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80.ありがとうって伝える方が恥ずかしい

 GW最終日



 休みも今日で最後か。結局どこにも行かずにゲームばかりしてたな。それでもあの子がいたから、きっと誰よりも贅沢な時間だったのは間違いない。


 今日の天気は雨。ベランダの外から雨がシトシト降ってるのが見える。窓を開けたらザーッて音が響いた。洗濯するの面倒だな。なんて他愛ない思考をしてるとライン通話が来た。相手はあの子だった。


「おはようございます」


「はよー」


 寝ぼけた声からして今起きたのでしょうか。結構いい時間ですよ、私からすれば。


「今日で休み最後だねー」


 地味に嫌味っぽく聞こえます。確かに明日からまた地獄のデバッグが待ってるなんて考えたくもありません。まだ休みなのでそんな嫌な思考は捨てますが。


「フユユさんはどうするつもりですか?」


 前にGW明けに学校へ行くと話してました。だから心変わりしてなければ行くのかもしれない。返答がなく沈黙。


「フユユさん?」


「あーうん。実はそれで通話した」


 もしかしたらフユユさんなりに不安があるのでしょうか。確かに休み明けなら周りも久しぶり状態なので行きやすいかもしれない。けれどこの子にとってはそういう簡単な問題ではないと思います。


「無理なら無理で構わないと思いますよ」


 フユユさんは少しずつ前に進んでる。それを私が一番知ってる。だからあなたは心配する必要なんてない。


「ミゥは本当に優しいね。正直今、不安で不安で、怖くなってた。昨日の夜も学校のこと考えて少し眠れなかった」


 だから起きるのが遅くなったのでしょうか。


「もしも学校へ行くとなったら私に連絡してください。あなたの為ならどんな仕事よりも優先して助けますよ」


 ちょっと格好つけて言います。でもそれくらいの覚悟はしてる。上司に叱責されてもいい。あの会社の居場所がなくなっても、フユユさんが一番大事なんです。


「ミゥならそう言ってくれるって思ってた。それが余計、胸を苦しくさせて……」


 この子は本当に優しい。きっと私の処遇やそういうのも気にしているのでしょうね。きっと私があなたを思うように。


「私の声だけで不安ならカメラを起動してくれてもいいですよ?」


 通話はしてるけど顔は知らない。学生なら幼いんだろうか。日本人なら髪は黒いだろうね。身長はどれくらいだろう。


「ミゥ、ごめん。顔を見せる勇気はまだ……なくて……」


「いいですよ。でもこれだけは言わせてください。フユユさんがどんな見た目だったとしても私はあなたを見捨てない。それだけ忘れないでください」


 知りたいとは思う。でも絶対知りたいとは思わない。だって私が惹かれたのはあなたの心だから。あなたに触れたいけれど、今はあなたの声が聞こえるだけで十分だって思う。


「ミゥは本当にお人好し。でも私も同じ気持ち。ミゥがどういう人でもこの大好きって気持ちは変わらない」


 だったら何も心配しなくていい。あなたには私という逃げ場がある。それだけでいいじゃないですか。私はいつでも待っています。


「ありがとう。ミゥと話して少しだけ気持ちが落ち着いてきた」


「これくらいならお安い御用です。今日はゲームするんですか?」


「そうしようかな。明日の準備もあるし、予習もしておこうかなぁ」


「偉いですね。学生の本分は勉強ですよ」


「というわけだから分からない所あったら教えてね」


 そこで私に振ってくるのですからあなたは無敵ですよ。私が断れないの知ってるでしょう?


「分かりましたよ。どうせ外は雨ですし、どこにも行きません」


「ありがとー。先にご飯食べて来るー」


「顔を洗うのも忘れてはいけませんよ」


「はーい」


 それで通話が途切れる。こうやってあの子も少しずつ前に進んで行くんでしょうね。私は前に進めているのでしょうか。思い返せばずっと仄暗い闇の中を彷徨っていた気がします。


 そんな暗い闇を照らしてくれたのは、あなただった。見えなかった道も今ならよく見える。退屈に感じられた仕事もきっと頑張れるでしょう。あなたが変わっていくなら、私も同じように頑張ってみます。それが恋人になった私のけじめです。


 ……。


 連絡遅い……。


 いやまだ5分くらいしか経ってないから当然ですけど。でも何か落ち着かない……。

 そもそも私に勉強なんて教えられるのでしょうか。学校の勉強なんて殆ど忘れてる気が……。


 これはまた恥を露呈するぞ……。


 すると通話が来ました。即出ます。


「だから早いって」


 苦笑しながら言われました。返す言葉もないけれど。


「勉強するのでしょう? 通話しながらする気ですか?」


 分からない所を画像添付した方が早い気がします。私としてはこの方が嬉しいですけれど。


「うん。やっぱりやる気なくなった」


 心変わりが早すぎる。


「空白の問題集を見た瞬間にフユユのやる気は空っぽになったのだ」


「最初は皆空白から始まるんです。頑張りましょう」


「無理ー。分からない所ばかりだしー」


「ゲームだって最初は手探りで分からないでしょう? 学校の勉強なんて殆ど暗記ですから大丈夫ですよ」


「じゃあこの設問1を送るからミゥ教えてよ。答えはいいから、ヒントだけ」


「よっ、余裕です。任せてください」


「声震えてるよ?」


「久しぶりに学校の問題に触れられて武者震いしてます」


「ははーん。本当はミゥも勉強苦手でしょ?」


 うっ、バレた。


「大丈夫です! 記憶の奥底に封印されてるだけです! 問題解いていればその内思い出してきます!」


「ふっ」


 笑われた。失望されたでしょうね……。格好つけるとろくな結果になりません。


「なんかミゥと話してると安心する。ダメな自分も許せる気がする」


 その返しは私の心に刺さります。本当にどういう心境なんでしょうか。少しだけでいいから心を覗きたい……。


「答え分からなくていいから見てくれない? 私にとって勉強じゃなくて、ミゥと一緒に考えたっていう事実が大事なの」


 あなたは口説きの天才ですよ。少ししてから問題が送られてきました。さっきまであったプレッシャーも何もない。間違ってもいいって大人でもそう思うようにするのは、結構難しいんですよ。


 だから、ありがとうって伝えたい。この送信と一緒に私の気持ちも届けばいいな。

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