91.強くなったね……
3つの回廊を抜けた先に巨大な大穴が広がっていた。底は暗く行き止まり。フユユさんと顔を見合わせて頷き合って飛び降りました。ゆっくりと落下しながら周囲の壁の蔦が蠢き出す。そして頭上から花びらが舞い落ちる。
薔薇の花が飾られた鎧のような胴体、花弁のような頭、両腕は黒紫色の蔓となった人型のようなモンスターが落下してきていました。普通の人よりも一回り大きいサイズ。さながら薔薇の騎士。
※空中植物庭園・ダンジョンボス・ローズガーディアン※
「えっ、このままボス戦!?」
まさかの空中落下戦ですね。
「緊張感上がりましたか?」
「いいねー。やっぱりゲームはこうでないと!」
フユユさんが初級炎魔法『ファイアボール』で牽制します。ですが相手は花びらの結界を作りガードしていました。
私も続こう。『ファイアボール』!
挟み撃ちにするように攻撃すればさすがに全弾はガードできないようです。とはいえあまり効いてない? このボスって炎弱点でしたよね? うーん、記憶が曖昧です。
薔薇の騎士は蔓を伸ばして攻撃してきます。動きこそ単調ですが空中というのもあって思うように動けない。フユユさんが狙われた。とっさに『トルネード』で彼女を飛ばす。
「ミゥ、ありがとー」
「ここで死んでやり直しは許しませんよ」
「今ので思い付いたけど、私を壁の方まで飛ばしてくれない?」
何やら作戦があるようです。だったら何も聞かずに彼女を尊重する。風魔法を使ってフユユさんを端の方まで追い込みます。すると壁に足を着けてそのまま走り出しました。わおー、そんな荒業がありましたか。まぁ彼女だから出来る芸当だと思います。
フユユさんは感覚が戻ったようで俊敏に魔法を放ちました。花びらの結界が出現するも全てを守り切れない。おまけに壁際の彼女に視線を向けてるから今がチャンス!
上級惑星魔法『メテオ』!
空中から隕石を落として薔薇の騎士の頭に命中。フラフラした様子でバランスを崩しています。頭に当たったことでスタンになったようですね。
「ナーイス!」
「もっと褒めていいですよ?」
「勝てたらねー」
この隙にフユユさんにバフをかけて、『恵みの雨』でリジェネ状態にします。スタンが戻った薔薇の騎士は胴体の薔薇から毒の花粉を散らしました。これは避けられない……。
毒状態になってしまいますが、『恵みの雨』のおかげでスリップダメージは相殺されてます。敵は更に胴体から花びらの形をした弾を発射してきます。クルクル回転しながらゆっくり降下する巨大な花びらは存在するだけで邪魔です。
敵が追い打ちのように蔓を伸ばしてきます。ギリギリで回避。
「もしかして……」
一か八か、試してみます。敵の蔓を掴んでやりました。すると縮小する蔓に引っ張られて薔薇の騎士の眼前へと迫ります。この距離なら__
炎上級魔法『レイジング・サン』
ボスに直接当てるようにして発動。本来ならば太陽はおまけでその熱気の継続ダメージが本体。ですがこれに当たればひとたまりもないはずです。
薔薇の騎士のHPは一気に削られて地面へと落下していきました。同時に壁から蔦や葉の足場が出現したのでそこへ着地。特殊戦闘なので落下ダメージはありません。
「今日のミゥのプレイスタイル冴えてるね」
「近くで天才ゲーマー様を見ていましたから」
「じゃ、パパっとやっちゃいますかー」
蔓の海に落ちた薔薇の騎士は薔薇だけを残して消滅。その薔薇は蔓の中に飲み込まれて次第に蔓は肥大化し刺が生えます。それは私のそばの壁の蔓も同様でした。そして底から巨大な刺の生えた蔓が飛び出し、大きな薔薇が姿を見せます。いつもの第二形態です。
地面の刺の蔓は浸食が始まっていて徐々に上昇してきています。
「落下した次は上に行けって、中々特殊なボスだね。おまけに落ちたらアウトでしょ?」
刺の海に落ちれば落下ダメージと刺のダメージで助かる見込みはありませんね。
蔦を上って行きつつ、薔薇へと攻撃します。敵は花びらから種の弾幕で攻撃してきます。攻撃速度はそこまで早くないものの、足場の悪さのせいで回避するのは容易ではありません。落下したら即死するというプレッシャーがプレイヤーの行動力を阻害しているのでしょう。
……フユユさんは大胆にジャンプして避けて別の蔦へ飛び移ってます。即死ギミックに慣れると感覚が麻痺するのでしょうか。
浸食が続いているので私も上へ急ぎましょう。蔦の道を進んで葉に飛び移る。この葉っぱは植物庭園の同様時間経過で垂れてしまうので素早く飛ばないと行けません。無論、前に進まず戻ろうものなら大幅に時間をロスしてしまいます。
少し怖いのでスキル『ハイジャンプ』を使って確実に飛び移ります。薔薇は暫くすると底へと消えます。直後フユユさんの近くの壁で顔を見せました。ボスが近いというのに彼女はまるでチャンスと言わんばかりに魔法を連打してますけれど。
「あんまり無茶しないでくださいよ?」
「ミゥがねー」
心配したのにこの言い草ですよ。まぁこの子なら失敗するなんてありえないと思いますけど。だって、1人の勝利に意味はないと言ったのだから私だけを残すなんてしないと信じてますよ。
薔薇へのダメージも蓄積しますが、敵は壁から刺の蔓を幾重にも絡ませて足場を悪くさせてきます。中央付近に逃げる他はなく、蔦の足場もどんどん狭くなっていきます。
とはいえこんな攻撃をしてきたのだから、HPは後少しなはず。
薔薇は再び底へと姿を見せますが浸食した蔓が多くなり、それらが邪魔をしています。狙いがどんどん狭く……。おまけにこの足場では……。
敵の攻撃なのか、足場が一瞬揺れた。油断していたつもりはないのに、足が滑った。
ああもう、私の馬鹿……。
見上げた先にはフユユさんの悲哀に満ちた顔。本当、ごめんなさい。ドジってしまいました。
けれど、彼女は表情をすぐに変えて飛び降りてきた。
「ミゥ! 攻撃を続けて!」
落下する私の手を取って叫ぶ。この子はまだ諦めていない。なら、私が先に諦めてどうする。
あの刺の海へ落ちるのも時間の問題。使うべき魔法は……。
炎上級魔法『レイジング・サン』!
落下したおかげで第一形態同様に直撃できる! フユユさんは『マジックアロー』を撃ち続けています。まだ希望はある!
「届けっ!」
直後、薔薇は急に萎み始めて赤い花びらが舞い上がり、空に溶けるように散った。勝った!
勝ったんだけど、落下は止まらない。地面は相変わらず刺の海。
「あちゃー、ボス倒したら帰れると思ったんだけど」
「ごめんなさい。私のせいで」
「いーよ。ミゥと一緒なら別に怖くない」
「私もフユユさんとならどこまでも落ちてもいい」
私達は目を瞑って抱きしめた。私の失敗を許してくれるなら、私はどこまでも付いていきます。せめてこの痛みが私だけであればいいのに……。
……。
……。
「……くりあ、おめでとう?」
何やらゆるい声が耳に響きます。同時に地面に足が着いた感覚。そうっと目を開けるとそこは中間ポイントの静寂の湖でした。
「……ふたり、すごい。ばらが、ばらばら」
なんですか、そのダジャレ。思わずフユユさんと笑ってしまった。どうやら無事帰って来れたようです。抱きしめたまま、ただ勝利の余韻に浸っていました。




