83.好きのレパートリーが増えた
翌日
デバッグの仕事で今日もログイン。広場を見渡すとベンチには銀髪制服少女が座っていました。手をあげて挨拶をしたら笑顔で返してくれました。よかった、気分が暗いままじゃないかと心配してました。
「今日も来てくれて嬉しいです」
「やっぱり私はこっちの方が落ち着くかな……」
ならそれもいいと思います。あなたの道に手を添えてあげたいです。
フユユさんは画面を開きました。
「ミゥに言われた通りに、その試験受けてみようかなって。だから問題集をデータに移してきた」
昨日の今日でその覚悟は感心です。ただでさえ辛い気持ちもあったはずでしょうに。だったら私にその気持ちを拒む理由はありません。
「応援してますよ。分からない所があれば見てあげます。仕事もあるので合間になるでしょうけど」
「その気持ちで十分。よーし、やるぞー」
「私はこれからモンスターパークへ行きますが」
「行くっ!」
というわけで仲良く出発です。せっかくなので教師コスで以前の男装スーツに着替えておきましょう。これでよし。
広々とした遊園地。客は少しだけというリアルなら倒産間違いなしの状況ですが、とくに関係はありません。私はデバッグ開始。スライムを投げよう。
フユユさんはベンチに座ってデータ画面とにらめっこしてます。真面目に取り組む気になったようですね。
「そうだ。ミゥに先に言っておきたいんだけど」
「なんでしょう?」
「学校行かないからデバッグの仕事もしようと思って」
「いいんですか? バイトはいつでも受けられますが試験に落ちたらフユユさんの人生が分岐しますよ」
10代の頃の1年はとても重い。だからこそ少しでも勉強に時間を割くべきに思えますが。
「確か週2だったよね。それくらいなら良い気分転換になるし、それにずっと勉強なんてできないもん。ミゥの隣にいたいの」
そんな風に言われたら引き止められないじゃないですか。困った子です。
「分かりました。では引き続きお願いするよう、報告しておきます」
「ありがとうございます~」
急に丁寧に言われると少し背中が痒い。
それからデバッグ作業を続ける。フユユさんを確認するも真面目モードで頑張ってます。すぐに飽きたと言うかと思いましたが、案外勉強は嫌いじゃないのでしょうか。
真剣な目でぽちぽちしてますし、覚悟を決めてるのでしょうね。
※30分くらい経過※
デバッグも順調。フユユさんは黙々と勉強してます。元々ゲームに集中するタイプでしょうし、集中力はあるのでしょうか。
「よーし、一区切りー。ミゥ見てー」
ベンチから立ち上がってこちらへと走って来ます。画面を見せてくれたのでチェックします。勉強していたのはどうやら数学のようです。これなら私でもチェックできそう。
ふむふむ。ちゃんと公式を使って解いてます。空いた所もなく順調そうですね。
……。
すごいな。難しそうな関数の問題もしっかり解いてます。フユユさん、もしかして頭いい?
いや、待て。この画面の下のこれは何?
やたらと問題分の説明が記載されてます。そこを凝視していたらフユユさんが慌てて画面を切りました。
「パーフェクトだよね? ね?」
「チャットAIに答えを聞いても身に付きませんよ」
大抵の答えを教えてくれるでしょうが、そもそも数学に関しては答えそのものより、なぜそうなるのかの理解の方が大事です。AIの説明を理解できているのでしょうか。
「むー。だって全然分かんないんだもん」
「誰しも赤子からですよ。それに焦らなくても高認の問題はそこまで難しくはありません。微積のような問題も出題されなかったはずです」
「って言われてもなぁ」
「AIを活用するなら歴史や英語のような暗記が大事なのにしてはどうでしょうか」
「分かった。やってみる」
フユユさんは再びベンチに戻ってメニュー画面を開いてます。一番大事なのは勉強をする姿勢ですから私からすれば既に合格ですけどね。
「ミゥ。今から英文音読するから発音間違ってないか聞いて」
「分かりました」
英語はリスニングもあるので大事ですね。
「I really like you, Miu.(ミゥ大好きだよ)」
「……あってます」
「I want to be with you forever.(ずっと一緒にいたい)」
「……いいと思います」
「I love listening to your voice.(ミゥの声を聞いていたい)」
「……綺麗な発音です」
「My heart feels warm when I look at you.(ミゥを見てると心が落ち着く)」
「……すごいです」
「I keep thinking about you.(ミゥのことばかり考えてる)」
「……私もです」
「Can I say that I love you?(好きって言っていい?)」
「……イエス」
「アイラブミゥ」
もうやめて。私のハートは空っぽです……。
「どう、私の英語?」
「100点です……」
私が英語教師だったら死んでた……。というかもう死んでます……。
「むふー。AIも悪くないねー」
「ちゃんと覚えてくださいよ? 発音しただけでは意味ありません」
「I really like you, Miu.」
だからやめてください。口元がニヤけてしまいます。
「ミゥは甘い英文に弱い、っと。メモメモ」
そして明らかに試験と関係ないのを覚えようとしてます。
それでやる気になるなら、もう何も言いません……。