、飲み終わった自分の缶コーヒーを後ろに放った。
見事、コーヒーの缶は自販機に備え付けられたゴミ箱の中へ入り、美咲は私を睨みつける。
「そう…言うなって…」
私は声を絞り出す。脇腹の痛みはだんだんと麻痺し、脳内は心地良い白の気配に埋まろうとしている。
「私のしたことが...正解であったかとか...人々を救えたかとか...どうでも...いいや...」
「同意見ね。至極どうでもいいわ。」
今日は風が強い。山の中腹にあるサービスエリアの駐車場であれば余計にだ。
「私は…もうすぐ…死ぬ・・から…君…との契約は・・・果た・・せない。すまない。」
その瞬間、マシンピストルの銃身は爆音と共に跳ね、私の座りこんだ地面に穴を開けた。
美咲は俯きながら私の横を通り過ぎ、最後に小さな声で「さよなら」と呟いた。
美咲は、バイクに乗り込んだようだ。バイクは高いエンジン音を立てながら、遠くへと過ぎ去っていった
私は美咲にもらった缶コーヒーの温かみを両手に感じている。
初めて飲む缶コーヒーの苦みに少し戸惑う感情が私の最後になるのかな。
いや、やはり今まで殺した沢山の同胞達を思って死のうか。
無視してきた沢山の後悔の念と共に逝くのがよいだろうか。
そうではないな。そうではない。
私は美咲が好きだったのだから、
やはりこの缶コーヒーの苦みと温かさを思って逝けばよいのだ。
2時間ほど経って、そのサービスエリアにバイクの音が帰ってきた。
美咲はバイクから降りる。右手には、萎れたピンク色の花を3つ持っていた
すでに息絶えた『彼』に花を捧げる。
爬虫類の姿をした『彼』は、元は人間であった。
人間側の最終兵器として生まれた『彼』はトカゲのミュータントで、
ひたすらに自身の運命を呪った。
ひたすらに殺戮を繰り返した。
しかし、人を愛していたのだ。