51.ただ、一緒にいたい
『テイムに成功しました』
アナウンスと共にフユユさんはマジカルキャットという小さなトップハットを被ったシャム猫ちゃんをテイムしました。着ぐるみモンスターもテイムが完了して図鑑も着実に埋まってそうですね。
「次はどこへ行く?」
「順当に考えればダンジョンでしょうか」
一番奥にある大きな赤いテントこそがこのマップのダンジョンです。そう言ったらフユユさんが膨れっ面になってしまいました。
「せっかくのデートをもう終わらせるなんて味気ないー」
「それもそうですね」
パークをゆっくり歩き回ります。
いつかフユユさんがゲームに目的も使命も必要ないと言った。
きっとそうなんだと思います。ただこうして同じ時間を過ごせているだけでそれで十分なんだと、そう思います。
別に敵を倒す必要もない。
遊園地だからといってアトラクションに乗る必要もない。
同じ景色を見ていたら少し幸せになれる。この子もそうだったらいいですね。
パークをぐるぐる回っていると何となく観覧車のある所にまで来ました。ゴンドラはゆっくり動き続けて下の方に来ると扉が勝手に開いてます。
「あれにでも乗りますか?」
「うん」
特に意味もなく誘います。
開いたゴンドラに足を踏み入れる。少し段差があるから気を付けないといけませんね。
フユユさんの手をしっかり握りました。この子ならそんなヘマはしないでしょうけど。
でも彼女は私の手に引かれるまま乗りました。
隣同士で座ると扉が閉まってゴンドラはゆっくりゆっくり上っていく。
特に会話はない。ただ何となく2人で外の景色を眺めている。
遠い遠いどこかのエリアが見える。あの暗い街はマッドナイトだろうか。
こういう時、恋人同士だったらどんな会話をするのでしょう。
綺麗だねとか、高くて怖いねとか、或いは告白でもするのでしょうか。
私とフユユさんは会話もせず手を繋いだまま外を眺めていました。
そんな時間も嫌いじゃない。
いつかフユユさんは言ってくれましたね。好きとか関係なく一緒にいると落ち着くって。
私もそう。ただこうしてるだけで心地いい。
ゴンドラが天辺まで来た。少しだけカタカタ揺れてる。恐怖演出か、物理演算の影響か。
「ねぇミゥ」
「なんですか」
何気なく神妙な声な気もします。
「やっぱりリアルで会うのって難しい?」
その言葉の真意は聞かずとも分かる。
「叶うなら私も会いたいです。でもきっと、世間は私達を許してくれません」
お互いに悪意がなかったとしても、未成年を招いたという事実だけが社会は照らす。その中にある思いとか、気持ちとかそんなの一切汲んでくれません。
涙して一生のお別れを告げるくらいなら、きっと私は……。
「そっか。そうだよね」
いつになく素直な気がします。
「でもフユユさんが大人になった時は……」
「うん……」
その先は言えない。まだ、言えない。だって私達は恋人になったばかりだから。
それからゴンドラはゆっくり下りて行く。会話はまたなくなった。
でもさっきより空気が軽くなった気がする。
手の温もりもどことなく感じるような。
ここは本当にゲームの世界なのだろうかと錯覚しそうになります。
だってゲームなのにドキドキするのでしょうか。
この気持ちも同期されてる? システムを知ってるはずなのに何も分からない。
もし現実で同じようにしたら、こんな風になるのでしょうか。
それともまた違った感情を抱くのでしょうか。
そんな淡い心を考えてる内にゴンドラは地上に下りた。
「降りましょうか」
立ち上がったけれどフユユさんは立たなかった。
「もう1周だけ……」
小さな声で、でも私の耳にははっきりと聞こえました。
だから何も言わず隣に座ります。
彼女は私の肩に寄りかかって来ました。
だから手を回して優しく抱き寄せる。
変な空気です。
でも嫌じゃない。
私はもうあの頃には戻れない。
普通の恋もできない。
いや。
思い返せば男友達すらいなかった。会社やサークルとかの飲み会で一緒に集まることはあったけれど個人的にやり取りしてる人はいなかった。あの時は面倒くさいからって気持ちだったし、女の人といる方が気が楽って思ってた。
でも本当は違ったのかも。
自分の気持ちにすら気づけないなんて人生って本当に分からないな。
そういう意味ではこの子に感謝しないといけないのかも。
「フユユさん、ありがとうございます」
「……?」
何のお礼か分かってなさそうに首を傾げてます。
身の上話をするような空気でもないし、またいつかにしましょう。
このままずっとここに居たい。