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93.【 雨宮澪音 】

 夜


 今日はやけに頭が冴えている。思い出したくない記憶を、いや、忘れたい記憶が鮮明に蘇ってしまったから。3つ目となる缶ビールを開けた。酔いが回ってるけど知るものか。これで忘れられるならどんなに楽か。


 椅子に座って久しぶりにPCの電源を入れた。このPCを起動させたのはいつ以来だろうか。ホーム画面には顔が似た少女が2人映っている。無邪気に笑って、無垢な世界しか知らないような、そんな表情をしている。


 PCのフォルダ内には古いゲームがいくつか入っていた。全てあの子と一緒にしたものばかり。どれも最後までクリアしていないけれど。


 その中のゲームを1つ起動させた。すると古いRPGが始まった。よくある魔王を滅ぼす単純なゲームだ。覚えのない街の中でセーブされて、主人公の後ろには仲間が1人付いて来ていた。


 ステータス画面を開く。すると主人公と仲間が表示された。仲間の方の名前は『みう』となっていた。そして、主人公の名前は


 ──みね


 平仮名の2文字でそれだけ表示されている。そのままゲーム画面を閉じた。


 ──私と姉さんは最強だから!


 まただ。また嫌な記憶が蘇る。喉にビールを流し込んだ。なのに全身の熱が増すだけで頭は一向に冴えたままだ。


 焼けるように喉が熱くなったから、ベランダに出た。冷たい夜風を浴びれば少しは冷めるだろうか。


「ミネ……」


 夜空の星を眺めながらぽつりと零してしまう。目を閉じるとあの頃の記憶が鮮明に思い出す。


 小さくて可愛い妹と遊び暮れた日々。あの子と冒険した数々の記録。2つしか歳が離れていない私のたった1人の妹。あの頃は……楽しかったな。


 毎日が未知で、わくわくして、本当にゲームの世界にいるような、そんな体験ばかりだった気がする。でもそんな夢のような時間は本当に短かった。


 あの子は、私よりも優秀だった。優秀過ぎた。凡人の私と違ってあの子はなんでもそつなく器用にこなした。勉強をすればいい成績を修めて、スポーツをしたら大会で結果を残して、町内の行事に参加すれば周りから褒められて、そしてゲームをしたら誰よりも上手かった。


 そんなあの子は私にとって尊敬と畏怖の象徴に変わった。親もミネには期待していた。私を気にかけていなかったわけではなかったけど、ミネに対してはどこか甘かった記憶がある。今思えば考えすぎかもしれない。


 中学、高校となっても、あの子は私の気など知らずにゲームに誘ってきた。そしてあの子はゲームでも私の心を折りに来た。私が何日かけてもクリアできなかったボスをたった数分で倒してしまったのだ。


 私が褒めたらミネは喜んでいたのだけは覚えている。だから私は邪な考えを封印してあの子とゲームだけは楽しもうと考えた。日常生活では自分の惨めさが出て話せないけど、ゲームでなら対等になれた気がしたから。


 協力ゲーム、対戦ゲーム、パーティゲーム。色々やった。結果はどうあれ、あの子はいつも笑っていた。だから私も笑うように努めた。


 転機が訪れたのは大学に進学してからだ。私は1人暮らしを始めて実家を出た。それからミネと会う機会も自然と減った。お盆や正月に帰省はしてたけど、ミネとは会話という会話はしなくなっていた。


 事務的で端的な会話。どこか余所余所しくて、他人行儀で、はたから見れば血のつながりもないと思うような関係になっていた。


 ゲームという共通の話題がなくなった私達は言葉を失くした。


 だから私は帰省してもすぐに家を出ていた。あの子から逃げるようにして。

 それからあの子は偏差値の高い大学に進学した。親も大いに喜んでいた。それがまた余計惨めに思えて、どんどん疎遠になっていった。


 大学でつまらない人生を送っていた私だけど、将来について考えなくてはいけなかった。ふとした時、キャンパス内にこんなチラシを見かけた。


『ゲームプログラマーになろう』


 特に他意はなかった。けどもう一度あの子と話がしたかった。だから自分で作ったゲームをあの子に贈ろうって考えたんだ。今思うと浅はかな考えで将来を決めたって思う。


 けどあの時の私は無謀にもそれしか道がないと信じ込んで努力した。その結果、なんとか今の会社で働けるようになった。


 なのに。


 未だにその事実を話せていない。自分が携わったゲームを1つも教えられていない。今なら、ガールズオンラインを教えたらあの子はプレイしてくれるだろうか。


 ……無理だろうな。


 私達は歳を重ね過ぎた。大人になった今と無邪気だった子供の頃とは別物だ。そもそも、あの子が今もゲームをしているかも怪しい。大人になれば仕事や友人関係、結婚といったワークライフが待っている。大人になると皆ゲームから離れていくんだ。そんなことも考えずに馬鹿正直にこの道を選んだ私が愚かなんだ。


 その事実に気付いた頃にはゲームというものに何の感慨もなくなってしまっていた。何の熱も感じられなくなっていた。つい最近までは。


 酒を口にする。缶の中身は空だった。


 スマホを手にした。連絡先の1つにはミネもあった。そこをタップする。通話ボタンに手を伸ばした。でも何故か手が震えた。お酒を飲み過ぎたのだろうか。いや、違う。


 ただ、怖い。それだけだった。


 たった一言、ゲームを誘いたいだけなのに。その一言が言える気がしない。あの子に「まだゲームなんかしてるの?」と言われるのが心底怖い。あの子に拒絶されるのが何より怖かった。震える手からスマホが滑り落ちる。


「格好悪いな、私」


 フユユさんにあれだけ言っておきながら、自分はこのありさまです。疲れたからもう寝よう。私にはフユユさんがいれば、それだけでいい。


 なのに、なぜか目から涙が零れる。きっとお酒の飲み過ぎだろう。明日になれば何もかも忘れられるはずだから。

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