45. あーんの数だけ恋人になれる気がする
フユユさんは部屋のギミックである少女の絵画が出口であるというのを自力で解いてワンダーの中間地点までやってきました。
今来てるのは緑と花畑が広がり、所々にお洒落なテーブルクロスと椅子が用意された場所でした。今にもお茶会が始まりそうなここがワンダーの街という扱いになります。道具屋さんなどは屋台のような店を立てていてそこにNPCがいます。気分はまるで花見。
「こんなマップに来るとアリスコスが捗るだろうね」
「その時は是非とも時計ウサギを連れてください」
「私はミゥがいいー」
隙を見せたら抱き付かないの。
そんな感じでお茶会の広場をぐるりと見まわしますがプレイヤーさんは見当たりません。そのせいかちょっと寂しくもあります。
「やっぱり殆どの人はそこまで進めてない感じ?」
「多くはフユユさんが攻略した4エリアで止まっていたと思います」
4割が攻略をしていないか、最初のダンジョンを攻略中。更に4割が次の4エリアを攻略中。残る2割が現在の8エリアを攻略中。ただ、1%未満の人が更に進めてた気もしますが……。
「でも誰もいないって贅沢だよね~。ねぇ、ミゥ。ここでなら、その……誰も見てないし……」
だからそういう雰囲気出すのやめなさい。気が乗ってしまいます。
「するならお茶だけです」
頭を軽く叩いてあげます。
「お茶に睡眠薬入れて眠らせプレイするってこと……?」
すぐそういう発想になるのどうなってるんですか。
とまぁ考えてるとフユユさんに手を引っ張られてテーブルにまで案内されてしまいます。結局お茶するんですか。
大きなパラソルに、テーブルにはお菓子一杯のケーキスタンド、それに紅茶、可愛いぬいぐるみと着飾られてます。食べ物を置いてありますが注文は別になります。あくまでオブジェクト。
とりあえずブラックのコーヒーとモンブランを頼みましょう。秒で机に出現します。やっぱりVRすごい。これに慣れたら現実の飲食店に通えなくなりそう。
フユユさんは苺のショートケーキを頼んでいました。
では食べましょうか。
「ミゥ待って」
フォークで切り分けようとしたら手で止められます。そしてモンブランを奪われました。それでショートケーキを前に置いてきます。なにを?
「私はそっちが食べたいのですが」
「うん。分かってる。だから、はい」
フユユさんがフォークでモンブランを切り分けて……。
……そういうことか。
どうやら私はまた嵌められたようです。
「あーんして……?」
そんな口元まで持って来られても……。
「大丈夫。誰もいないから」
それはそうなんですけど……。
このまま躊躇って時間をかけたら誰か来て見られるかも……。
だったら早く食べよう……。
あーんして、パク……。
おい、しい……。
「ミゥ顔赤いよ……?」
誰のせいですか。
こんな悪い子にはおしおきです。
お返しくらえ。
「ミゥ、苺は最後って常識だよ?」
こんな遊びを提案する子は許しません。
「食べないなら私が食べますけど?」
「むー。あーん」
素直でよろしい。
フユユさん、人に言っておきながら自分も顔赤いじゃないですか。
でも、これ食べさせる側はちょっと楽しいかも……。
「そんなに、見ないで……」
視線を外してる。可愛い。
「見ないと食べさせられませんけど?」
「ミゥの馬鹿……」
今くらいは馬鹿でいさせてください。
「むぅ。今度は私の番」
「このケーキ大きいので次も私がします」
「じゃあ一緒に」
仕方ないですね。
あーんして、モグ……。
やっぱり恥ずかしいな……。
「美味しい?」
「はい」
私には少し甘すぎる。ブラック頼んで正解でした。
「リアルでもいつかこういうの出来たらいいよね」
「さすがに現実では恥ずかしくてできませんよ」
今でこれならリアルだったら顔の熱でお湯を沸かせるでしょう。
「ねぇ、ミゥ」
「なんですか」
「呼んだだけー。むふー」
そんなにニコニコして余程楽しいんですね。それは私も同じですけど。
「ミゥー、追加注文するー?」
「私はもういいです。それだけで十分です」
「なんでー?」
いやもう魂胆が見えてるからに決まってるじゃないですか。
これ以上頭の中が甘くなったら脳が砂糖の塊になってしまいます。
「じゃあ私が一杯頼むから食べさせてくれる……?」
「構いませんけど恥ずかしくないんですか」
「恥ずかしいけど……ミゥに食べさせてもらえるの嬉しい……」
その言い方ズルくないですか。
じゃあ私も追加注文します。
「それで本当に最後です。二言はありません」
「ミゥってやっぱり優しいー。好きー」
「軽々しく好きなんて言うものではありません」
「私はミゥにしか言わないよ……?」
だからそれやめて。直視できない。
「あーんして?」
口を開けたらフユユさんと目が合う。恥ずかしくなってなって目を瞑ってしまう。甘いのに熱い……。
「ミゥ。聞いて欲しいの」
「なんですか?」
「私がミゥをこの世界の果てまで連れていってあげる。誰よりも早く、誰よりも一番になって」
それはまた大きく出ましたね。
「私ずっと何の為にゲームしてるんだろうって思ってた。それでね、今気づいたの。私ミゥに笑って欲しいんだって。だからね、誰も知らない景色をミゥと一緒に見たい」
いつになくフユユさんは真面目な顔をします。
私の権限を使えばそんなの一瞬で可能ですし、私は世界の果てを知っている。
でもこの子が言いたいのはきっと違う。
2人で見るから意味があるのでしょう。
なら。
「楽しみにしてます。私を、どこへでも連れて行ってください」
私もフユユさんが笑ってくれるならとても嬉しいから。