ユメミル
「で、何? 君野球部なんだよね?」
彼女は変わらない笑顔で言った。
まあやっとこの状況に慣れてきた。
知らない女の子にいきなり話しかけれているという「少年マンガ的展開」にである。
といっても相手はヒロインにしては身長が高すぎるのだが。
これは俺の趣味の問題なのか。どうなんだろう。
「ああ。まあそうだけど・・・」
やっぱり。と彼女はうれしそうに笑う。
我ながら適当な返答である。 こんなんじゃ仲良く会話なんてできっこない。
なので聞きたいことを聞くことにした。
「あんた、マネージャー志望?」
その瞬間笑っていた彼女の顔は「?」というか、不思議そうな顔をしている。
「何で?」「あんたバカ?」みたいな。 そんな可哀想な人を見る目。
俺、なんかおかしなこと言いました?
「何言ってるの? 野球部入部するんだよ?」
は? いやそれはわかったんだが。
マネージャー志望なのか、別にそうじゃないのかってのを聞きたいんだが。
シニアでやってて、それでも野球をあきらめきれないからマネージャーなんてよくあるケースだ。
だが彼女は依然不思議そうな顔している。 俺も多分そんな表情をしているだろうと思う。
「バカなの?」「死ぬの?」みたいな。 そんな変な人を見る目。
「いや・・・だから。マネージャーになるのかな~って思って。」
「私が?」
「うん。あんたが。」
お互いに会話できていない。全然理解できてない感じだ。
会話のキャッチボールなんてよくある表現だが、それにのっとれば今のこの状況は
お互いに空へ向かってボールを投げている感じだ。
「そっか・・・高校野球にはマネージャーがいるんだね。」
彼女は・・・神野由香は心から「そっか」って感じの表情をしている。
やっと俺のボールをとってくれた。 ちゃんと投げ返してくれたらいいのだけど。
「でも、私は違うよ。私『甲子園』行きたいんだもん。」
また、輝くような笑顔で。
空に向かって会話を放り投げる。
いや、これは俺が悪いのかな。彼女の言うことは一言足りない気がする。なんとなく。
「違うよ」ってことはメネージャーにはならないのだ。
ということはただ見てるだけ・・・? でもユニフォームだし。エナメルだし。
しかも『甲子園』って言ってる。
・・・・ってことは。
『選手』? 女の子なのに? いやありえないことではないのだろうけど。
全国を探せば何人かはいるに違いない。女の子の高校球児。
でも・・・そんなんって損じゃないだろうか。
俺の思考をさえぎるように彼女が話し始める。
「なんかいまいち理解できてないみたいだね。そんな感じの顔してるよ。
私はね。『選手』として『甲子園』目指したいんだ。
『初の女子甲子園出場選手!』みたいなね。」
笑ってそういう。
でも女の子って公式戦に出られないんじゃなかったっけ?
俺の勘違い?
俺は「え・・・でも・・・」といいかけて彼女に黙らされた。
その笑顔で。球場を振り返って、そしてバックスクリーンを指差す。
「3年前ね。女の子でも公式戦に出られるようにって規定が変わったんだよ。
それでたくさんの女の子が硬式野球部に入って、甲子園を目指した。
だけどいまだに活躍する女の子はいないんだよね。
やっぱり色々とあるのかな。男の子の中でやっていくのって結構大変だし。」
そうだったのか。全然知らなかった。
でもそんな改定が行われたところで、俺には関係ないのだから知らなくてもおかしくはない。
だが、『甲子園』。 正直考えてなかった。
少なくともこの学校の様子を見てからは。 そんな言葉出るはずが無い。
でも彼女は。
「すごいんだよ。『甲子園』。観戦しに行って感動しちゃった。
何万人なんて人が、18人の高校生を応援してるんだよ。
あんなに暑いのに。大声で叫んでさ。私ね、そのときにあそこに立ちたいなって思ったんだ。
チーム一丸となってあそこを目指したい。それに向かって努力したいってね。
この学校で、私は目指したい。お父さんが「最高」って言ったこの学校でね。」
俺は彼女の言うことに水をさすことにした。
本当に悪いと思うけれど。 言わずにはいれない。
我慢、できない。
「なあ。「最高」ってお前のお父さんが言ったのかしらねえけど。
この練習の様子見てなんでそんなこといえんの?正直俺、甲子園なんて目指す気ねえよ。
のんびりとやってさ、高校終わりたいんだわ。きっと他の奴らもそうだって。
ガチでやりにきてるような奴はいねえよ。だって意味ねえもん。そんなのに使う体力が
くだらないって。だから本当にさあ。悪いけど、それあきらめた方がいいと思うぜ。」
さっきまで可愛いなんて思ってたこの女が今はバカにしか見えない。
そんなに『あそこ』をめざしたいのならなんでもっといい学校に行かなかった。
あんたがどんなすごいプレイヤーなのか知らないけれど。
絶対に無理だ。ありえない。不可能だ。
さすがに彼女から笑顔は消えていた。 そりゃそうだろう。
長年の夢を。たった今会ったばかり男に否定されているのだから。
なんなら俺は野球部に入るのをやめたっていい。 のんびりとやるならわざわざ部活に入る意味は無い。しかもこんな状態じゃあいても意味が無い。
俺みたいな夢の無い奴はいないほうがいいだろう。 志の低いやつは。
その上で目指したらいい。『高み』を。『甲子園』を。
彼女はどうするのだろう。
口論になもちこむか。泣いてしまうのか。最悪ビンタを食らうかもしれない。
それでも。
俺は確信できるのだ。『あそこ』はこんな高校が行くところとは違うと。
だが、彼女は俺の予想を大きく裏切る行為をする。
この固い俺の意志をねじまげてしまうように。またその輝くような笑顔をみせたのである。
「あはは!総島くんって面白いんだね!」
面白い?
「は?意味わかんないんだけど。俺なんか面白いこといった?」
いや、言ってない。 断固言ってない。
かなりシリアスに彼女の夢を否定したはずである。
「面白いよ~! 「のんびりと野球やりたい」なんて人間があんなシリアスな顔で
練習みれるわけないじゃん!君だって本当は目指したいんだよ。『甲子園』。
少なくともちょっとくらい憧れはあるはずだよ。 野球やってるんだし。
野球歴かなり長そうな総島くんがさぁ、だれでも行きたいはずの『あそこ』に行きたくないはずがな いんだよ!!」
なんだなんだ。
意味わからん。「俺」が?『甲子園』を?「目指したい」?
全然俺の話きいてねえじゃん!!
行きたくないって言ってるのに!
だからさぁ・・・と言いかけて、神野が言った。
「私ね。本当に『甲子園』へ行った人を知ってるんだ。
その人は『天才』でさ。それなのにさらに努力してたらしいんだよ。
そんな人があまりにも身近にいるからさ。比べられて比べられて。
その人もさ。私に自分みたいになってほしかったらしくて。
でもさなれるわけ無いんだよ。私は私なんだし。その人はその人なんだしね。
まあでもそうやって自分を納得させるのは簡単なんだけど、私は悔しかったから。
泥だらけになって、それでも認められないからもっと頑張って。
「才能受け継いでねえなら辞めちまえ」なーんて言われながらね。
泣きたいときもあったし、本当に野球が嫌いになりそうなときもあったんだけど。
それでも本気でその人になりたい・・・いや越えたいって思ってたんだよね。」
まあ無理かなってのはわかってるんだけど。と、神野は微笑みながら、でも少し悲しげに。
自分の嘘みたいな過去を言う。興味もないし、聞いても無いのだけど。
今日はじめて会った自分の夢を否定する男に。そんな大事なことを。言う。
「まあそういう思いもあるけど。 やっぱり『甲子園』行きたいんだよね。
チーム全員でさ。だから総島くんにもあきらめてほしくないんだよ。
せっかく同じチームになるんだしさ。どうせなら同じ目標があったほうがいいじゃん。
そりゃ私だってこのチームの練習見て切ない気持ちにはなってるけどね?
こんくらいダメなところからのほうが燃えるじゃん。0からのスタート。
響きだけでかっこいいし。それにね。私たちの世代は強いかもよ?
まだわかんないけど、たくさん可能性があるのにその可能性を捨てるなんてもったいないじゃん。
頑張れるのに頑張らないなんて、それこそくだらないよ。全力でやらなきゃ。」
俺は黙って聞いた。その声を。聞くだけで少し悲しい過去を。ポジティブすぎるその考えを。
彼女は続けて俺に言った。悲しげなその表情を明るくしつつ。
「夢を持とうよ。夢を追おうよ。夢を掴もうよ。」
笑う。また。輝くようなまぶしすぎる笑顔で・・・笑う。
手まで差し伸べちゃってさ。バカだな。本当に。
俺って簡単な奴だな。こんな適当な持論に頷かされちゃって。
心動かされちゃって。「やってみたい」なんて思ったりなんかしちゃって。
笑えるほど。バカだ。
でもまあバカは嫌いじゃないってのが俺自身への言い訳で。
彼女の夢を否定したことへの償いで。
俺の意志表示でもある。
そこまで叶えたいなら。手伝ってもいい。
簡単なことじゃない。当たり前だ。
だけど、お前の夢が『甲子園』と『その人を越えたい』であり続けるのならば。
俺はこの3年間をお前に捧げてもなんの反感も抱かねえよ。
俺は差し伸べられたその手を掴んで言った。
「諦めんじゃねえぞ。」
神野はもう一度笑って大きく頷いた。




