そのポラロイドカメラはあった
*
俺の朝は早い。
朝四時に起きて洗顔や歯磨き、朝食を素早く済ませ、すぐに読書タイムとなる。買ったのにまだ読んでいない小説が、部屋の隅で山となって待機している。その隣には未プレイのゲームソフトがこれまた東京スカイツリーのごとくそびえている。おもしれーもんで溢れてるぜ。
もちろん遊んでばかりもいられない。
本棚には小説類とは別に、参考書の類もずらりと揃っている。大学進学への準備にも余念が無い。自慢じゃないが成績も常に上位をキープしている。
七時になると読書タイムは終了し、カメラのメンテを始める。ブロアでレンズの埃を吹き飛ばし、ボディを柔らかい布で拭く。
去年荒井に「カメラのメンテは毎日すんのよ! 一日でも怠ったらあんたのヌード写真を撮っちゃうんだからね!」と脅され、半ば強制的に習慣付けられてしまった。そんなもん撮られてたまるか。でも、たしかにカメラのメンテは大事だし、これをやっているとなんだか落ち着く。
七時十五分、家を出発。学校へ。
学校までの道のりを早足で歩く。時折立ち止まって写真を撮ったりすることもある。最近は通り魔の馬鹿野郎への恐怖もあって、あまり撮影に集中できないのが頭にくる。
七時半、学校に到着。
陸上部の連中が朝連に励んでいるぐらいで、生徒はまだほとんど来ていない。
俺は自分の教室へは行かず、部室棟へ直行。もちろん目的地は我が写真部の部室だ。
カップルもお子ちゃまも無口キャラもいない部室は、やたらと広く感じる。ただ俺が入部したばかりの頃より物が増えて若干散らかっている。パソコンが置いてある机には賀田川がゲーセンで取ったぬいぐるみの数々(正確には取ったのは英輔らしい)がUFOキャッチャーの内側みたいにぎっしりと置かれているし、英輔が家から持ってきたプリンターやらスキャナーがパソコンに接続されている。
部室の窓際にはモコが田舎のばあちゃんの家から持ち出したでっかい絨毯が敷かれている。不思議な柄が刺繍されていて、それはどこか遠い国を連想させる。かなりの年代物っぽいな。日向ぼっこ用とのことで、晴れた日にモコが時々日向ぼっこをしつつすやすやと眠っている姿がよく目撃される。どう見ても幼稚園児のお昼寝の時間としか思えない。
さて、と。
窓を開けて新鮮な空気を入れる。
今日も晴れてるぜ。こりゃあ夏も近いな。
全く勉強しなかったときのテストの解答用紙みたいに何もない青空を見ながら、俺はそう思った。
椅子に座り、俺はスクールバッグから一冊の文庫本を取り出す。誰もいない部室でする読書というのも、なかなか悪くないのだ。
さて、と――ん?
ズボンのポケットの中で携帯が震えている。やれやれ、俺の読書タイムが。
仕方なく文庫本を閉じてメールを確認する。賀田川からだった。
『おっっっはよーでーすっ! 賀田川聡里ちゃんでいすっ! ブチョーにポラのこと訊いてくれましたか~? 朗報待っておりまーす☆』
うわ……。
まるで朝からコッテリしたステーキでも食わされたような、そんな胸焼けを覚えるハイテンションな文面が携帯の画面に展開している。
そういやそんなこと引き受けちまったんだった、俺。
なんてこったい。
うーむ、どうするかな。
荒井に直接訊いてもいいけど、今のあいつからは朗報なんて期待できねえなぁ。でも荒井がポラロイドカメラを持っていることは間違いない。
一年の時の三月のある日、荒井はポラロイドカメラを持ってきた。
あいつの祖父は有名な写真家だったから、家にはカメラがそれこそ山のようにあるらしい。持ってきたポラもじいちゃんのコレクションの一つだったのだろう。
荒井は目に入ったもの全てを写真に納めようとしているかのように、ポラのシャッターを切りまくった。ポラから次々と写真が吐き出されていった。そういや俺のことも撮ってたな。
…………。
「一年の時」や「去年」なんて言い方してたけど、荒井が無口で無表情になったのって三ヶ月ぐらい前のことなんだと俺は改めて思い出した。本当に……いったいあいつに何があったんだろう。
俺一人で考えてもしょうがないか。今は賀田川に頼まれたポラをどうにかしなければ。
荒井は色々なカメラを持ち込んでは暗室に置きっぱなしにしていた。あいつのカメラ置き場が暗室の一角に設けられているほどだ。
俺は暗室のドアを開けて中に入る。ここには窓が無いからどうしても薬品の臭いがこもる。現像作業をしないやつでないと、あまり長居はしたくないだろう。
荒井のカメラ置き場に目をやる。天井まで届くステンレス製の棚の、その一番上の段が件のカメラ置き場だ。置き場というか、ダンボール箱にカメラが乱雑に放り込まれているだけだけど。
……毎日のメンテは大事じゃねえのかよ。
俺はダンボール箱を取り出し、中を覗いた。レンズやボディがぎっしりと詰まっていた。しかも高価なやつばかりだ。
そんなもんを無造作に突っ込むなんて、じっちゃんが泣くぞ荒井。
――お。
「これ……じゃないのか?」
俺は思わず独り言を呟く。
箱の隅、ライカに押しつぶされるように、そのポラロイドカメラはあった。ただし半透明のビニール袋に入れられているが。
袋を取り出そうとすると、なにやらジャラジャラと不吉な音を立てた。
嫌な予感がする……。
案の定、カメラは分解されていた。ネジやわけの分からないパーツ類がゴミ同然に突っ込まれている。
……どうしてこんなことしちまうんだよ。修理しようとして失敗でもしたのかな。でもあいつ、カメラのことに関しちゃ権威と言っても過言ではないほどなんだが。
俺はとりあえずポラが入った袋を別の場所に置き、段ボール箱を元の場所に戻した。
これだけカメラがあるんだ。一個ぐらい黙って借りても分からんだろう。それに使わないというのも勿体無いし。うん。
俺はビニール袋を持って、中をじっと見る。
今日はコイツの復元作業で授業どころじゃないな。