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81.……

「おはようございます」


 GW明け。私にしては朝早くから出社。電車1つ早く乗ったのでオフィスには同僚の姿はちらほらあれど、普段よりは少ない。荷物を席に置いてスマホだけ手にして移動。行先は課長のいる所。


「雨宮か。おはよう。今日は早いな」


 赤神課長が私に気付いて先に声をかけてきた。


「おはようございます、赤神課長。あの、少しだけ時間よろしいでしょうか?」


 私が伝えたら課長は作業の手を止めて席から立ち上がった。オフィスを出て休憩室までやって来る。即座に頭を下げた。


「おぉ? どうした。なにかあったのか?」


 呑気な声で問いかけてくれました。なんだかこれ、私がデバッグを始めた日と真逆で内心少し笑ってしまう。でも今は真面目にしないと。


「課長。今日はどうしても大事な連絡が入るんです。ですから少しだけデバッグの時間を遅れさせても構わないでしょうか。この遅れは必ず取り返します。残業でも何でもします。ですから今日だけはどうしてもお許しください」


 落ち着いて伝えたつもりだったけど、少し気持ちが急いて早口になったかもしれない。それでも、今日だけはどうしても外せなかった。


 赤神課長は指先で頭を掻いて状況が分かってなさそうです。理由も説明してないので当然の反応ですが。


「よく分からないが何か大事な用事があるんだな?」


「はい。私にとって、いいえ私の人生においてとても大事な要件です」


「そうか。だったら構わない」


「いいんですか? 事情も何も話してませんが」


 GW明けという大事な初日にこんなの言われて、舐めてるのかと問い詰められても何も反論できません。あまりに呆気なくて拍子抜けというか。


「雨宮が真面目に働いてるのは知ってるからな。そんなお前が言うなんてよほどだろう。それに正直もっととんでもない事を言われると思って身構えたが、それくらいなら許容範囲だ。仕事はほどほどに頑張ってくれ。じゃあな」


 それだけ言って赤神課長は部屋から出て行きました。どうやら私が死んだ目で働いている時間もどうやら無駄ではなかったようです。課長ありがとうございます。


 時計を見る。多分、まだ。


 先に通話をかけました。すると少しして繋がりました。


「大丈夫ですか?」


「ミゥ……」


 その声はとてもか細く、今にも萎んでしまいそうなくらい弱弱しかったです。向こうから車の音などが聞こえるのでおそらく彼女は外にいる。勇気を出したんですね。それだけで私からは合格と言って褒めてあげたいです。


「フユユさん、どうか無理をせずに。疲れたなら休んでください。ベンチありますか?」


「うん。ある。今丁度座ってた」


 この子はいつもどこかに座っている。きっと制服姿でも様になっているのでしょう。


「えっと、ミゥは大丈夫?」


「私の心配は無用です。課長の許可も頂きました。ですからフユユさんに付きっきりで通話しています。安心してください」


 それを伝えたらフユユさんは小さな息を吐いていました。その声は聞かなかったことにしましょう。


「あと、ごめんね。せっかくデバッグに応募したのに、勝手して……」


 この子はどこまでも気遣ってくれる。自分の方が辛い状況だというのに。


「本当に大丈夫です。責任は私が負いますから。だからフユユさんは目の前のことだけを意識してください」


「ありがと。実はもう目の前に校門があるんだ」


 そこまで勇気を振り絞って行ったんですか。私の通話もなしに。


「よく頑張りましたね。具合はどうですか?」


「平気、かな……?」


「心の方ですよ?」


「うん……正直不安しかなかったけど、ミゥの声聞いたら落ち着いた」


 それならよかった、とは言い切れないですね。私が落ち着かないと。対応を間違えたらこの子の人生が狂ってしまう。


「無理する必要はどこにもありません。今日行く必要だってないんです。あなたは今日そこまで進んだ、その事実が何より大事です」


「ありがとう。その言葉のおかげで歩く決心がついたよ」


 フユユさんは歩き出したのか靴がコンクリートに触れる音が少し聞こえます。そして生徒の談笑も聞こえる。あなたは今生徒の中を歩いているのでしょうか。


「校門抜けた」


「素晴らしいです。ダンジョンまで来れましたね」


「何その言い方」


「現実もゲームみたいなものですよ。周りは皆プレイヤーです」


「そっか……。そう考えたらちょっと行けそう」


 また一歩踏み出したようです。ざわざわと耳障りな声が大きくなる。彼女は今どこだろうか。上履きに履き替えているのでしょうか。廊下を歩いているのでしょうか。


 ただ沈黙が続いている。フユユさんの小さな息遣いだけが私の耳に響いた。


「フユユさん」


「平気。ミゥがいてくれるって分かってるから、きっと大丈夫。教室、入る」


 直後にガラガラって音が響きました。そしてスマホ越しでも分かるほどに喧騒な声が静寂に変わります。おそらく同級生たちが彼女の顔を見て驚いたのでしょう。フユユさんは大丈夫でしょうか。歩く音が聞こえない。ここは私が頑張る番です。


「ティラノサウルスを倒したあなたに不可能はありません。なんなら皆に自慢したらどうですか。ガールズオンラインでジュラシックまで攻略したんだって」


「女性しかログインできないのに自慢しても誰も分からないと思うけど?」


 それはごもっとも。でもツッコミができるならもう大丈夫。足音が聞こえました。


「ミゥ、ありがとう。もう大丈夫だから」


 通話が切られる。


 どうか無理だけはしないで。私の願いはそれだけです。

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