96.姉妹っていいな……
※ガールズオンライン・ログイン広場※
眠い……。めちゃくちゃ眠い……。朝早くからスマホが鳴ったと思ったらフユユさんから開口一番に「大事な用があるからログインして」とお願いされました。おかげで顔も洗わずここに来ましたが……やっぱり眠い……。
「ミゥ、おはー」
「フユユさん、こんな朝から何ですか?」
この子が好きじゃなかったら、縁を切ってもおかしくなかったです。フユユさんは何も言わずに私の手を引いて街を出ます。説明なし?
頭も動かないのでともかく連れられるがままに。それで街の外に出ると……。
「……あ」
茶髪でコートでどこか近寄りがたい雰囲気のあるプレイヤー。頭上にネームに『Mine』とだけ。彼女は軽く腕を組んで佇んでます。フユユさんの方を見た。なにやら頷いてます。一体どういうこと? フユユさんはミネと知り合い?
また夢? なはずはないと思いますが。訳が分からないままでいるとフユユさんに背中を押されてミネの前へと運ばれてしまいます。
「ちゃんと話して。私はここにいるから」
状況が全く分からない。ただ分かるのは、目の前に妹がいるということだけ。ミネもこちらに目を向けずにフィールドを見渡してます。
「……おはようございます」
「おはよう」
素っ気ない挨拶を交わす。ただそれだけだった。話すことなんて今更ない。フユユさんがどういう経緯でミネを知ったか知りませんが会話なんてできるはずもない。今までずっとこうだったのだから。建前と本音を隠した仮面をつけての会話。それが今の私達。
長い沈黙が続く。そもそもミネはどうしてここにいるのだろう。なぜどこへも行かないのだろう。それが分からない。それが気になっても、言葉が出なかった。
気まずい空気が流れる。すると近くからため息が聞こえた。
「どっちも不器用すぎ。これじゃあお見合いじゃん」
そうは言うけれど、私にはもうどうすることもできません。言葉が思いつかないのだから。
「分かった。そんなに話せないなら私が会話のネタを出してあげるよ。前にミゥが夢と勘違いして迫ってきて、そこで私と……」
思わずフユユさんの口を塞いでしまう。
「なんで今ここでそれを言うんですか。恋人の恥を暴露しないでください」
普通私の良い所を話すべきでしょう。数あるネタの中でもワーストトップを話すなんておかしすぎます。
「姉さん、その子に変なことでもしてるの?」
「してません。フユユさんの記憶違いです」
「でも恋人って言ったよね?」
「ま、まぁ。悪いですか?」
「別に。いいんじゃないの」
相変わらず素気ない答えです。でも、言葉が紡がれた。さっきまで重かった空気が少し和らいだ気がします。フユユさんに救われたようですね。
とはいえ、沈黙してしまうのですが。話したい事たくさんあるのに何も言えない。本当、困りました。どうしましょうか。フユユさんがまた溜息吐いてます。
「ミネさん。昨日の最後プレミしてたよね。あれ、ハイジャンプで避けてたら勝ってたのに。勝ったってドヤ顔してる場合じゃなくない?」
「うっ。あれは反省してる。そもそもトルネードで飛ばすって反則だと思う」
「仕様だし。それならインビジブルばっかり使う方が陰キャっぽい」
ミネが難しい顔をしてます。というか内容からしてPVPでもしてたの? 一体いつのまに。
「ミネ、負けたのですか」
「負けてない。HP1残ってた」
それを敗北したというのですが。
「……姉さん、やっと名前で呼んでくれたね」
思わず零していた。でもどこかで意識してその名前を口に出さないようにしていた。けれど心の重りは落ちていたみたいです。ミネは口元を緩めて微笑んでいました。
「ミネ。今までごめんなさい。本当はあなたとゲームがしたかっただけなんです。でも何を話していいか分からなくて、あなたが今もゲームが好きなのか確証が持てず誘えなくて……」
「姉さん、馬鹿だよ。私がゲーム嫌いになるはずない。今でもずっと大好きだよ」
その一言だけで救われた。一歩前に進めた気がした。
「それに謝るのは私の方。実は姉さんがこのゲームを作ってたの知ってたから」
「え、嘘」
「親にどこで働いてるかこっそり聞いてね。それで姉さんの会社のゲームは全部したよ。まさかこのゲームにログインしてるとは思ってなかったけど」
隠していたつもりが隠せていなかった。私が誘おうとしていたゲームはこの子は全てプレイ済みだった。思わず涙が零れそうになったけど、泣き声を聞かれるのが恥ずかしいからぐっと我慢する。
「そうだったんですね……じゃあ私の夢はあなたに届いていたのですか」
「姉さんはあの頃から何も変わってないね」
「悪いですか」
「褒めたつもりだけど」
「というか昨日ログインしてましたけど仕事じゃなかったんですか」
「有休使いました」
「有休使ってまでゲームってあなたこそ変わってないじゃないですか」
昔は学校をズル休みして一緒にゲームしたものです。気付けばお互い笑ってた。
「じゃ、私はそろそろログアウトする。今日は仕事だから」
「ミネ、また一緒にゲームしませんか。このゲームでも構いません」
ミネは静かに笑ってくれました。私の方を見ずに少しだけ俯いてしまいます。もしかしてダメだったのでしょうか……。
「また今度ね。姉さんもフユユを泣かせたらダメだよ?」
その口調はとても優しかった。しばらく沈黙が続く。でも最初のころよりも軽くて妙に心地よかった。ミネは顔をあげて私を見ると手を振った。私も手をあげて別れの挨拶としました。
ミネがいなくなって草原の揺れる音が響きます。
「フユユさん、ありがとうございます。あなたが、ミネを動かしてくれたんですね」
さっきの会話からしてそうなのでしょう。しかもあのミネに勝ったのですから、やはりこの子は侮れない。
「ミゥの為だって思ったから頑張れた。それが勝因」
そしてそういうことをサラッと言うのだから敵いません。
「私はあなたをただの恋人だと思っていましたが、それ以上に恩人となりました。本当にありがとう」
「ミゥが笑ってくれるならいくらでも頑張れるよ。それにお礼を言いたいのは私の方。いつも気にかけてくれてありがとう」
いつの間にそんなに大人になったんですか。また涙が溢れそうになる。でもこの子の前なら我慢しなくていいですか。
温かい雫が私の体温を変える。心の奥でカチッと音が聞こえた気がした。
止まっていた古い時計が動いてくれた気がします。