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フユユ視点 エピローグ①

 4月



 髪を整えて……うーん、なんかうまくいかないなぁ。リアルだと質感が全然違う。いや、もう少し頑張れば……。


「フユユー、早くしないと電車遅れるわよー」


 お母さんの声がしてスマホの時計を確認する。わっ、もうこんな時間。髪弄ってるだけでボス何体倒せるんだろう。やっぱりリアルって不便。


 とにかく服もちゃんとしないと。ずっとクローゼットの中で埃を被ってた制服。殆ど着てなかったから新品同然みたい。大学生で高校の制服着ていく人はきっと私だけだろうな。

 でも、それでいい。なんとなく、その方が気付いてくれるだろうから。


 リボンの位置を整えて、これで良し。今日は入学式だけだから、手提げ鞄だけでいいや。

 部屋を出てキッチンに行ったら、お母さんとお父さんが驚いた顔をして私を見てた。

 開いた口が塞がらないっていうのは、こういう時に使うのかな?


「ち、ちしろ、なのか?」


 大学デビューでイメチェンしたから、その反応も無理ないかもね。


「ちしろ。制服で行くの?」


「うん。これがいいんだ。あっ、急いでるからご飯はいいや。もう行くね」


「気を付けて行くのよ」


「はーい」


 パタパタと玄関へ走って行く。後ろの方でお母さんとお父さんが何か話してる気がした。きっと、悪い話じゃない。颯爽と家を出る。


 雲1つない快晴。暑くもないし最高の日だ。思わず深呼吸しちゃう。っとと、そんな時間ないんだった。急いで駅まで行かないと。


 大学まで電車を経由して、乗り換えもして、駅に着いたらそこから歩いて行く。


 その道中で色んな人が私の方を見て振り返ってた。小声で話してる気もした。

 でも、今はもうそんなの気にしない。顔を上げて前を歩くって決めたから。


 大学に着いてもやっぱり私を見る人が多い。そんなに目立つかなぁ。制服のせいか警備員さんに声をかけられた時はさすがに焦ったけど。


 入学式が始まってお偉いさんの長い話を聞いて、なんか大学の説明聞いたり、オリエンテーションがあったり。どれも私にとって新鮮な空気ばかり。


 大学の中だと今度は色んな人に声をかけられた。特に男子が多かったかな。


「あの! 連絡先教えてくれませんか!」


 なーんて声をかけられたりもしたから、こう返すんだ。


「ごめんね。私、彼女いるから」


 それを聞いた男子は大体変な顔をしてたから笑ってその場を去ってあげる。


 退屈な話は午前中で終わった。やっと自由の身だ。相変わらず人から声をかけられるけど、全部適当に流す。スマホの時間を確認したら、通知が1つ入ってた。


 心臓がドクンと鼓動が早くなる。今日一番のときめき。メッセージを見ると


『着きました。校門前で待ってます』


 思わず走り出した。気持ちが高鳴る。抑えきれない。今の私を見て欲しいから。

 誰よりも早く大学を後にした。無駄に長い遊歩道を歩いて行って、それで校門の外へ着いた頃には息があがって。リアルは体力がない……。


 顔を上げたら、歩道近くにダークブラウンの髪でスーツ姿のお姉さんが立ってた。不意に目が合う。時間が止まった気がした。


 なんか、言葉にしなくても分かる。絶対そう。言いたい言葉、沢山ある。伝えたい気持ち一杯ある。なのに、涙が溢れて。


「ミゥっ!!!」


「フユユさん!」


 気付いたらそばへ駆けつけて抱きしめてた。


「ミゥ、ミゥ……!」


 何も言葉が出て来ない。名前しか口にできない。なのに、この手が優しくて、温かくて、それでいて懐かしい気持ちになった。


「やっと、会えましたね」


「……うん。やっと、会えた。ミゥに!」


 周りの視線なんてどうでもよくて、ただミゥの胸の中に顔を埋めてしまう。こんな子供みたいな私にもミゥは優しく背中を撫でてくれた。


「私の為にそこまでしてくれるなんて」


「うん。ミゥが喜ぶかなって。どう?」


「とても、似合ってますよ」


「えへへ。なら、良かった」


 それから近くで人の声が多くなってきた。帰る大学生が増えてきたみたい。ミゥは私の手を取ってくれた。私の手よりも一回り大きかった。でも、伝わる感触は同じくらい柔らかくて。


「行きましょうか」


「うん」


 とくにあてもなく、歩道を歩く。ただそれだけなのに、胸の中が幸せの気持ちで一杯だった。

 こんなに幸せな気持ちになったのは人生で初めて。ゲームの中よりも、ずっと。


「どこかで食事でもしますか?」


「ミゥと一緒ならどこへだって行くよ」


 私はミゥがいればそれだけでいい。もう何もいらない。

 だから、大学で一杯勉強してミゥのいる会社を目指す。それが今の私の夢。

 何もなかった私に道標を与えてくれたから。それで一緒にゲーム作りたいなって。

 今言うのはちょっぴり恥ずかしいから、またいつか、ね。


「そうだ。ミゥ、最後手を抜いたでしょ?」


「な、なんのことですか?」


 動揺してるし、やっぱりそうだったんだ。おかしいと思った。あれだけ念入りに読んでたのに最後だけタイミング遅れてたんだもん。やっぱりミゥは私に勝ちを譲ったんだ。


 本当にズルい……。いつもいつも、私のためばっかりに動いて……。

 こんなの好きになるなって方が無理……。


「ミゥには罰がいる。だから、今からキスして」


 本当は気持ちが抑えられなかっただけ。でもミゥは私の方を見て静かに肩に手を回す。

 視線が近づく、リアルの息遣いってこんなにも温かいんだ……。

 手に指を絡められる……。唇が近い……。


 それで、柔らかい感触が触れて……。


 _______。

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