いつもの(不本意な)下校風景
*
写真部のいつもの光景は、何も『全部員』マイナス『荒井』だけではない。
「時に先輩、これは風の便りで聞いたのですが」
「あ? なんだよ」
……現在、俺はモコと一緒に下校中。
時刻は午後七時を少し過ぎたあたり。俺らのように遅くまで部活していた連中が同じようにちらほら歩いている。
全部員から荒井だけでなく、さらに英輔と賀田川を引いたこの不本意極まりない二人組み(俺とモコ)というメンバー構成も、実はお馴染み。
いつもフィルム現像やプリント作業に没頭している俺とモコが最後まで部室に残ってしまうのだ。今日も今日とて全く同じ状況。
ほんの少しだけど、英輔と賀田川に待っててほしいなぁなんて思ってしまうことも正直ある。でもまあ、英輔と賀田川が二人で先に帰っちまうのはしょうがないか。
「どうも聡里さんと英輔さん、お付き合いされているらしいのです」
――って思ってる傍からこれかよ。
「……それ、どこ発の噂だよ」
「私であります」
やっぱりな。ったく、このお子ちゃまは。
「どこが風の便りだよ。勝手に手紙出してんじゃねえ。不幸の手紙だぜ」
「それはともかくですね、私の慧眼によって、彼らの熱愛が発覚したのです。どうでございますか?」
「何が『どうでございますか?』なんだ。何を訊かれてんだかちっとも分からん」
「私も大人でございましょう。私のような大人でなければ、聡里さんと英輔さんの仲は見抜けませんでした。はい」
俺たちの前をカップルが歩いている。俺たちと同じ高校の制服を着ている。ものすげえ楽しそうだ。手なんか繋ぎやがって。
それに比べて俺ときたら、幼稚園児の引率でもしてんのか?
幸いと言ってはなんだが、梅雨時の割に今日は雨も止み空も澄んだ星空を展開している。これでカップルに相合傘でもされていたら、俺はモコのどんぐり頭をミサイルに見立てて目の前のカップルにぶん投げていたかもしれん。
……気を取り直して俺はモコにこう言った。
「てかさあ、賀田川と英輔はな、もう付き合って今年で三年になるんだってよ。つまり、中二の頃から付き合ってんだよ。あいつら、同じ中学だったらしいからな」
「な、なんと!? 先輩はどうしてそんなにお詳しいのですか! ま、まさか、先輩は私をも超える千里眼の持ち主なのでは……」
「おめえが千里眼なら俺は億里眼だ。あいつらが付き合ってるなんて、誰だって見りゃ分かる」
「見れば分かるですと!?」
モコは目をまん丸にして驚いている。
目の前のカップルはついに腕を組み始める。
俺は深い深い溜息をつく。
「はぁ……あと俺が事情に詳しいのには理由がある。お前らが入部して間もない頃のことなんだけど、部活の帰りに俺と英輔と賀田川とでメシ食いに行ったんだよ。そん時に二人から付き合ってるって聞いたんだ」
「むむ、また私を除け者にしましたね! 許せません!」
「おめえは見たいアニメがあるのです、とか言って帰ってたぞ」
「……まあ、そんな過去もあったかもしれません。ですが、もしそのような会食の機会がありましたら、ぜひともこの私をお誘いください」
「わーったよ。お子ちゃま」
俺はぽんぽんとモコの頭を叩いた。
いつの間にかカップルは前方からいなくなっていた。
「……私はお子ちゃまなどではありません」
*
学校から歩いて五分。
俺とモコは片側二車線の国道に出た。夜な夜な暴走族が執拗なまでのカスタマイズを施したご自慢のバイクを走らせていることで地元では有名な道だ。もちろん今は暴走族たちと遭遇するような時間帯ではないので安心だけど。
俺は右へ、モコは左へ行く。ここでいつもなら「じゃあな」とでも言って別れるところなのだが……。
「おい、家まで送ってやろうか」
と、俺は言った。
モコが向かう方向は国道沿いとはいえ人通りも少ないし、しかもこいつは途中から国道から道を折れて住宅街に入る。そこがまた住宅街のくせに富士の樹海みたいに静か過ぎて不気味な一帯だ。
最近この地域に現れる|どこ[#「どこ」に傍点]ぞの[#「ぞの」に傍点]馬鹿[#「馬鹿」に傍点]野郎[#「野郎」に傍点]にでも鉢合わせしたら大変だ。
「先輩、破廉恥でございます」
モコは俺の厚意を好意と勘違いした。
「阿呆か。ここんとこ物騒だろ、この辺」
「ああ、確かに。でもご安心ください。私これでも初段なのです」
「何の初段だよ」
「剣玉です」
モコはスクールバックから飛び出ている剣玉をぐいっと俺に見せ付けた。首からいつもカメラを提げているのは頷ける。写真部だしな。
でもモコはどういうわけかいつもスクールバックに剣玉も入れて持ち歩いている。赤い球の剣玉で、いつもスクールバックから球の部分を覗かせている。
それがまた妙に……いや実にモコの見た目とマッチしている。セーラー服を着てなければ、どう見ても小学生にしか見えないだろう。
……で、剣玉が何なんだよ。
「……気をつけて帰れよ」
「先輩、突っ込み担当が突っ込みを放棄するのは如何なものかと」
「俺は突っ込み担当なんぞになった覚えはねえぞ。さっさと帰れっての」
「では先輩、また明日お会いしましょう」
モコはぺこりとおじぎをして、とことこと自分の家の方向に歩いていく。
等間隔に明かりを落とす街灯が、国道沿いにずらっと並び、ずっと向こうまで続いている。
俺はしばらくモコの小さな背中がさらに小さくなり、そして見えなくなるまで見送ってから自分の家の方角へ歩き出した。