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『写真部の全部員』マイナス『荒井』


       *


 暗室のドアを開けるとそこは部室。暗室と部室は繋がっている。

 いつも思うんだけど、恵まれた環境だよなぁ。まあ教室の机を六つ組み合わせて島を作って大きなテーブルに見立てたり、デスクトップのパソコンもあるにはあるが五年も昔のやつだったり。けどそれを差し引いても、それなりの広さのこの部室を俺はなかなか気に入っている。

 俺とモコが暗室から出てくると、残り二人の後輩――賀田川聡里かたがわさとり本樹英輔もときえいすけがパソコンの画面を見てあれやこれやと楽しそうにしているところだった。

「あれ、お前らいつの間に来てたのか」

 俺は言った。

「あ、ツヅクさん。どもっす」

 と英輔。今日もムカツクぐらいに爽やかだ。

「やっぽぽーいっ! センパーイ!」

 と賀田川。今日もすんげえ元気だ。

「ツヅクさんと井戸未田はまた暗室っすか」

「そうです。暗室こそ写真部の聖域です」

 モコは言った。聖域っていうほどのもんかなぁ。

「俺はどうもあの現像っつうのが苦手っすねぇ。フィルムが上手く巻けないからまともに現像できやしないし。そこいくとデジカメは楽に数こなせるから、ほら」

 英輔はパソコンの画面を示す。そこにはたくさんの画像がディスプレイいっぱいにサムネイル表示されている。

「またたくさん撮りましたね。これはいつどこで誰とどのようなシチュエーションで撮ったのですか?」

 モコは英輔にやたらと詳しく訊く。なんでそんな深く追求してんだこのお子ちゃまは――って、まあ分かるけど。

「えっと……」

「あーはいはい。とにかくスゲェいっぱい撮ったじゃん。デジタルもアナログも関係ねえよ。写真は皆一緒だ」

 俺は物凄く適当なことを言って英輔をフォローする。

「むむー」

 モコは何やら納得いかない様子だか、お子ちゃまの機嫌など気にしない。

「モコちゃーんっ!」

 ――と、いきなりモコを背後から抱きしめる賀田川。なんていうか、こういう女子特有のスキンシップって凄いよな。

「むほっ!」

 びっくりするモコ。小さな体をじたばたさせている。

「ふにゅー、可愛いねーモコちゃ~んっ。よーしよしよし」

「あ、頭を撫でないでください。それと私をお子ちゃま扱いしないで頂きたい」

「またそんなこと言って~。モコちゃん、実は頭撫でられるの好きなんでしょー。聡里ちゃんにはお見通しなんだぞー」

 執拗にモコの頭を撫でる賀田川。

「もひゅーもひゅー」

 不思議な声を上げるモコ。「もひゅーもひゅー……むむ、このモシャモシャはいったい……おおっ」

「およよ? どうしたのモコちゃん」

「聡里さん、髪型変えましたね」

「ふっふーんっ、分かる?」

「ええ、もちろんです。これはまたアダルティーな。驚愕です」

「えへへ~、そんなに褒めないでよーっ」

 え? 賀田川の髪型が変わっただって?

 ……あ、確かに。よおく見ねえと分からんけど。

 賀田川の髪型は肩まで届くぐらいなのだが、その毛先のほうが軽くウェーブしている。なんちゅう小さな変化だ。そんなもんに気付いたモコに驚愕だ。

「でもモコちゃんの髪型も可愛いよぉ。どんぐりみたいで~」

「ど、どんぐり……」

 モコはがくりと肩を落とした。よくやったぞ賀田川。

「私だって聡里さんのようにアダルティーな髪型になってみせます。どこの美容室でカットしたんですか? 私も同じところにします」

「『カット・デスサイズ』って美容室だよん」

 ……またなんちゅう名前の店だよ。髪の毛どころか命までカットされそうだぜ。

「分かりました。私もそこでチョキチョキしてもらいます」

「チョキチョキする前におめえは髪伸ばさんと駄目だろ。お子ちゃま」

 俺は的確なアドバイスをする。

「……私はお子ちゃまなどではありません。髪の毛だって……髪の毛だって……」

 モコはぐいぐいと髪の毛を引っ張るけど、もちろんそんなことしたって伸びるわけがない。どんぐりヘアーのままだ。

「センパイ、モコちゃんに意地悪しないでくださいよぉ。モコちゃんはこのどんぶり頭にアイデンティティーを見出してるんですよ!」

「うぅ」

 モコはがくりがくりと肩を落とした。

「賀田川……全然モコのフォローになってねえぞ」

 しかも「どんぐり」じゃなくて「どんぶり」になってるし。

「えーそんなことないですよーっ……あっ、いっけない。忘れてた!」

「あ?」

「えーとえーと、英ちゃん何だっけ? アレだよアレ!」

「ん? ん?」

 ずっとパソコンの画面に見入っていた英輔はいきなり話を振られて戸惑った。「え? 何?」

「だからさ、なんかセンパイに訊くことがあったじゃんよー。何だっけ?」

「ツヅクさんに訊くこと? ……あー、ポラだよ」

「あ、そうそう! それだ」

 ぱしんっ、とひざを打つ賀田川。「センパイ、ポラ持ってませんか?」

「ポラ? ポラロイドカメラのことか?」

「そうですっ」

「持ってないなぁ。つうか俺、カメラってこれしか持ってないんだよ。これだって荒井からずっと借りてるやつだし」

 俺は首から提げている古いマニュアルカメラを示した。三十年以上前のカメラらしく、ピントも絞りもシャッタースピードも、フィルムの巻き取りさえも手動だ。一応借りてるってことになってるけど、ほとんど貰ったも同然だった。「あ、でも――」

「え、持ってるんですか!?」

「いや、俺じゃなくて荒井が持ってたなーと思って」

「うーん……ブチョーですか」

 賀田川は俺の言葉を聞くとしょんぼりと顔を俯かせた。

 それもそのはずで、賀田川にとって荒井は唯一この部活で苦手とする人物だからだ。そもそも荒井のような無口キャラと賀田川が合うわけがなかった。去年の荒井とだったらこの上なく気が合うコンビになれただろうに……。

 こういう時、写真部の暗い部分を見た気がして嫌になるよなぁ。

「じゃあ俺が今度荒井にポラのこと訊いといてやるよ」

「ほ、ホントですか!」

「ああ」

「ありがとーございますセンパイっ!」

「別にいいって。ていうか、ポラロイドカメラなんかどうすんの?」

「決まってるじゃないですかー、写真撮るんですよー」

 まあ、そりゃそうだろうけど。 

「あれっすよツヅクさん」

 英輔がパソコンの画面を見ながら話し始める。「要は可愛いからっすよ。ポラってそんな感じするじゃないすか。どっか玩具っぽくて。トイカメラなんつーのがあるぐらいっすからね。そういうのってカメラ女子にはツボなんす」

「ふーん、そうなのか。よく分からないけど」

 俺は曖昧に頷いた。

「聡里さん、ポラで満足できなくなったらぜひともモノクロ撮影と現像にチャレンジしてください」

 モコがすかさず口を挟む。モコはフィルム派でありモノクロ派なのだ。

「うんっ、その時にはモコちゃんを師匠って呼ぶよっ!」

「師匠……なんて甘美な響き」

 モコはうっとりとした表情を浮かべ、どんぐり頭をぽりぽりと掻いた。

 俺はそんな和気藹々とした後輩達を眺める。

『写真部の全部員』マイナス『荒井』。

 この光景が、俺が高校二年になってからの、写真部のいつもの姿だ。

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