139.約束する
深海の主を倒してウォーターエリアの海底都市にまで戻って来ました。何度もリトライしていたせいか時間も頃合いでした。
「ねぇ、ミゥ。今日はもう少しだけ付き合ってくれない?」
珍しくフユユさんが提案します。普段ならこのままログアウトしてまた次という感じでしたが。どうやら、それだけ本気なのかもしれない。
「いいですよ。行きましょうか」
「ありがとう」
※ホットアイス山脈・アイスサイド※
水の都から白マンタに乗って行ける絶海の孤島。火山地帯に連なるそこがホットアイス山脈。ギミックを起動させてアイスサイドにし、火山の噴火も収まり吹雪が荒れ始める。島が大雪に包まれて海の一部も凍る。本来であれば凍った海を渡った先に氷の街があってその先がダンジョン。
フユユさんは事前に調べてあったのか、迷いのない足取りで島を歩いていきます。火山地帯から離れた絶壁の向こうに、それはある。
氷の橋、と呼ぶべき水色の道が目の前にある。キラキラと輝く氷の橋は天高く続く傾斜道となっていた。フユユさんと一緒に足場に乗る。やはり氷というだけあって滑りそう。さっと手を差し出してくれたので、静かにその手を取った。
※星の河※
空中に浮かぶ氷の橋を歩いて行く。相変わらず吹雪も吹いて振り落とされそう。
「ミゥ、あれ」
フユユさんが空を指さす。その先には夜空を彩る緑と紫の光のカーテンが、静かに空を揺らめいている。それはまるで、大自然が奏でる静かなシンフォニー、星々の間をふわりと舞う妖精の羽根のように見えた。冷たく澄んだ空気の中、オーロラは夜の闇を淡く照らし出しています。
「綺麗……」
「ええ……」
私達は足を止めてそれを眺めていました。この先の道が未来への祝福であるかのようにも感じられる。
オーロラを堪能してさらに進んで行くと吹雪は次第に止み、氷の道もいつのまにか白く光る道に変わっていました。いよいよ星の河へと突入したようです。
見上げた夜空には土星や水星など大きな惑星に加え小さな光の点がいくつも輝いています。
時々流れ星も落ちていて、目の前に降り注ぐこともある。
そして星の精霊とも呼ぶべきか「☆」の形をした敵も出て来て惑星魔法を使ってきます。
背景の星と妙に擬態してるせいで視認するのは少し難しい。おまけに星の道から落ちれば即死。隠しマップらしい理不尽なギミック。
けれど私達の敵ではなかった。ディープシー、竜の渓谷、魔界……数々の高難易度マップをクリアしてきたので今更この程度では苦戦する道理もなく、寧ろ余裕をもって進んで行けた。お互い慌てることなく落ち着いて全てに対処できる。
敵もいなくなり少し落ち着く。ふと空を見上げる。相変わらずどこかで流れ星が落ち続けている。まるで星に願いを叶えて、と言わんばかりに。
「ミゥ?」
私が足を止めたことで手を繋いでいたフユユさんの足も止まる。
「フユユさんは今でもリアルの私に会いたいですか?」
なんとなく尋ねてみた。とくに深い意味はない。ただ気になっただけ。
フユユさんは少し迷ってる様子だったけれど、すぐに口を開けた。
「前までは会いたいってずっと思ってた。でも今はなんか少し違うかも。こうしてミゥと一緒にゲームしたり、リアルで通話したり、ミゥとの縁が切れないならそれもいいかなって」
それは私も同じだった。ずっと会いたいと思っていたけれど、不思議と今はそんな強い思いはない。熱が冷めたわけではない。ただ、あなたといられるのが幸せなんだと気付いた。
「ミゥがゲームにログインしなくなっても、私はずっとミゥを想ってるよ」
「私も、フユユさんがこれから忙しくなってもあなただけを想っています」
ジッと見つめ合って微笑む。
「ねぇ、フユユさん」
「なーに?」
「大学に入学したらあなたに会いに行きます」
他愛のない雑談のように呟いた。フユユさんは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……そっか。じゃあ約束しよ」
「……はい」
星に願うでもなく軽い口約束で済ませた。堅苦しい形式なんて必要ない。私達にはこれで十分だ。
「ミゥ。私からもお願い言ってもいい?」
「なんでも」
「私が大学に受かったらミゥと一緒に暮らしてもいい……?」
その提案を受けて特に驚きもしなかった。むしろ私から提案しようと思っていたくらい。
この先、世間でどう思われようと私達にはこの道しかないのだから。
「喜んで」
「ありが、と……」
フユユさんが少し照れるようにして俯きます。
私達は再び歩き出した。光の道は天高く伸びている。まるでそれが私達の未来を祝福しているようでした。
その後、ダンジョンも攻略しボスである星の支配者も撃破しました。もはや苦戦する要素もなく息の合った連携で完封勝利。星の頂には月が目の前にあった。私達はそこへ飛び移る。
宇宙のようなその空間が世界の果て、いいや宇宙の果てまで来たようです。
「まだ隠しマップはあるのかな?」
「いいえ。今のバージョンではこれで全てですよ」
手を繋いで月のクレーターを歩く。少しだけ無重力になっていてふわりふわりと足が浮く。
「そしておそらく……」
デバッグメニューを開いて攻略進捗を確認する。細かなデータが並べられる中、100%と表示されたプレイヤーを確認できた。
「おめでとうございます。フユユさん、あなたが一番乗りですよ」
「そっかぁ。でもこれで1つミゥとの約束を叶えられたね」
ずっと昔にしていた約束。あの頃のフユユさんはやる気もなく、私も渋々攻略に付き合う程度でした。でも気付けば私達はゲームの頂点に立っていた。
あの頃は実現なんて無理だろうと思っていた。かなり出遅れていたし、他のプレイヤーだって沢山いた。でも、それでも来れた。
願いっていうのは、本気になったら案外叶えられるのかもしれない。
だったらこの先も、この想いを忘れずにいよう。
「フユユさん。あなたは弱い人間じゃない。これからも自信を持ってください」
「ミゥも、仕事で大変になってもきっと大丈夫だよ。ずっと応援してるから」
私達は遠い惑星を眺めながら、ずっと手を握り締め合っていた。いつまでも、これからも。




