表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/36

プロローグ1

 半世紀ほど昔に遡る。

 一人の若者が世界を旅していた。彼は写真家を目指し、呆気なくスランプに陥り、呆気なく自分探しの旅という青臭い選択肢を採用し、そしてやはり、呆気なく自分を探せない自分に苦悩していた。

 ああ……母さんが作ったメシが食いてえ……。

 いやとにかく日本食が恋しい……。

 米、納豆、冷奴、沢庵、味噌汁……。

 ていうか普通に寂しい……。

 彼女に会いてえ……。

 彼は呆気なくホームシックにもかかっていた。

 そんな彼にとって、同じ日本人に出会えたのはこの上なく嬉しいことだった。思わず顔がほころび、げへへへ、などと怪しげな笑みを漏らしてしまった。本来なら爽やかな笑顔を見せたかったが、そのときの彼にそんな余裕は絶無だった。

 幸い、相手の日本人は彼の不気味な微笑など全く気にしていなかったらしく、屈託の無い笑顔を振りまいていた。

 相手の日本人は露天商を営む少女だった。

 そこはアジアのとある貧しい国の市場。魚や野菜、肉などの食料を始め彼が見たこともない食材が色とりどりに店先に並ぶ。

 そんな中で少女の骨董屋は言うまでもなく浮いていた。壺や絵画なども一応はあるが、ほとんどがわけの分からないガラクタの寄せ集めだと言って差し支えない。

「君、この『飛ばなくなった魔法の絨毯』というのはいったい何だ?」

 若者は少女に尋ねた。

「つまりフツーの絨毯だよっ」

「…………」

「でもねっでもねっ、昔はビュンビュン飛んでたんだよー。もうね世界をグルングルン回っちゃったんだからー。頑張ればあと一回ぐらいは使えるかもしんないよ~。落下する可能性大だけどっ。あは!」

 少女はハイテンションでそう言った。

 見たところ十二、三歳といったところか。表情や言動から言って、どう見てもまだ子供だな、と若者は思った。

 少女を見つけた直後は同胞に会えた喜びで飛び上がるほど嬉しかったが、話していくにつれ少女が営む骨董店というか、むしろ少女そのものの痛さ加減に若者は肩を落としていった。

「……お、それは何だい?」

 若者はガラクタの中の一つの品を指差した。

「え、ああ、これは売り物じゃないんだなー」

「ふうむ」

 若者はしげしげとそれを見つめる。ほかのガラクタはともかく、それはどういうわけか若者の心を掴んで離さなかった。見れば見るほど心引かれていく。

「お願いだ、それを私に売ってくれないか」

「駄目だもん。売らないもん」

「そこをなんとか……」

「駄目だもん。売らないもん」

「そうだ、ではこういうのはどうだろう。金はもちろん払う。さらに君の写真を撮ってあげよう。君ならさぞかし可愛く写ると思うよ。もちろん出来上がった写真は君に差し上げよう」

 若者は満面の作り笑顔で純度百パーのお世辞を言った。

「ふっふーんっ、そんなことでこれは売らないもーんっ。それにあたしが美少女で写るなんて、写真が出来上がるまでもなく分かってるもーんっ」

 少女はまな板のような胸を張って言った。

 このガキが調子くれてんじゃねえぞ、と思わず口に出してしまいそうになるのを抑え、若者は溜息をついた。

「そんなに大切なものなのか」

「うんっ。これはね、先祖代々受け継がれれているの。あたしが勝手に売るわけにはいかないのっ」

「ということは、君も子供を生んだらそれを継がせるのか」

「そうだよ。私の子供から孫ってな感じでねっ」

 若者と少女の交渉はそれからしばらく続いたという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ