42.ねぇ……ミゥ……私……っ……
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今日も楽しい仕事です。始まりの街は今も装飾は施されて夕焼け空のまま。イベント期間中はずっとこのままでしょう。ただ初日に比べてプレイヤーさんは減っています。写真のアップはこの街で撮ったという制限もないので攻略に戻ったり、自分の好きなマップへ行ったのでしょう。
ただここに今もイベントを楽しんでくれてる素晴らしいプレイヤーさんがいます。
ずっとベンチに座ってますけど歩き疲れたのでしょうか。
とりあえず近づく。
「私はこれからサイバーエリアへと行きます」
人も減ったので粗相を行う人もいないでしょう。となればいつものようにデバッグをするだけです。
街から離れようと思ったのですがどうにも気配がない。振り返ったらフユユさんがベンチに座ったままでした。いつもなら即付いて来るのに珍しい。
心配なので戻ってみます。
「今日は来ないんですか?」
「ねぇ、ミゥ。あの」
「なんでしょうか」
「その、昨日はごめん……」
昨日? イベントで一緒にデートみたいな感じで見て回っていましたから、仕事の邪魔をしたと思ったのでしょうか。
「別に仕事の邪魔はしてなかったですし問題はなかったですよ」
「違う。あの……クレープで、その……」
アレか……。急だったので驚きはしましたけれど。
「別に気にしてませんよ」
「本当のこと言って……私……調子に乗りすぎた……ごめん……」
どうやら彼女の中に負い目でもあったのでしょうか。確かに最近変になる時が目立ってはいましたが。
「本当に気にしてません。嘘ではありません」
そう説明しましたがフユユさんは俯いたままでした。
なんかこれ、前に私が馬鹿した時と逆みたいですね。フユユさんが私にああ言ってくれた気持ちが今になって分かりました。あの時、フユユさんは私になんて言ってくれたかな。
「フユユさん、謝罪はいいですよ。あれは私からすればご褒美でしたから」
「ミゥは優しいからそう言ってくれる。私を気遣って言ってる」
本当、聞き分けが悪いですね。
なら仕方ありません。
フユユさんの前に屈みます。不意に目が合いました。
ゆっくり顔を近づけます。
フユユさんは驚いて顔を赤くしてましたが、眼を瞑りました。
それでいい……。
唇に柔らかい感触が触れる……。
この世界のどんな物よりもきっと甘い……。
顔が熱い……。
平気だって思ってましたけどそっか……。
永遠に感じられたその瞬間はすぐに覚める。
私が離れたらフユユさんが目を開けました。
それはもう煮込んだトマトジュースのように赤く、きっと私もそうだったでしょう。
「これで分かってくれましたか?」
「うん……」
フユユさんの手を引いてベンチから立ち上がります。すると広場には他のプレイヤーさんがこっちを見てました。小声でキャーキャー言ってます……。
またやらかしてしまいました。もうどうでもいいですけど。
※サイバーエリア繁華街※
繁華街でスライムを投げます。また苦行が始まりますが何も考えないようにしましょう。
フユユさんは相変わらず私を観察してる感じです。
「ミゥってさ、好きな人いたりする?」
唐突過ぎる。いやそうでもないかな?
「普通の好きじゃなくて恋人になりたいくらいの好き」
「リアルではいませんね」
「リアルでは? 何その言い方。あ、分かった。推しがいる感じでしょ?」
「さぁどうでしょう」
学生の頃はライブに行って追っかけなんて事もしてましたが。
「じゃあ私も本気にしていいのかな……?」
どうかな?
「私リアルのミゥに会いたい……。会って話がしたい……」
嬉しい提案なんですけどこればかりは承諾できそうにもない……。
だってフユユさんに会ったらきっと私は自分の気持ちを抑えられなくなる。
この世界だからまだ理性を保ててますけどリアルとなったら……。
まだ年端もいかない彼女と共に過ごすにはあまりに早すぎる。
ふぅ。この子と会った時はそんな気はサラサラなかったのに今ではこの子がいないと落ち着かない。もしかしたら私がずっと独身だったのもそういう気があったからなのでしょうか。
「今はまだ会えません」
「今は? いつだったら会える?」
「フユユさんが大人になってから、でしょうか」
少なくとも今会ったら社会は私達を許してくれない。
「むー。それなら仕方ない」
意外と呆気なく引き下がりましたね。いつもなら無理に押してきそうですが。
「じゃあ大人になったら会うって約束して……?」
「もちろんです。契約書でも何でも書きますよ」
「ううん、いらない。ミゥを信じる」
この子もまた少しずつ成長していくのでしょう。なら私はここで見守っています。