48.神様お願い……もう少しだけこのまま……
翌日。
「今日もデバッグを頑張りましょう」
「おー」
「今回は私と一緒に来てもらいます」
「まだ草原終わってないよ?」
昨日の一件から考えてフユユさんが他のプレイヤーと接触した時の対応がまだ難しいと判断しただけです。
別にフユユさんと一緒がいいとか、1人で仕事するのは寂しいとか、この子の声が聞けないのは辛いとか、そんなやましい気持ちは一切なく上司として心配してです。
本当にありませんから。
うん……。
はい……。
「ミゥと一緒に仕事できる……! うれしい……!」
私の心情とは裏腹にフユユさんは気持ちも隠さないようで。
あー抱き付かないで。全然……嬉しくありませんから……。
何とか理性を保って……ゆっくり離します。
「今回はウォーターエリアへ行きます」
序盤の4エリアも残すはここだけ。2人でパパッと終わらせましょう。
「海……水着デート……?」
あなたはもう少し仕事という自覚を持ちなさい。
※移動※
とりあえず浜辺まで来ました。ブルーホールへと飛び込めば先へと進めますがこの辺りも丁寧にデバッグしましょう。
「ミゥ。私着替えた方がいい?」
「そのままで大丈夫です。仕事なので問題ありません」
「私の水着見たらミゥもやる気出るんじゃない?」
私をデバッグしようとしないで……。
「麦わら帽子だけ許可します」
さすがに水着なんて見てたら仕事に集中できなくなる。
フユユさんは大きな麦わら帽子を被りました。私も少し気分を変えてサングラスだけ愛用。
「おぉ……教官だ」
だから敬礼しないの。お遊びはこれくらいにして仕事を始めます。
まずは海に向かって魔法を放ってみます。具現化魔法『プリズンソード』
巨大な剣が出現して海へと一振り。衝撃派も発生して海は真っ二つ。とはいえすぐに元通りになってしまいます。
上級雷魔法『サンダーボルト』。海の上へ落雷が降り注ぎ感電のエフェクトの静電気が発生。これも問題なし。
暗黒魔法『ブラックホール』。巨大な闇の渦が出現して海を吸い込んでいきます。水嵩は少し減りましたがすぐに元通り。問題なさそう。
「フユユさんならどうしますか?」
「そうだねー」
フユユさんがメニュー画面を開いてスライムを呼び出します。それを海の上へと置きました。波に流されてユラユラしてます。
そして彼女は手を突き出して初級風魔法『ウィンドマジック』を使いました。
小さな風と共にスライムが海の向こうへと流されていきます。そしてずっとウィンドマジックを使い続けています。
スライムはどんどん遠くへと流されていきます。これスライムさん戻って来れるのでしょうか。他のモンスターは泳ぎモーションがあったり、一部は浮遊したりしますがスライムは動きが遅く波に流されるまま。
スライムは遠くへ行きましたがついに魔法の効果が届かずその場で止まります。
「ミゥのあの暴風でまだ向こうへ行けそうじゃない?」
なるほど。天候魔法『嵐の祈祷』。暴風を発生させて海は大荒れ。スライムもどこへ行ったか分かりません。
「これで戻って来るか試す?」
やってみますか。
※半時間経過※
スライムを投げてテクスチャチェックをしていますが、未だにフユユさんのスライムは戻って来ません。
「あ。何かメッセージ届いた。距離が離れた状態で一定の時間が過ぎたら自動消滅するんだね」
システム負荷対策でしょうね。前に私もスライムを撒こうとしましたが通常のマップでは早々起きないでしょう。
これはバグではなく仕様でしょうから問題はなさそうですね。そもそも攻略でスライムを連れてる人がいるのか疑問です。
「では中へ行きましょうか」
「待って。これって海の上も行けるんじゃない?」
言われてみれば。浅瀬に足を踏み入れてみます。足が浸かるのでどうやら行けそうですね。
するとフユユさんがメニューを開いてバタフライドルフィンを呼びます。海のモンスターは陸地だと浮遊して付いてきます。それで海の上へと移動させるとイルカさんはスイミングモードに。フユユさんはイルカさんに跨っています。
「じゃあ私も」
「これ後ろ乗れると思うからいいよー」
何に対してのいいなのか。2人乗りしろと?
「モンスターに指示出しながらデバッグするの大変でしょ? それに私に何かあったらミゥが近くにいてくれたらすぐ対応できるだろうし」
うーん。微妙に正論なだけに言い返せない……。
「分かりました。じゃあ同乗させてもらいます」
なんか言いくるめられた気もしますが。
イルカさんの後ろへと乗らせてもらいます。
「落ちないように掴まってくれてもいいんだよ……?」
「私は落ちても平気なので」
「むー、仕方ないか。じゃあ行くよー」
イルカさんが泳いでいきます。どうやら大海原に飛び出せるようでマップの作り込みの細かさを伺えます。特に何かあるという様子はなく、孤島のような隠しマップも見当たりませんね。ただカモのような小鳥が飛んでいて芸が細かい。
ただまぁ、それ以上に……。
フユユさんとの距離が近すぎるというか……。
数cm前に倒れたら密着してしまう距離です。
水着を拒否して正解でした。目の前に肌を露出した銀髪美少女がいようものなら私の理性が危なかったです。
「ミゥー、魔法試すー?」
私の杞憂とは裏腹に呑気なものですよ。ちゃんと仕事しよ……。
「それも大事ですがここから潜れたりしないでしょうか」
潜水が可能でそれが近道程度ならいいですが、変な所に迷い込んでは一大事です。
「じゃあ隊長行ってきます!」
フユユさんが敬礼して飛び込んだ。教官ではなかったのか。
ただフユユさんは色々試してますが潜れそうになさそうですね。とはいえ念の為に全て調べて行く必要がありそうですが。
「マップの端から調べていきましょうか」
「分かったー。ミゥー、手を引っ張ってー」
フユユさんが手を伸ばしてきます。不用意に飛び込むからそうなるんですよ。
手を差し出します。
ちょっと、そんなに強く引っ張られると……。
うわ、落ちる……!
ドボーン。
海に落ちてしまいました……。
でもその前に……。
「あ、あの……」
「うん……」
仰向けの私にフユユさんが乗りかかってる状態……。
海がふんわりとしてるせいでまるでベッドみたいで……。
「その……離れて……くれますか……?」
顔が近すぎる……。
なのに目が離せない……。
フユユさんも私をジッと見てる……。
体に熱が……。
ダメだ……。
死んじゃいそう……。
このまま海の藻屑になれたら……。
「もう少しだけ……このまま……」
「……はい……」
私、本当に弱い人だな……。
ダメって言えなくなってる……。
心がこのままがいいって囁いてる……。
神様……今だけ時間を遅らせて……。