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95.フユユ視点【 1on1 】

 仕事が終わってミゥは報告があるからってログアウトした。その顔が少しだけ晴れててホッとする。


 朝、ミゥは昔話をしてくれた。ミゥに妹がいるのと、その妹と今もすれ違っているということ。そして、その人がガールズオンラインにいるかもしれないということ。


 話を聞いても私はミゥに寄りそうだけで何の気の利いたアドバイスもできなかった。はじめて引きこもりになったのを呪ったけれど、ここで弱音を吐いてる場合じゃない。ミゥはもっと苦しい思いをしてるんだから私が頑張らないと。恋人らしい所をミゥに見せたい。


 ミゥは妹に会わないって言ったけど、話の節々でどこか切ない顔をしてた。本当は会いたいんだと思う。だったら会わせるしかない。今まで助けてくれたんだから、今度は私がミゥを助ける番。


 意気込んだのはいいけど、問題はそのプレイヤーをどうやって見つけるかだなぁ。名前を聞いたから『Mine』って人らしいけど。それにミゥがバグ調査で先の方に行ったからこのゲームもすごくやり込んでると思う。高難易度マップを1つずつ探しに行く?


 いや、違うかな。ここの広場で待つだけでいい。どんなプレイヤーでもいつかはログアウトする。ご飯だったり、トイレだったり。それで再ログインすればこのログイン広場に必ず姿を見せる。だから来るのを待とう。待つのは慣れてる。



 ※夜中※



 どれくらい時間が経ったんだろう? ログインするプレイヤーの名前を観察してるけど、一向にミネってプレイヤーは来ない。よく考えたらログアウトしてもう一度ログインするのがおかしい? 普通は翌日に持ち越す? うーん、自分の常識が間違ってる気がしてきた。このまま待ってても仕方ないし、私もログアウトしようかな。夜更かししてもミゥに心配かけるだろうし。


 ベンチに立ち上がったら不意に1人だけプレイヤーさんがログインしてきた。茶髪でコート姿で……え? 『Mine』って名前だ。もしかしてこの人?


 その人はすぐにメニュー画面を開いた。急がないと転送される。急げ!


「あのっ!」


 近くに言って大声を出した。声がひっくり返って自分でも変に思った。引きこもりは辛い。

 ミネさんは驚いてこっちを見た。


「えっと、どちら様?」


 初対面だから当たり前だよね。胸の鼓動が早くなって、緊張してきた。でも前にミゥが提案してくれた初心者介護ツアーのおかげで少しはマシだ。よし、頑張る。


「少しだけ、話がしたいんです」


「ごめん。私急いでるから時間ないの。また今度にして」


 画面をポチポチされる。ダメ、ここで飛ばれたら次いつ会えるか分からない。


「ミゥに会って欲しいの!」


 精一杯声をあげた。自分でもびっくりしたけど、それ以上に相手がびっくりしてる気がする。ミネさんは瞬きを繰り返して私を見ている。


「ミゥの妹さん、ですよね?」


 ミネさんは少し怪訝な顔をしてる。うぅ、普段人と話さないからどういう話題で進めたらいいか分からない。やっぱり私、人付き合いダメだ。


「ここは目立つ。向こうへ」


 淡々と言って街の外へ歩いていったから慌てて追いかける。それで外壁の影へとやってきた。


 ミネさんは腕を組んで私を見てる。もしかして怒ってる? この人、怖いかもしれない……。


「どうして黙ってるの? 用があったんじゃないの?」


 どこか冷たく、相手を突き放す口調。でもここは現実じゃなくてゲームだ。何も怖くない。


「ミゥに会って欲しいの」


 するとミネさんは溜息を吐いた。


「会ってどうするの?」


「妹だって否定しないんだね」


 ミネさんはまた怪訝な顔をしてる。ミゥはこのプレイヤーが妹かどうか分からないって言った。だからここで否定されたら私も何も言えなくなる。


「別に隠す理由もない。それにあの余所余所しい態度は姉さん以外にないと思った。でもね、先に断っておくけど私は姉さんに会わないよ」


「どうして?」


「どうして? あなた、姉さんから何も聞いてないの?」


 聞いた。全部聞いた。ミゥがどうしていいか分からずに苦悩してたのも、本音は会いたいと思ってるのも。何も言わずにミネさんを見てたらまた溜息を吐かれた。


「どうでもいいけど。というかあなたは姉さんの何なの? ただのフレンド?」


 その言葉に一瞬喉が詰まる。なんて言おうか。違う。ちゃんと向き合わないと。私が大切なのはミゥだけだから。


「恋人、だよ」


 胸が熱い。たった一言なのに感情が高ぶって頭がぼうっとする。

 ミネさんは言葉を失くして私を見てたけど、すぐに真顔になった。


「ま、好きにすればいいと思うよ。あなた達の関係に首を突っ込むほど野暮でもない。このまま私は姉さんの前から姿を消す。それであなたも満足するよ」


 昔の私だったらそう思った。ミゥと関わる人を見ると胸がモヤモヤした。でも今は違う。ミゥが苦しい顔をして、なにもできない自分の方にモヤモヤする。

 この人がミゥとどれだけ過ごしていたとしても、私には関係ない。だから顔をあげる。


「ミゥと会ってください。それで話をしてください」


 誠意を伝える為に頭をさげた。私、馬鹿だからこれくらいしか思いつかない。

 ミネさんの溜息が聞こえた。


「会わないって言ってる。何度も言わせないで」


 頑固だ。やっぱり血の繋がりってあるんだね。ミゥに似てるなって思ってちょっと笑いそうになった。だったら、頑固者には分からせるしかない。


「じゃあここで私と勝負して。私が勝ったらミゥと会って」


「随分自信家みたい。でも私が勝ったら何をくれるの?」


「ミゥの恋人をやめます。このゲームにも二度とログインしません」


 私の提案にミネさんはびっくりしてた。でもこれくらいじゃないときっと釣り合わない。この人にとってミゥと会うのはそれだけ苦しいはずだから。


「その言葉、忘れないよ?」


「勝負受けてくれるんだね」


 ミネさんは頷いた。よし、まずは第一関門突破。問題はここから。


「ルールは……そっちに任せる」


 私が言ったら有利なのを提案したと思われる。それで勝っても納得してくれない。

 ミネさんは腕を組んで思案した。


「テイムモンスターなしの完全1on1。先に相手のHPを1にした方の勝ちでどう?」


「問題ないよ」


 よかった。それなら勝機はある。


 草原フィールドを歩いてミネさんと離れた。時間のせいか空は暗く月が照らしてる。雑草がふんわり触れてとても静かだ。


 ミネさんからPVPの申請が届いた。許可を押す。カウントダウンが始まって、すぐに戦いは始まった。


 ミネさんは一歩も動かない。魔法も撃ってこない。不動の振る舞いだ。でも手はわずかに構えてていつでも魔法を使える準備をしてる。この人、慣れてる。


 遠距離勝負になりがちなこのゲームだからこそ、不用意に魔法を撃つのは隙が増えるだけ。だからこそ、何もしないという動きは高度な読み合いになる。おまけに私のレベルは低いから少しでも攻撃を受ければ即敗北。


 これは本気を出さないと負けるな。久しぶりに血が騒いだ。


 ゆっくり歩いて近付く。相手も歩いて近付いてきた。緊張感が高まる。先に動いたのはミネさんだ。ダッシュしてから『ハイジャンプ』を使って跳んだ。魔法で狙うチャンスだ。


 見えない! 


『インビジブル』で隠密付与! しかも魔法を撃って来ないから位置が分からない。ここは逃げに徹する。『ハイランナー』で前方にダッシュ。


 一瞬ガサッて音がした。着地した音! そこに向かってマジックアローを放つ。手応えがない。


 あれ、なんでこんな所に泡が浮いてるの? もしかして開幕すぐにバブルガンを使ってたの!? 自分の体で隠してたんだ。まずいっ!


 すぐに雷の球のエレキボールが飛んできた。避けるのは簡単だけど泡に触れて感電でダメージを受ける。やっぱりダメージが痛い。HPの1/3は減った。


 相手の隠密が消えて姿が見える。


「あなた上手だね。今ので倒すつもりだったけど」


 やっぱり強い。動きが手慣れてるし、きっとPVP経験が豊富だと思う。私と同じ匂いがするな。だったら、こっちも小手先勝負といこう。


 惑星魔法『シューティングスター』


 を溜め状態にする。相手にはどの魔法を使うか分からない。だからこそ下手には動けない。タイミングを見て落とす。


「ディレイか。だったら」


 ミネさんは『ハイランナー』を使って走ってきた。かかった!


 ステップを踏んで後ろに下がる。ミネさんは驚いた。魔法は別のモーションを使えばキャンセルできる小技がある。相手の速さがあがってるおかげで接近してくれる。私が後ろに少し下がったことで相手のタイミングがずれたはず。


 具現化魔法『デスサイズ』


 巨大な闇の鎌を顕現させて一閃。ダメージが通った。後ろに下がってたけど、それも読んでる。即座にマジックアローで追撃。更にダメージ。


 ミネさんは再び『インビジブル』を使った。姿が消える。多分、勝負を決めにくる。


 だったら範囲魔法でカウンターする。けど普通に使ったら回避されて魔法硬直を狙われる。魔法を溜める。相手の姿は見えないけど雑草が揺れてる。今!


 風魔法『トルネード』!


 竜巻を起こした。でも手応えがない。近くで草が揺れた。タイミングを読まれてる。『ハイジャンプ』を使って離脱。そして空中でそのまま魔法発動。


 炎上級魔法『溶岩の海』


 プレイヤー周辺をマグマに変える魔法だけど、プレイヤーが空中にいればそのY軸が参照される。つまりミネさんはマグマに飲まれる。


 けどお構いなしで地上が光った。あれは具現化魔法『マジックバレット』だ。魔法弾で手数勝負に切り替えられたみたい。しかもこっちは魔法硬直で動けずそのまま落下。


「勝った」


 ミネさんが呟く。


 確かに私は動けない。でも落下地点にはさっき撃ったトルネードがまだ残ってる。


「なっ……!」


 風に流されて飛ばされる。こうなったらさすがにミネさんでも狙いは定まらないはず。かすりはするけど致命傷には程遠い。そしてマグマはあなたを飲み込む。


『WIN!』


 地面に落下したのと同時にそんな文字が目の前に表示された。すぐに画面を閉じて、ミネさんに近付いた。


「約束守ってくれる?」


「……明日の朝、ログインする。本当はこんな形で会いたくなかったけど、あなたの戦いに敬意を示す。見事なプレイングだったよ」


 それだけ言い残してミネさんは消えた。


 おかげで思いっきり息を吐ける。いや本当ぎりぎりだった。正直負けたと思ったよ。草原に思いっきり寝転がろう。


「私はやったよ。あとはミゥに任せる」


 月を眺めてたら眠くなってきたけど、まぁいっか。お休み……。

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