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142.私達の物語

 翌朝。いつもより早く目が覚めた。いつものように身支度を済ませて、ガールズオンラインにログインする。広場は静かだった。休みとはいえ早朝というのもあって、プレイヤーは見かけない。


 ベンチに歩いて座る。少しソワソワする。来週からは平日にログインができなくなる。だからこそ、今日という1日はとても大事。


 目を瞑って待っていようかと思ったけれど、誰かがログインしてきた。チラッと薄目で確認すると綺麗な銀髪が見えた。ベンチから立つ。想像以上に早い。


「ミゥ、もう来てたの?」


「今ログインしたところですよ」


「そっか。それで昨日の答え教えてくれるんでしょ?」


「はい。フユユさん少し目を瞑ってくれますか?」


「……ん」


 周りに誰もいないのを確認してデバッグメニューを開く。そして私とフユユさんは街から転送された。



 ※空白の舞台劇場※



「目を開けてもいいですよ」


「ここは……」


 私達は暗い闇の中に立っていた。けれどよく見たらここは映画の観客席にも似た場所だった。パチッと音が鳴ると前方にスポットライトが照らされる。ぽつんと浮かぶ木製の舞台。擦り切れた木目の床はどこか懐かしくて温かい。


 舞台の背景には大きな大きな赤いカーテンが垂れかかっています。


「新しいマップ?」


「デバッグの時間です」


「デバッグ? あれ、でも私はバイトやめたし、それに今日って休み……」


 フユユさんがわけも分からず悩んでいましたが、その手を引っ張って舞台へと歩いていきます。小さな古びた木製の階段を数段あがるとそこは舞台の上。


「さぁ最後の物語と行きましょう!」


 私の合図と共に静かにカーテンがめくられる。その先は洞窟のような所です。

 フユユさんの背中を押しました。


 フユユさんは少し戸惑っている様子でしたがすぐに洞窟へと足を運んでいきます。私は少し離れて後ろを歩いて行きます。


 そしてそれはすぐに出て来ました。2足歩行のトカゲ、リザードマンです。でもガールズオンラインに出て来るモンスターとは異なり、どこか人形チックなデザイン。


「あれ、ここって……」


 気付きました?


 リザードマンが攻撃するのでフユユさんはその攻撃を呆然としながら受けます。それを見てふと思い出す。ここに初めて来た時フユユさんはモンスターと戦う気がなくて、リザードマンに攻撃され続けて私が倒したんですよね。


 リザードマンは特技を駆使してフユユさんの攻撃を防いでいますが、それでもこの子の行く手を阻むには不十分。先へ進みます。ヘビのモンスター、チビ竜、それぞれのやはり人形化したモンスターが出てきます。


「やっぱり……ここ最初のダンジョンだ……!」


 ご明察。


 そしてフユユさんはモンスターを難なく撃破。洞窟の最奥に到着するのもそう時間はかかりません。そういえば隠し扉があって宝箱を見つけたりもしましたね。懐かしい。


 奥に魔法陣があったのでそこに乗って転送される。その先はボス部屋ではなく、薄暗い館の中。洋館の入り口に立っていて1階と2階に部屋がいくつもあります。


「ここはマッドナイトのダンジョン……」


 フユユさんが部屋に入ると仕掛けが起動して人形のワーウルフが飛び出します。このダンジョンはあなたと初めて協力しましたね。ワーウルフに襲われそうになったのを助けてくれたり。


 そのまま部屋の仕掛けを解除して2階中央にあった大扉の先へ進んで回廊へ。フユユさんは私の手を取った。今回もあの時のように走るようです。


 後ろにはワーウルフの群れ。ここも問題なく突破。


 次はバニラで出来た雪山。キャンディエリアのダンジョン、アイスマウンテン。


「やっぱり……これ今までのダンジョンが連なってる……」


 ポップコーンの吹雪が降り注ぐ。それでもあなたは立ち止まらない。人形の雪バニラ、アップルベアを難なく倒してしまいます。山の頂上に行ったら魔法陣があります。

 あの頃は、ボス部屋に行かずに下からマジックアローでボスを狙撃したんですよね。


 次へ。


「うわ。ここかー」


 サイバーエリアのダンジョンです。電脳世界に飛び込んで敵を倒していく。けれどフユユさんは文句も言わずに飛んだ。あの頃はかわいい悲鳴をあげていたけれど、今は静かなものです。


 クラゲのような宇宙人の人形を倒していき、最後に赤いスイッチを踏んで重力反転して天井へ引っ張られる。


「やっぱ無理かもぉぉぉぉ!」


 やはり、あなたはあなたですね。


 天井に引っ張られていきますが電脳世界が暗転して突如水中に飛ばされます。ウォーターエリアのダンジョン、海底の迷路。

 あの頃はクリオネやウーパールーパーがいてフユユさんも倒すのも躊躇っていましたね。


 ダンジョン攻略は次々と進んでいきます。


 景色が変わる度に記憶が蘇る。


 ワンダーワールドではあなたに無理矢理あーんごっこされましたね。


 モンスターパークではあなたと恋人になって甘い時間を過ごした。観覧車での記憶は今でも忘れません。


 水の都ではウォータースライダーに一緒に滑ったり、虹の道を手を繋いで歩きましたね。


 機械の街ではメイドのあなたがいきなりドロイドに攻撃して街全体を敵に回してやらかしてくれましたね。


 ホットアイス山脈では私のPSを上げる為に指導してくれたり付き合ってくれました。ボスを倒す楽しさを私に教えてくれた。


 クリスタル迷宮では宝石獣と再会して振り回されましたね。でもボス戦でもあなたはテイムモンスターを見捨てなかった。


 モノクロワールドでは好きごっこをしてあなたを困らせてしまいましたね。ずっと甘い時間を過ごせると思っていました。


 ジュラシックワールドに初挑戦した時はあなたのレベルが足りなくて結局最後になった。ティラノサウルスとの激闘は今でも忘れません。


 空中植物庭園では私もそこそこ活躍できたでしょうか。あなたに付いて行くために必死に努力して、休憩所で花を贈り合ったり、ダンジョンを四苦八苦しながら攻略して。


 摩天楼都市は、ミネやナツキさんも加わって攻略しましたね。もう二度とあの子と和解できないだろうと思ったけれど、あなたが手を差し伸べてくれたから、あの子との縁が繋がった。それはあなたとナツキさんも同じだったかもしれない。


 秩序の世界では私達の連携が輝きましたね。言葉を交わさずとも、動きだけで息を合わせた。ダンジョンのギミックも関係なく、あっさりとクリアできました。


 魔界ではダンジョンでバグが起きて大変な目に遭いましたね。ログアウトもできず、マップや敵も異常発生して、ボスも倒せず完全に詰んだと思った。それでもあなたは諦めず私を奮い立たせてくれて一緒にクリアした。


 竜の渓谷ではミネとナツキさんも加わって思い出となった攻略になりましたね。ガールズオンライン最強とも言える黒竜を全員で協力して倒して。それからバズの影響でしばらくゲーム内で慌ただしくなって。


 バグワールドでは私の異動が決まってあなたに酷いことを言ってしまった。自分の弱さに初めて向き合って、あなたと本音をぶつけ合った。恋人になって長くなってもお互いのことを何も知らなくて。でも、だからこそまた1つ私達は前に進めた。


 ディープシーは今でもトラウマですね。何度もモササウルスや深海の主に食べられて、何度もリトライしてテイムモンスターや戦術を練り直して。最後に宝石獣が放った攻撃はきっとあなたの思いが届いたのではないでしょうか。


 星の河が最後の隠しマップになった。でもこの頃の私達はずっと強くなって苦戦なんてしなかった。リアルもゲームも成長したんだなって私は思った。だからこそ、あなたと約束を交わした。その願いは今も胸にある。






 フユユさんは星の河のダンジョンも進み終えて魔法陣に乗った。すると始まりの街に戻って来た。けれどそこはログイン広場ではなく、あくまでこのマップの街。プレイヤーもNPCもおらず、広場に立つのは私達だけ。朝日のような日差しが温かく照らす。


 ──ここで、あなたと出会った。それが全ての始まり。


 ずっと何の為に働いてるのか疑問だった。私は何の為にゲームを作っているのか。

 もちろん、ミネとの約束もあった。けれど、もっと根本的な何かを忘れてる気がした。


 でも、あなたと一緒に攻略してようやく思い出した。


 ──ただ、遊んでくれたプレイヤーに笑って欲しい


 それだけだった。あなたの笑顔を見たから、今なら自信を持ってそう答えられる。


「これで、終わり……?」


 フユユさんが首を傾げています。


「ありがとう、私の夢を叶えてくれて」


「え……?」


「昨日の答え合わせをしましょう。ここはあなたの為の隠しマップです。他のプレイヤーは誰も入れません」


 必死に頑張るあなたを見て、ゲームを楽しんでくれるあなたを見て私も何かお返しをしたかった。恋人として……いいえ、開発者として。


 無論、一個人の理由で勝手にマップを作ったなんて許されるはずがない。このマップは運営が委託されるのと同時に破棄されます。


「ここがあなたの目指した最果ての地です」


「そうだったんだ……ミゥ、ありがとう」


 フユユさんが静かに笑います。


「まだお礼を言うには早いですよ。ボス戦がありますから」


「おーそうだった。ミゥが作ったマップなら相当強そうだね」


 何度も考えた。何度も思案した。この子に相応しいボスはなんだろうって。


 でもどれもがしっくりこなくて、この子なら何でも勝つだろうと思った。


「あれ、ボスは?」


 いくら待ってもボスは姿を見せません。


「あなたの目の前にいますよ」


「……え?」


「私がこのダンジョンのボスです」


 フユユさんは絶句した様子でした。


 与えられた行動しかできないモンスターではきっとあなたを満足させられない。


 だから私自身がボスになるしかなかった。


「フユユさん、最後の決戦と参りましょう」


「ミゥ、最高だよ。恋人が最後の敵なんて、本物のゲームみたい」


 これが私達の最後の物語、いいえ、ガールズオンラインという最後の舞台です……!

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