56.私、甘えてばっかりだ……
ジュラシックエリアの攻略再開。フユユさんはブラキオさんを連れたまま。攻略中はテイムモンスターの入れ替えはできません。基本は街の中でしか不可能です。入れ替えが可能だと瀕死になったモンスターを別のに変えてというループが可能になるからですね。
「フユユさんに聞きたいんですけど、食事はきちんと摂ってますか?」
ジャングルを歩きながら尋ねてみます。私がログアウトした後も軽く食べただけにしか見えなかったですし、家に帰ってもすぐにログインしたように見受けられました。
「朝と昼は適当かなぁ。夕飯はお父さんかお母さんが作ってくれるからそれ食べる」
「家には誰もいないんですか?」
「うん。共働きだから普段は家にいない」
つまり食事は自分で用意しないといけない感じですか。
「前までは朝食も作ってくれてたんだけど、夜更かしばっかりしてたから段々愛想尽かされて……」
彼女がどれくらい引きこもっていたかは分かりませんが、ゲームもやり込んでいたようですし長いのは確かでしょう。これは少しいけませんね。
デバッグモードにしてベンチのオブジェクトを召喚。更にその周辺を安置ポイントに設定。そこに座ります。
「攻略は一旦中止です。ここに座ってください」
隣をポンポンと叩いてあげます。フユユさんは戸惑う様子で座ってくれました。
「お腹が空いていなくてもご飯はちゃんと食べないとダメですよ」
「うーん。でも最近はその生活に慣れちゃって……」
「いつかフユユさんと会った時、フユユさんが今にも死にそうな顔だったら私はとても悲しいです。ですから微力ながら助言をします」
いくら外にでないからってほぼ一食の生活は色々と問題が多すぎる。
「でも私料理できないし……」
「その辺も踏まえてアドバイスします。朝は食パンがおすすめですよ。ツナマヨならツナ缶開けるだけで簡単ですし、面倒ならスライスチーズとかもおすすめです。オーブンがあれば卵を乗せてトーストにもできます。野菜もカットしてすぐに食べれる物もあります。卵かけご飯も鰹節をかけるだけで結構栄養取れるんですよ?」
若干早口の説明になってしまいます。まぁこれは私の朝食なんですが。
「これくらいならフユユさんでもできると思いますよ」
「それくらいなら……」
「ただ最近は物価も高いのでお米や野菜の方はご両親と相談した方がいいかもしれません。なんならサラダだけでも用意してもらうよう頼んでみたらいいと思います」
いくら放置しているとはいえ我が子の成長を願わない両親がいるとは思いたくありませんが……。
言い終えたらフユユさんは空を見上げます。
「ミゥって何だか親みたいだね」
「親ではなく彼女です。大切なパートナーの幸せを願うのは当然でしょう?」
そう言ったらフユユさんが少し笑います。
けれど次第に表情が曇って俯いてしまいます。
「私が引きこもるようになってからは親は色々と気にかけてくれたけど最近は何も言わなくなった。担任の先生も面談で家に来た時、私を見て面倒そうな顔をしてた。一度だけ学校に行ったことあるけど、皆冷ややかな目で私を見てた……」
その声はとても弱弱しく、悲しげで、きっと彼女の心の訴え。
もしかしてフユユさんがMMOをするのも心の隙間を埋めるためだったのでしょうか。誰からにも相手されないから誰かに見て欲しいと願って……。
「もう誰にも愛されないんだろうなって思ってた。このまま一生終えるんだろうなって」
「大丈夫です。フユユさんは少しずつ変わっていってますから、きっと周りも理解してくれるようになりますよ」
デバッグの仕事を受けるようになって、家も出れるようになって、料理だって自分でしようとしてる。彼女は十分立派です。
「それでも理解する人がいなかったとしても、私だけはあなたを愛します」
「ああ……まただ……。この気持ちが……溢れて……」
フユユさんが顔を腕で隠します。
彼女を見ないようにジャングルの方へと視線を向けました。
「私……ミゥがいないと生きていけない……。ごめんね、こんな面倒くさい彼女で……。ミゥに迷惑かけないようにがんばって抑えてるんだけど、それでも溢れちゃって……」
「迷惑なんて思ってませんよ。気持ちを抑える必要もありません。あなたの本音を聞かせてください」
こういう子だって初めから知ってました。それでも好きで愛してしまった。
だったらあなたの気持ちも私に分けて欲しい。溢れるなら私の空のコップに注いで欲しい。
何もかもに興味を失くして、灰色の世界に色をつけてくれたのは紛れもなくあなたなのだから。
フユユさんは嗚咽をあげながら、涙をこぼし続けている。肩を抱き寄せると、小さな震えが伝わってきた。
「一旦ログアウトしましょうか。ちゃんとご飯を食べて気持ちを落ち着けてください」
「分かった……。でももう少し……このまま……」
1人では歩けない道も2人でならきっと歩ける。
心の中でそう願います。