自分が蝶々なのか人間なのかよく分からない
僕は深いまどろみの中にいた―――――
そこは見た事もない景色が広がっていた
「どこだよ…ここ…」
現代では考えられないような建造物の数々
近未来的なようで、とても古いようにも感じる
とても栄えた…いや、まさに繁栄の絶頂にあるかのような都市が見える
その中でも一際に僕の視界を捉えて離さない建造物がそこにあった
とても…とても…大きい…
言葉では表現出来ない
今までにこんなに大きな建物は見た事が無い
それどころか地球上にこんなに天高くそびえ立つ存在があっただろうか
雲すらも突き抜けんばかりの
塔…と表現するのが的確だろうか
とにかく僕の短い人生の中で想像出来る大きさの範囲を遥かに超えた、それはそれは大きな塔が目の前に存在した
…そびえ立つ巨大な塔にはたくさんの明かりが灯っていた
そこに住むたくさんの人々の姿が目に入った
そこで暮らしている人たち
それは幾万年の時が経っても変わらない。人々の営みの景色
しかし、どこか寂しげで 儚げ
存在を遠くに感じてしまう
まるで僕とは大きな隔たりがあるようにも感じた
いま僕はこの街に存在している…
それにしてはとても俯瞰的で、息一つで消し飛んでしまいそうなくらいだった
僕はその塔を駆け上がった
本来ならば、これほどの塔を駆け上がるなんてのは無理であろう
しかし僕はあくまでも俯瞰
俯瞰のまま塔の外壁を沿って流れるように昇って行く
この繁栄しきった街の中
たくさんの人々
それなのに
とても静かだ
音がしないというのは
とても心地が良い
そして…
…とても不安だ
僕は塔の一番上までやってきた
見下ろす
今までいた場所がとてつもなく小さくなっていた
片手ですべてをつかみ取れそうなぐらいに
そして僕は気がつく
どこまでも続く大きな星
地平線が遥か彼方に見える
地球の丸さを計るにはこれ以上にない絶好のロケーションだった
僕はひとしきりの感情を堪能した後に塔の中を覗き込む
塔の最上階は大きなホールのような広い部屋だった
そこには何百人の人が一人の女性にかしずいていた
女性は何百人の前で、大きな玉座…という表現が正しいと思う
玉座に鎮座していた
場所が場所だ
その女性の姿はとても荘厳で、同じヒトであることすら忘れてしまいそうな位の輝きを放っていた
女性は何かを呟いている
すぐ側にいた男性が近づき耳を寄せた
男性は女性からある程度の言葉を受け取ると
全員に聞こえるような大きな声で女性からの伝言を伝えている…と思う
なぜ『思う』なんて単語を使ったのかというと
僕には聞こえないからだ
あくまで俯瞰
僕はこの場にいてはならない存在なのだろうか?
そうしていると、玉座に座っている女性と目が合ったような気がした
―――――けて…―――――
その美しい顔を僕の方に向けながら何かを呟いた
「え?何…?聞こえないよ…」
「…けて」
僕は必死に聞き取ろうとする
彼女に近づけない…
遠い…
あまりにも遠すぎる…
あぁ…
――――――――…とたけけ―――――――
僕は目を覚ました
あ~、ぼーっとする
「…とたけけ」
「うわっ!!まりも!!」
僕ははっきりと目を覚ますとまりもに馬乗りされていた
「…とたけけ」
「任天堂!?」
あとすこしで聞き取れそうだったのに!!
なぜ夢とシンクロするような単語を言うのかなぁ!!
「おぉ、起きたのでござるかのび太くん」
声の方を振り向くとあさひが押し入れ…もといクローゼットから出てきた
「ネコ型ロボットか!!」
なんだのび太くんって!!
ご丁寧に布団まで敷いてある
僕はまりもを抱え上げ床におろしてから、深呼吸をしてからあさひに向き直った
「なんであさひがここにいるんだ!!なんでクローゼットの中にいる!!」
「目覚めからいきなりツッコミが冴え渡っているでござるな猿氏!!」
朝からツッコみたくなる状況下を作る方がすげぇよ!!
「しかし…いきなりシリアスな文章から入るから違う小説が間違って投稿されたんじゃないかと心配したでござるよ」
「いきなりメタ発言で心配しないでくれ!!」
「おおっと!質問に対する返答がまだでござったな!拙者…猿氏を守る為の警護の任があるでござる…そこで猿氏が就寝したあとに忍び込んでクローゼットに睡眠道具一式を運びこんだでござるよ」
僕のセリフに被る勢いで、僕の部屋への領海侵犯が告白されていた
「勝手に人の部屋に入るなよ!!しかもなんでクローゼットチョイスだ!」
「いや、人の家に居候する時の基本は押し入れだと読んだマンガに書いてあったのだが…」
「ネコ型ロボットか!!」
コイツ、絶対にそれしか読んでないだろ!!
「いや…しかし、よく考えて欲しいでござるよ猿氏。これはとても繊細な問題点を解決しているでござる…お互いのプライベートの侵害を、部屋と押し入れを挟む扉…この一枚の隔たりで見事に解決しているのでござるよ。これは熟年夫婦のマンネリな関係にも有効な手段になると私は気がついたでござる。この一枚の隔たりは夫婦仲を取り持つ大きな一歩になるのではないか…機会が来たら学会にプレゼンしようと思うのだが…」
「俺が旦那なら押し入れを寝室にされた時点で別れるわ!!」
あさひはいきなり何を言うんだ!!
学会にプレゼンするほどの発見ではないぞそれ!!
「ハッハッハ!!まぁ良いではないか!!私は受けた恩は全力で返す。そう心がけているのだ!私は、猿氏のプライバシーを尊重して最大限の譲歩としてココを寝室にしたのでござるよ!!」
あさひは、就寝中に勝手に部屋に入ってきた時点でプライバシーの侵害をしていることに気がついていないのだろうか?
しかし……
あさひは黙っていればそれなりに見れる顔だ
確かにそんな子と同じ部屋になると考えたら
僕の精神衛生上よろしくない
この壁の隔たりは確かに大きいかもしれない
……ってそれじゃ僕が、そこを寝室にしていいですよ。って認めてるみたいじゃないか!!
「というわけで、ふつつかものですがこれからよろしくお願いするでござる」
「なっ…」
あさひは姿勢を正し、深々と頭を下げた
僕は不覚にもそのセリフに照れてしまい言葉が出なかった
それって嫁入り前のセリフみたいじゃないか…
「では早速…朝食のどら焼きでも食べるでござるか?」
「……ネコ型ロボットか!!」
さすがに朝食どら焼きはねぇよ!!
どら焼きとか言えば何でもネコ型ロボットになると思ってんのか!!
たけしのモノマネでとりあえず『バカヤロウ』とか『コノヤロウ』とか言っとけばいいみたいになってるわ!!
「あぁ…もう!それより母さんは?」
「母さん?おぉ!猿氏の母上なら朝早くに出かけられたでござるよ。なんでも、『機関に気がつかれた。こちらから機関のアジトを叩きに行かなければならない』だそうでござる」
「いつものヤツか…」
母さんは謎の『機関』に狙われている…
っていう設定だ
とても巨大な組織で、国家間にまたがって裏で活動している
っていう設定だ
「それと、伝言を預かっているでござるよ」
「なに?」
――――――ゆうべはおたのしみでしたね―――――
「ふむ…なにかの暗号でござろうか」
あさひは首をかしげて考え込む
しかし、僕はそのメッセージが何を指すか分かっている
「そのセリフが言いたかっただけじゃねぇかぁぁぁ!!」
まったく…自分の母親がなぜ宿屋の主人のようなセリフを言うのだ
それにしても冷静に思い返すと
中々、ゲスの勘ぐりな発言だよな。
今のご時世ならセクハラになりかねん発言だ
良かったなRPGで!!
まぁ僕が言われたのは母親なわけだけど
そんな元ネタを思い返していると、まりもが服の袖を引っ張った
「…わらっていいとも」
「ん?」
僕はまりもの声に耳を傾ける
「…めざましてれび」
ん~…ちょっと意味が分からないかな~
ちょっとどころかかなり意味が分からない
なに?
テレビが観たいの?
「おぉ、そういえば猿氏よ。今日はこの世界では…ヘイジツというものではないか?」
「…ヘイジツ?………………平日!!!」
僕は急いで時計を確認する
「ラウッ!!チェェンッ!!」
何故か、ヴァーチャなファイターの中国人キャラクターの名前を叫んでしまうぐらいに驚いてしまった
みなさまお気づきだと思うけど
今日は平日
そして僕は高校生
今日は学生の義務として
教育を受ける為に学校に行かなければならないのだ!!
正確には義務教育ではないので、義務ってほどでもないんだけど…
僕は真面目なのだ
時間はギリギリ…いや、今から走ったとしても間に合うまい…
昨日は早めに寝たはずだ
しかし、ドタバタなイベントのせいで予想以上に疲れていたのもあるだろう
そして夢の…せい?
寝てんのに疲れるって言うのも変な話だけどさ
「猿氏よ!!状況は分からないが切羽詰まっているのだな!?」
僕の慌てふためいた姿に何かを感じ取ってくれたのだろう。
そんな言葉をかけてくれた
「あぁ!!急いで学校に行かなきゃいけない!!ここから走ったら…1時限目を少し遅れるくらいか…?」
「なにぃぃ!?猿氏は線に萌えるというのか!!」
「1次元じゃねぇよ!!萌えとか言ってないし!どんな聞き間違いだよ!!」
1次元萌えとか上級者すぎるだろ!!
「うむ!さすがの拙者も1次元萌えと言われたら引いているところでござった…」
そりゃそうだろうよ!
なかなか高度な次元の属性だよ
いや、低次元だけど
…ってうまいこと言ってる場合じゃない!!
「とにかく!!時間がないんだ!!僕はもう行かなきゃいけない!話は帰ってきてからにしてくれ!!」
そう告げて、僕は部屋からあさひを追い出そうとした
「待たれよ!!この私に良い考えがある!!」
僕の行動を静止するかのように声をあげた
「なに!?悪いけど冗談ならまた今度にしてくれ!本当に急がなきゃ―――」
「うむ、つまりここからその場所まで遅れずに行きたいのだな!?」
「それが出来たら苦労しないよ!!」
「あい、分かった!!拙者にまかせるでござる!!」
そういうとクローゼットの中から例の召還機を取り出した
「ま…まさか!?」
僕は一筋の光明を抱いた
こいつは召還師…そして、召還機で召還と呼ばれるもので異次元を旅してきた
僕の目の前で見せてくれたモノは確かであった
イケル!!いけるぞ!!
「そうか!!その召還機を使って―――――」
「いや、無理でござる」
「そうか!さっそくたのm――――えぇぇぇぇぇ!?」
そうくるか!
あげて落とす作戦か!!
コイツがそんな小悪魔なヤツだとは思わなかった!!
とんでもないアゲハだ!!
「ハッハッハ!これは異次元と繋ぐ為の装置で、この世界の中をワープ出来る代物ではない…決してどこでも行けてしまうよなドアではござらん」
それならお前になにをまかせればいいんだよ!!
その余裕はどこからくるというのか!!
「さっきから、女の子がフレンドリーに接してきて、コイツ俺に気があるんじゃね?と思ってたら次第にこっちから意識し始めちゃって、告白したら ゴメン私そういうのじゃないから…これからも良い友達でいよう?って言われた時の顔をしているでござるよ?」
「してないよ!!そんな思春期の揺れ動く気持ちをこの短時間で感じたとは思えないよ!!」
結構、的を射てる…のか?
「しかし、安心するでござるよ。この召還機では無理――――と言うだけでござる」
そう言うと弁当箱…もとい召還機のふたを開ける
「――――っ!」
僕は昨日のまばゆい閃光がでてくるのではないかと、とっさに身構えた
「―――――――あれ?なんで?昨日みたいにピカーッ!とかモワ~ッ!とか出ない訳?」
「あぁ、あれでござるか。やはり魔法で重要なのは雰囲気と演出だろうと思って―――過剰な演出をしてみたでござる!!―――――てへっ!」
「てへっ!じゃないよ!!なんでわざわざそんな演出したの!?」
拍子抜けだった
光りもしないし、煙がモクモクとでるわけでもなく普通に弁当箱が開いた
弁当箱の中に手を突っ込みガサゴソと何かを漁っている
しかし…不思議なモノで、弁当箱の中に腕がすっぽり入っているあたりホンモノなんだな。と感じる
「フフフフ…見て驚いちゃダメでござるよ…拙者がこの世界のどこへでも行ける道具を持っているとは想像もしてなかったでござろう?」
「いや…だから最初からそれを期待してたんですけど…」
「見よ!!猿氏よ!!これぞ、世界中どこへでもワープ出来る画期的な道具!!その名も『どこでも――――」
「ネコ型ロボッ―――――」
取り出した手を高く上げようとしてるあさひ
発言を先読みしてツッコんでやろうと思った
―――――ウォシュレット式トイレ~!!』
「―――――トか…って…何か携帯式のトイレみたいな名前になっちゃったよ!!」
僕は耳を疑った
どこでもウォシュレット式トイレ…?
いつでもどこでもお尻は清潔に保ちたい人に最適そうなネーミングだよ!
「ハッハッハ!!驚いて言葉も出ないでござろう!?」
…
手には白鳥の形のおまるが握られていた
いまどき珍しいぐらいにベタなおまるだ。THE・オマルだ!!
「よし!!猿氏よ!!参るぞ!!」
「どこにだよ!!おまるでどこに向かえって言うんだよ!!なに?下水道にでも行こうっていうのか!?」
「ハッハッハ!亀忍者のミュータントとピザタイムでもするのでござるか?」
「こんなのデタラメだ!オマルで世界中にワープ出来るなんて…エイプリルフールは過ぎたぞ!?」
「おっと、世界中どこへでも…というのはいささか語弊があったでござるよ…」
僕のツッコミを無視して話を進める…
――――――世界中のありとあらゆるトイレにワープ出来るでござるッ…!!―――――
「凄いのか凄くないのか分からないよ!!」
いや、凄いけどさ!!
それさえあれば、トイレに間に合わなかった悲しき迷える子羊たちがどれだけ救われた事かっ…!!
「それで…その使用方法は…?」
僕は寝起きながら、すでに疲れてしまっていた
「うむ…実にシンプルでござるよ。拙者がこのおまるに魔力を込める――――」
おまるに魔力を込めるというシュールな言葉が想像以上に面白くて笑ってしまいそうになったがこれ以上は無駄な時間を過ごしたくなかったので必死にこらえた
「そうしたら、このはしっこに付いている『ヒデ』というボタンを押せばワープが始まるでござるよ」
「『ビデ』じゃなくて『ヒデ』なの!?誰!?」
とんでもないオマルだ!!
ヒデってどんな機能だよ!!
ヒデくんがお尻を拭ってくれる機能でもついてんの!?
誰が得すんだよ!!
「得するのはヒデくんだ。ヒデくんは人のお尻を拭うのが好きなんでござる」
「変態じゃないかヒデくん!!」
とんでもないよヒデくん!!
変態という名の紳士とかじゃなくてただの変態だよ!!
「いや…でも…オマルでワープするのは抵抗があるというか…」
そりゃそうだろう
そもそもワープ自体が初体験な訳だし
それをオマルでするなんてとんでもない勇気がいるよ
「虎穴に入らなければ虎子は得られんのだぞ猿氏よ!!普通に考えて虎の子供が欲しいとはあまり思わないでござるが」
「ことわざに茶々をいれるなよ…」
「よし!次こそ行こうではないか猿氏よ!!」
「待って!待ってって!!」
僕の言葉を無視してあさひは何やら集中しはじめた
「―――――むぅ…」
すると、手から青白い光が出てくる
コイツやっぱ本当に魔法とか使えるんだな…
青白い光がおまるに移っていく
これがおまるでなければ本当に格好がついたと思う。
「青白く光るオマル…」
非常に可愛らしい白鳥がとても不思議な光を放っている
「―――ふぅ。これであとはボタンを押すだけでござるよ」
僕は目の前にオマル…便器とも呼ばれるものを差し出された
「これで…学校まで一瞬で行けるんだな…?」
「いかにも!ここのボタンを押せば学校の…トイレまでひとっ飛びでござるよ」
そうだったトイレにたどり着くんだよね…
どんな感じでたどりつくんだろうか
「よし…押すぞ…」
僕は息を呑んだ
そっと…指をボタンに近づける
「あ、そういえば言い忘れていたでござる!」
「―――――え?」
いま何を言おうとした?
僕は既にボタンに手をかけていた
「『ヒデ』のボタン以外を押すと…」
え?ヒデ以外のボタンを押すと何かあるの!?
僕は自分が押したボタンを確認する為に視界を指先に落とした
あぁぁぁ…
僕は期待を裏切らない男だ
もちろん悪い意味でだ
見事に僕は
――――――『ヒデ』の下のボタンを押していた―――――
「猿氏!!そんなお約束まで守るとは!!拙者…ますます感服いたs――――」
あさひの声が遠く遠くに聞こえている
どういうことだ?
さっきまで目の前にいたのに――――
あれ…?
何か目の前が暗く―――――
僕が最後に記憶にあるのは『ヒデ』の下にあるボタンに書かれた文字だった
―――――――『ヨシキ』――――――――
も――――はや――――ただのエックスな日本――――じゃ――――ないか―――――