イチャラブの英雄譚
「……?」
異様な気配にセスタ・バーデンは目を覚ました。
男にしては長い黒髪に、感情が宿ってない冷たい黒の瞳。その目で音がした方向を一瞥した。
「ゴブリンか。メスの匂いに釣られてノコノコと……。まぁいい、巣を探す手間が省けた」
薄暗い森の中、セスタの特殊な瞳は正体を見せない相手を即座に見抜く。
セスタが今いるのはフェイナ王国の三分の一を覆っている大魔森の中。
少し開けた場所にある焚火痕の前に二人の人物がいた。
一人はセスタ・バーデン。全身を黒の服装で身を包んだ、齢十六にして六名しかいない超エリート対魔部隊『アンノウン』の隊長。
もう一人は、寝息を立てている一八歳の少女。白いスカートに白生地に襟元と袖の部分に青線が入った服装のヘレン・エブリッチ。対魔育成学園を首席で卒業し、『アンノウン』へ入団が認められた新人。
セスタはブロンドの髪をしたヘレンを見て、
「おい、起きろ」
「……なんですか?まだ暗いじゃないですか」
欠伸をしながら一度起き上がるも、再び体を寝かして、可愛い寝息を立て始める。
「……」
セスタのこめかみがピクピク震えた。
入団して一週間。
初の任務にもかかわらず、ヘレン・エブリッチの緊張感のなさには思わず拳が固くなる。
特にゴブリンから襲撃されている状況ではなおさら。
セスタは気持ちよさそうに寝ているヘレンの頭上に拳を振り下ろした。
「痛いです」
「ゴブリンのお出ましだ。起きろ」
「眠いんでセスタ隊長がやっちゃってください」
「これは新人教育も兼ねているんだぞ。俺が一人で倒したらお前がいる意味ないだろ」
「しょうがないですね」
ヘレンは伸びをしながら起き上がった。
そして、近くにある杖を取り、赤い宝石が付いた先端を暗闇に向け、
「ファイアーボール」
寝起きの声で軽く呪文を唱えた。
球体状の炎の塊が杖の先端に出現し、空気が高温に熱されて周囲の空間が歪む。
そのまま一直線に地面を焼きながら目標へと到達し爆発。
ヘレンのブロンドの髪が爆風になびき、一帯を明るく照らす。
そこには、無数のゴブリンの死体が炎に包まれており、焦げた匂いが充満した。
「よくゴブリンの位置が分かったな」
「常に微量の魔力を周囲に放って探知してますから」
「……ってことは最初からゴブリンの存在に気づいていたのか」
「当然です。せっかくセスタ隊長の実力を拝見できると期待していたのに残念です」
ヘレンは舌を出して狸寝入りだったと明かす。
「それで、何か言い訳はあるか?」
「言い訳?何に対してでしょうか」
顎に手をやり、可愛らしく小首をかしげる。
「ゴブリンの巣を発見するための案内役を残さずに虐殺したことだ」
セスタは責めるような口調で言った。
「そんなこと、別にいいじゃないですか」
悪びれる様子もなく、口を窄めて不満を零す。
「はぁ……、実力があるのは分かるがもっと頭を使え。長生きしたければな」
「それよりも、セスタ隊長。私が寝ている間に、いかがわしいことはしなかったでしょうね?」
そういって、白のスカートをちらりと捲ると、茶色のブーツから生える健康的な足に、本来は布に覆われているはずのむっちりとした太もも部分までも露わになった。
少し前かがみな姿勢には、ほどよい大きさの胸が重力に抗う様に揺れている。
その姿を見てセスタは赤面した。
「変態」
「……どっちがだ!」
「やはり私の目に狂いはなかった。セスタ隊長はむっつりです!」
「こいつ……もういい!さっさと任務を終わらして帰るぞ」
「あっ、ちょっと待ってくださいよセスタ隊長~」
そうして二人はその場を後にした。
「こんなところに遺跡があるなんて」
「大魔森の八割は未開拓エリアだ。何があっても不思議じゃない」
二人はゴブリンのアジトと思われる遺跡の中を警戒しながら歩いていた。
入口には二匹のゴブリンが絶命している。
いたるところに蔦が生え、今にも倒壊しそうな遺跡は迷路のように通路が分かれていた。
「それにしても静かですね~。ゴブリンの足音一つ聞こえません」
コツコツと杖を石畳に響かせながら進むヘレン。
「油断はするなよ。ここはアジトの中だ。罠に注意しろ」
「はいは~い。でも、ゴブリンなんて私の魔法でイチコロですよ?」
「用心するに越したことはない」
左右の通路は無視して、ひたすら奥へと歩く。
「ほんと慎重ですよね、セスタ隊長って。きっと、好きな子ができても告白とかしないタイプでしょ」
「無駄話はやめてしっかり周囲を警戒しろ」
セスタの忠告を無視して話を続ける。
「図星ですか?こう見えて私は学園ではモテたんですよ?告白も何度もされました」
「そんなことは聞いていない」
視線は前を向いたまま、投げやりな口調で言う。
「そんなつれない態度取ってると、セスタ隊長以外の男に私、取られちゃうかもしれませんよ?いいんですか?」
「勝手に俺がお前のことを好きみたいに言うのはやめろ」
好き勝手言うヘレンにたまらず突っ込みを入れた。
「あっ、セスタ隊長!」
「なにか見つけたか?」
「好きです。付き合ってください」
「なっ……」
突然の告白に、セスタは言葉に詰まった。
常に命と隣合わせの戦場で生きているセスタは人生で一度も真っ直ぐに好意を伝えられたことがない。
無視もできずに返事に困っていると、
「うふふ、寂れた遺跡に美女と二人きり。ちょっとは意識してくれましたか?」
「……」
「あっ、ちょっと待ってくださいよ~」
ヘレンが慌ててセスタを追いかけようと、杖を石畳に強く突いた瞬間、ゴゴゴという音と共に地面が沈み、突然足元に出来た急斜面に二人は足を掬われる。
「くそっ、だから気をつけろと言っただろ」
「そんなこと言われてもっ!って、きゃああああ、上見ないでください!エッチ!変態!」
ちょうどセスタの頭をヘレンの両足が挟む格好のまま二人は滑り落ちていった。
落ちた先は壁に蝋燭の炎が灯っただけの薄暗い空間。
そこには、ゴブリン三十匹ほどの集団が待ち構えていた。
「ゴブゴブゴブ」
ヘレンを見て緑色の顔を歪ませて笑っている。
手にはナイフ。
「人のように罠を張り獲物を待ち伏せするか。ゴブリンリーダーが出現したらしい」
「なんですかそれ?」
「たまに知能が高いゴブリンが生まれることがある。そうすると、単細胞のゴブリンどもがこうやって集団でまとまり、罠を使ったりと面倒なことになる」
「へ~、でも関係ないです。むしろ、まとまってくれたほうが一気に殲滅できて楽ですけどね」
ヘレンは杖をゴブリンの集団へと向けて詠唱を唱える。
「ファイアーボール」
だが、若い女性の可愛い声が遺跡に響くだけでなにも起こらない。
その様子にゴブリン達が手を叩いて笑い出す。
「え?嘘っ!魔法が出ません!」
その事実にヘレンの内面に絶望が広がる。
ただのゴブリンが今や得体のしれない怪物に見えていた。
「ほう、魔封じの結界でも張られているのか」
対照的にセスタは興味深そうに呟く。
まるで、新しいおもちゃを見つけた子供のように。
「な、なんですかその物騒なものは!」
「そのままの意味だ。一定の範囲内で魔法を封じる効果がある」
「そんなものが存在するなんて聞いたことないですよ!」
「勇者の武具。この対魔部隊『アンノウン』の本当の目的は、二百年前に異世界から召喚された勇者が持ち込んだ強力なアイテムを回収することだ」
「そ、そんなことより、魔法が使えないと私はただの人ですよ!この数のゴブリン、セスタ隊長だけで倒せるんですか……?」
先ほどまでの威勢はどこへいったのか、恐怖で声が震えている。
セスタは腰にある鞘から剣を抜いて構えた。
「俺を誰だと思っている。ゴブリン程度で苦戦するようなら、超少数精鋭のエリート部隊『アンノウン』の隊長など務まらん」
「セスタ隊長……初めてカッコいいと思いました」
「……お前は俺をどういう風に見ていたんだよ」
「か、可愛い男の子だと」
ヘレンは両手を自分の頬に当て、乙女のように顔を赤らめる。
「ふっ、やはりお前はそっちのほうが似合っている」
「へっ?」
「なんでもない。レッスンだ。魔法以外にも戦闘手段は用意しとけ」
セスタはゴブリンの群れに向かって飛び込んだ。
「ゴブッ!」
慌てた様子で三匹のゴブリンが前に出てナイフを振るうが、身をひねって躱し、すれ違いざまに胴体を両断する。
「すごっ……」
セスタの特殊な瞳は、短時間の未来予知を可能にする。
未来眼。
すでにこの戦場はセスタによってゴブリンの一挙手一投足までもが筒抜けになっていた。
「ゴブゴブゴブ」
後方のゴブリン十匹がクロスボウを構えて発射。
十の弓矢がセスタに向かって水平に降り注ぐ。
「セスタ隊長!」
が、直前で身を屈めてやり過ごす。
そのまま勢いを殺さずに前転から体勢を立て直し疾走。
「ゴブッ!?」
前衛のゴブリンを飛び越えて、矢の補充をしている最中の無防備になったクロスボウ部隊に剣を振り下ろす。
「これで飛び道具は潰した」
最後尾で逃げようと背を向けている、とんがり帽子を被ったゴブリンに短剣を取り出して投擲。
一寸たがわず喉元を貫通した。
ゴブリンを率いていたボスが倒れ、ゴブリンの動きが鈍る。
「ふんっ、まさに烏合の衆だな」
その後は危なげなく、残りのゴブリンを全滅させた。
セスタは剣に付いた緑色の液体を一振りで払い落し、鞘に収める。
「これが、魔封じの杖か」
ゴブリンリーダーが落とした黒い宝石がついた小さな杖を拾い、上着の内ポケットに収納した。
「す、すごい。あの数のゴブリンを数分で片付けちゃいました……」
ぱちぱちと乾いた拍手が遺跡に響く。
「この程度、『アンノウン』のメンバーなら誰でもこなせる」
「わ、私一人だったら、今頃ゴブリンの餌食になってますよ……」
ゴブリンは他種族の女を攫って子孫を残す種族。
ヘレンの顔は青ざめていた。
「お前はまだ弱い。魔法の威力はメンバーの中でもトップクラスだろうが、藁人形を相手にするわけじゃないんだ。実戦の泥臭い戦い方も学べ」
「は、はい。セスタ隊長……」
すっかり自信を喪失し、地べたに座り込んでいるヘレンにセスタは手を出した。
「心配するな、一人前になるまで俺が教育してやる」
「た、隊長……」
「どうした?」
「ト、トイレっ!」
そう言って、ぶるぶると震えだすヘレン。
「たく、適当なところで済ませろ」
「こっち見ないでくださいね?」
「見るかっ!」
こうしてゴブリン退治の任務は無事完了したのだった。
セスタとヘレン。この二人が後に世界を救う英雄に、そして伴侶になる話は、また別の物語である。




