58.……我慢できない……かも……
レインボーブリッジを越えた先に大きな街が見えてきます。マップに記載されている水の都。名前の通りモチーフはイタリアのベネチア。まるで海の上に建物が並んでるようで、建物の間には川のように美しい水が流れています。そうした所にはボートや小舟があって、それらも移動手段の1つです。
街並みはオレンジやベージュ色のマンションが建ち並んでいます。人が歩ける場所は車1台が通れる程度だが、水路はそれよりずっと広く、ボートや小舟がゆったり行き交っている。歩く時は転んで水路に落ちないように気を付けないと。
フユユさんを建物側へと歩かせよう。さりげなく水路側へと移動します。
「ほほう。できる彼女アピか……」
バレてた……。
「ミゥが落ちたら危ないから手繋ご?」
左手を差し出されたので手を取ります。
「それにしてもいい景観ですね」
海外旅行なんて経験ないですからこういう街並みを見れるのは本当に素晴らしい。
グラフィック制作班には感謝しきれませんね。
「じゃあここもリアルで会ったら……」
「それは少しハードル高いです」
いつか行きたいとは思いますけどね。
街をぶらぶら歩いていますがプレイヤーさんはポツポツいるだけです。GWとはいえやはりここまで来てる人はまだ少ないようですね。或いはモンスターパークやワンダーワールドへ行ってる可能性が高いです。
「ミゥ。あれなんだろう?」
指差した方を見ます。その先には巨大な塔があって塔の天辺からはまるでウォータースライダーのようなレンガの滑り台が伸びているのです。運営の遊び心ですね。
「私あれ行きたい~」
「なら行ってみましょう」
狭い路地を歩いて、小さな橋を渡って、水路をボートで越えて、また路地を歩く。
水の中でも育ってる植物、建物の窓にあるお花や植物。光に反射されて薄く黄色っぽくなる水。なんて幻想的なのか。
そんなことを考えてる内に塔の近くまで来ました。そこにはレインボーブリッジで敵として登場していたスカイマンタの白色バージョンが地面近くに浮遊しています。
「おぉ。テイムか?」
フユユさんがテイムしようとしてます。チェシャ猫の時と同じでギミック扱いなので不可能。こっちは言語も喋らないので何も起きません。足を踏み込んで乗ります。
「遊んでないで行きますよ」
「もう仲間になってるパターンね。分かってたよ」
何も聞いてませんが。画面にはダンジョンへ行くか、塔の屋上へ行くか表示されます。
「なるほど、この子に乗ってダンジョンへ行く感じなんだね」
フユユさんは迷わず塔の方を選びます。スカイマンタはふわりふわりと浮上していきました。
「お~、魔法の絨毯みたい」
そのたとえは言い得て妙ですね。ただ落ちると危ないのでフユユさんの手をしっかり握っておこう。
「ミゥ……そんなに強く握られたら恥ずかしいよ……」
「彼女として心配してるだけです……」
なんか変な空気になってしまいます。マンタさんも妙に気を使って浮上する速度が落ちたような気がします。
少しして塔の天辺まで来たようです。そんなに大きな所ではなく、人が5、6人も立ったら一杯になるほどのスペース。塔の先からはどういう原理か、謎の空間から水が流れてスライダーになってます。
「ウォータースライダーっていったらやっぱり水着だよね」
フユユさんは迷いなく白ビキニへと着替えてしまいます。それ本当やめて……。
ただでさえ強烈なのに、今となったら……。
「ミゥも着替えよ~」
呑気に絡みついてきます。絶対分かっててしてるでしょう。
とはいえ気分を味わうなら着替えた方が無難ですか。
なら、ここは水着パーカーで。
パッとお着換え。
「えービキニじゃないの?」
「私はそう簡単に見せないんです」
というかそんな露出のある恰好でこの子とくっ付いたら頭の中でビッグバン起こせる自信がある。今でも結構危ういのに……。
「待てよ……。そのチャックを下ろせば……」
やめなさいー。あなた中身本当に女の子ですよね?
「おふざけするなら元に戻します」
「ミゥと一緒に滑るの楽しみだなぁ」
こう言ったらすぐに態度変えるんですから。全くもう。
では行きましょう。
……?
なぜかフユユさんが動かない。
「どうしました?」
「あーうん。心の準備」
……なるほど。
よし手を引っ張ってやろう。よし行きますよー。
「えっ? まっ……。うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
勢いよく水に流されてフユユさんが絶叫。案の定の反応で満足です。
そのまま流され続けて街の水路へとドボーン。
フユユさんは漂流物の如く、浮かんできます。
「大丈夫ですか?」
「ミゥ、酷い。心の準備できてなかった……」
その状態で喋るのちょっと怖いんですけど。
ともかく水路から出ます。
「絶叫系が苦手なんですか?」
サイバーエリアのダンジョンでも怖がってましたし。
「なんだろう。無理矢理急かされてる感が苦手なんだ。横スクロールアクションで強制スクロールのエリアが苦手みたいな」
分かりそうで分かりにくい例えです。自分のペースで動けないのが苦手なんでしょうか。
「じゃあリアルで会ったら遊園地にも行きましょうか。絶叫系網羅しましょう」
「ミゥって本当悪魔だよ」
そう言ってるわりに嬉しそうなのは何故でしょうね?
「あれをしたいと言ったのもフユユさんですよ?」
「だってミゥと……」
その先は言わせません。口で塞ぎます。私は絶叫系平気でもそれはダメなんですよ。
「もう一回一緒に……」
「はい……」
頭がぐるぐる回って私の情緒ももうダメそう……。
白マンタさんは塔の下に戻ってくれて待っています。仲良く乗って、再び浮上。
するとフユユさんが何やらモジモジし出します。
「どうしました……?」
「あの、ね。私、また溢れそうになって……」
そういうことですか……。
「ミゥ、言ってくれたよね……? 我慢しなくていいって……」
彼女の肩を抱き寄せます。そんな風にされたら私も我慢できなくなる。
マンタさんは空気を読んでか、その場に止まりました。
ここなら誰も見てない。
無言で見つめ合う。あんなにしたのに、VRなのに妙に緊張する。
ゆっくり顔を近づけた。
フユユさんは待ちきれなくなったのか、私の顔に……。
「……ん……」
まるで現実のように脳が焦げそう。
ダメだ。これ以上我慢できない。
フユユさんの肩を掴んで強く、強く求めた。
私のグラスが彼女で満たされる。もっと欲しい。これじゃあ足りない。
あなたのグラスが空になるくらいあなたの色で染めて欲しい。
私を見て。私だけを見て……。
ああ……フユユさん……大好きです……。