オハヨウ
春。
桜、別れ、始まり、花粉症、そして・・・出会い。
季節というのは表現しやすいようでしづらい。
前記のように言葉をたくさん並べて、読者に「うんうん」頷かせることはできるけれど、
まったくもって季節を知らない人。たとえば南極で生まれて南極で育ったような人(極端すぎるが)に
『春』を伝えようというなら、箇条書きのような方法では無理だろう。
だからといってどうということもないけれど。
この物語にそんな特殊な経歴の人間は出てこないのだから。
わざわざ「・・・」を使ってまで間をおいたのだから「出会い」というのが、
俺の今年の春においては重要なのである。
まあそれに気付いたのはもっと後だが。
3月後半。 俺は中学を卒業した。
なので必然的に高校進学を選んだ。 卒業式の3日後の今日、俺はその高校に来ている。
私立京学院高校。
西東京の山の中にあるその高校はかつて高校野球で強豪として名をはせていた。
「古豪」というやつである。
最後に甲子園に言ったのは20年前。
現在、プロ野球某球団の主砲である「神野春真」がキャプテンをつとめていた時代らしい。
その時代はまさに黄金時代で、1チームから3人もドラフト指名をうけた。
だがそこから今に至るまでこの京学院は甲子園の土を踏むどころか、県大会の準決勝にもすすめていない。 今では誰もがあきらめムードらしい。
だからこそ俺はこの高校を選んだ。 地元から電車で10分でお手軽だし、
校舎は私立なだけあって超綺麗だし、通う生徒もいい子ちゃんばかりだ。
この高校で、ゆっくり、のんびり、ふわふわ(?)と野球をやっていく。
最高だ。
小学生のときは監督が「石頭」の「鬼」で、千本ノックとか受けてた。
しかも2年生のときから。(しかも取れなかった本数けつバット。)
中学生のときは、同級生がみんなガチうまだった。
しかも全員ナルシストで嫌な奴。だから負けたくなかったので本気で練習をしていた。
つまり、自分は楽しい野球を知らない。
正直、「野球マジたのしい~」って奴を見ると引く。
1000回けつをしばかれるのの何が楽しいのかと問いたい。
Mなのか。どMなのか。
まあそれはうちの少年野球だけだったのだろうが。
今度こそ俺は「楽しい野球」をする。
心の底から野球を好きになりたい。 そんな思いがこもっているのである。
さて話は戻って京学院高校。
京学院には校庭が3つある。サッカー場と野球場と陸上競技場。
そのすべてが恐ろしく本格的で整備されている。バックスクリーンとか付いちゃってる。
なんでここまで整備されているのに、勝てないのだろう。
たしかサッカーと陸上はむちゃくちゃつよかったと思うのだけれど。
きっと選手に問題があるのだろうな。
そんな察しがついてしまうのが切ない。
野球部は練習を始めていた。実は校門のところですでに声が聞こえていたのだが。
野球場はフェンスで囲まれていて、3塁と1塁側のフェンスは異様に高い。
俺は3塁側のフェンから練習風景を眺めた。
人数は約30人くらいだろうか。まあ普通なのだが、練習着が限りなく真っ白だった。
野球部とは思えないほどに。室内の部活だってきっともうちょい汚れている。
現在ランニング中である。掛け声・・・「いっちに~・・:」っていやつである。
まったくあってねえ。しかも小さい。 白すぎる集団の発する声はまるでこちらへは届かない。
こんなのってありか。嘘だろ。ありえない!
「古豪」。もうすこし気合がはいってるかとおもっていた。
すこしため息をして見回すと、外野のほうに人がいた。見学・・・だろうか。
こんな中途半端な時期に練習を見学しにきたので、誰かと会うことも無いと思っていたのだが、
フェンスにへばりついている。 食いつくように見ている・・・のだろうか。
ただへばりついているだけなのかもしれないが。
だが練習着を着ている。白に少し茶色がかかった練習用ユニフォーム。
あれが本物だよな。この学校のはユニフォームと違う。白装束だ。
そいつがこちらを見た。見つかってしまった。
ちなみに俺はユニフォームじゃない。中学の制服である。普通の学ラン。
そいつがこちらに来て俺は驚愕した。
なんと女の子である。
髪の毛は茶色で肩まである。だがこの色は染めた色ではない。日焼けなどでなってしまったものだろう。白い練習用の帽子を被っているのにわかってしまうほどに明るい髪の色なのだ。
顔自体が小さく目は大きい。鼻口と整っていて、かなり可愛いといえる。
だけど身長がはんぱない。女の子とは思えない高さだ。 170は軽くこえているか。
俺の身長は決して低くない。ゆえに自分と同じ目線にいる女の子なんて見たこと無い。
ていうか見上げそうな勢いだ。相当なモデル体型だ。
野球部の練習に来てるってことは、マネージャー志望?
でも・・・ユニフォームだ。
赤と白のナイキのエナメルバッグをもっている。かなりかっこいい。
彼女は俺の顔を見る。凝視する。
俺に恋愛経験はないのは、女の子に興味がないからだ。
違う!これは「男の子が好き」とかそういう意味とは違う! 断じて違う!
野球一本できてしまったから興味がないのだ。
決してモテないわけではないのだ。これは本当だ。
だが、今。
自分は本当に「美しい人」を見ている。
ていうかその人に見られている。 身長は年上に見えるが、顔は幼い。
近くでみるとその可愛さというか綺麗さとかそういうのが色々とよくわかる。
正直はんぱない。 ポーカーフェイスを気取れていればいいのだが。
「おはよう!」
彼女は俺に笑いかける。おそらく俺は変な表情になったかもしれない。
なんで今更。
俺と出会ってからすぐならともかく、数十秒凝視してから言うって。
てかもう午後なんだけど。今起きたのか。もしくは芸能界の人なんですか。
やっぱりそうだったんですか。
「何で応答ないの?あ!もしかして初対面だからとか?いやいやいや「挨拶」って大事だよ?
親友とだって、愛犬とだって、愛ワニとだって、初対面の人とだって、何事も「挨拶」からだよ!
ここに来てるってことはやっぱり野球部志望だよね!?エナメルもそれっぽい感じだし!
しかも坊主だし!だったらなおさら「挨拶」を・・・」
喋る。喋る。喋り散らす。
何これ、マシンガン? ひどいんだけど。約4行喋るのに5秒もかかってねえよ。
色々突っ込みたいけど、初対面だもんね。
言ってることはまあまあ的を射ているし。うん。「挨拶」。大事。
「愛ワニって何だよ!!」
ああ押さえ切れなかった。 初対面の女の子に大声で突っ込みを入れる変人だ。
もうだめだ。この子がこの学校なら最低一学期はもう「変人」よばわりである。
「おお!ナイス突っ込み。」
普通に感心している表情だ。 どうやら「変人」は免れたようだった。
彼女は俺にもう一度笑いかけて、言った。
「おはよう!」
俺も返した。
「おはよう」
やっと、挨拶である。 そして『出会い』である。
「私、神野由香!《こうの ゆか》 九王ボーイズ出身なんだ。 君は?」
元気に。笑顔で。 輝くように俺に言う。
再度はんぱねえ。
というか今更気付いたけど、俺名乗ってない。
面接ならすでに不合格が決まっちゃってるよ。やばいやばい。
あらすじ読んでくれてたらいいなーなんて。
「総島。総島大輔。佐野二中出身。」
まあよくも悪くも俺らはお互いを知った。
なんの変哲もない・・・とはいえないか。
可愛い少女がワニを飼っている疑惑に、大声でつっこんでしまったし。
きっとネタだ。 うん。 そんな設定はない。きっと。
彼女こそ、僕を主人公じゃなくしてしまった張本人である。
まあ未来の僕にしてみれば極悪人。と同時に「超恩人」。
なんて。
まだこのときは出会っただけで、そんなことかんがえてもいなかったのだけれど。
でも彼女の輝きはすでに、俺をどうにかさせてしまっていたに違いないのだろう。




