136.これは難しい……
休日
ハロウィンイベントが始まって少し経過したからか始まりの街も少し落ち着きを見せてます。それでもまだまだ人は多い。
「ミゥ~」
「フユユさん」
いつものように会って、いつものように歩き出す。もう何度目のやりとりでしょうか。
「今日で一気に進める予定。ディープシーへ行くよ」
ついに来てしまいましたか。これは気を引き締めないと。
※水の都・レインボーブリッジ※
海上に架かる長い橋梁。その道中、橋が断絶された地点にたどり着きます。テイムモンスターはフユユさんが白いイルカのバタフライドルフィンと宝石獣。私は4つのヒレがある恐竜型爬虫類リオプレウロドンと2足歩行のトカゲのリザードマン。
フユユさんと頷き合って、橋から飛び降りて海へと飛び込みます。すぐにリオプレウロドンに掴まって海の中へと潜って行く。
序盤にあったウォーターエリア以来の水中マップであり、隠しマップでも屈指の難易度を誇るディープシー。
名前の通り、ここは光の届かない深海の闇の世界だった。
冷たく澄んだ水が全身を包み込み、肌を伝う感覚がリアルに伝わってくる。
視界は暗く、薄明かりに照らされるのは不気味に揺れる藻の影だけ。
水中マップとはいえウォーターエリア同様に酸素の概念はないものの、妙な不気味さが肌を包む。フユユさんはバタフライドルフィンにしっかりと掴まって脇で宝石獣を支えてます。
私の方もリザードマンがゆっくりと後方を泳いでます。見た目に反して地味に水中適応があるんですよね。
さて、暗闇を泳いでいましたが……。
黒い影のようなものが周囲をさまよっている。私とフユユさんは息を潜めるようにテイムモンスターを停止させました。
が、それは無駄だった。視界に数十mはありそうな古代の海の王者が姿を見せる。
モササウルス。それはかつて海の支配者とも呼ばれた存在。がっしりとした筋肉質の胴体は鋭い鱗で覆われ、潮の流れに合わせてしなやかに波打つ。目はまるで死人のように白く虚ろで深海の死神とも呼べそうです。
モササウルスはこちらに気付くと勢いよく接近してきます。すぐに上昇して敵の突進を避けた。
けれどその背面にいたリザードマンが──丸のみされた。抵抗する暇もなく一瞬で消滅。まるで海の食物連鎖の残酷さを教えるかのようにモササウルスだけが残る。
「前に一度来た時も思ったけど、こいつ本当雑魚?」
フユユさんが疑問に思うのも当然です。こんな攻撃をしてくる敵は今までいなかった。このマップにはこのモササウルスが無数にいる。
ともかく対処しなくてはならない。水中なので炎魔法は使えず、雷魔法は感電して自分にもダメージが入る。なので使える魔法は限られる。
惑星魔法『シューティングスター』
隕石を落とそうとしますが、海の中というのもあって落下速度が地上よりも遅い。モササウルスは当然の如く泳いで回避してしまいます。
そしてフユユさんの所へ行く。
「ウサギ! あれだ!」
宝石獣が額の宝石をピカッと輝かせるとモササウルスはスタン状態になりました。そしてピヨピヨして動きが停止。今の内に……。
そう思ったのですが、周囲から気配が。
見渡すと別のモササウルスの群れがやって来ます。まさか今の光で?
「フユユさん、逃げましょう!」
「うっ、うん!」
水中適応モンスターがいるので距離を詰められることはない。けれど突き放すこともできない。そして、先へ進めばさらにモササウルスがやってきて……。
あ……目の前に待ち伏せされてる。大きな口を開けたモササウルスが視界に映って──
※ウォーターエリア・海底都市※
「うーん。やっぱりあいつらおかしいよ」
見事に完封されてしまってリスポーン地点まで戻されてしまいます。結局モササウルスを一匹倒すことすら不可能でした。
「あそこは特に難しいマップですからね」
「んー。でもあいつも雑魚敵扱いならテイムすればいい?」
「残念ながらできません」
「えー。そりゃ辛い」
モササウルスは中ボス扱いなのでテイムが出来ません。即死攻撃持ちなのでバランス的な意味なのでしょうが、やはりプレイヤー目線だと理不尽さが目立ちます。
「作戦が必要です」
「だねー。とりあえず宝石獣を使うのはまずそう」
「とはいえ状態異常にするのは悪くないと思います」
「うん。思ったんだけど、これ逃げに徹するより攻撃特化にして倒した方がいいかも?」
なるほど。水中適応モンスターがいると心強いですがどうしても補助的な役割になってしまいます。そこを切ってしまって攻撃に回す感じですか。
「前にミゥが使ってたバケバケいるじゃん? あの子なら即死耐性と遠距離も対応できるし良さそう」
フユユさんが宝石獣を入れ替えてシーツを被った小さなお化けモンスターを出します。マジックアローや闇魔法、そして『いたみわけ』という特技のおかげでプレイヤーが大ダメージを受けると肩代わりしてくれます。つまりモササウルスの丸のみにも対応可能。
「なら、私は火力支援用にカラフルブルームを連れていきます」
箒のモンスターを呼んでみます。味方にバフを加えられる優秀なモンスター。
「じゃあ私はこいつを連れて行く」
フユユさんが鶏を呼び出しました。なんの変哲もない見た目ですが魔界に生息するコカトリスというモンスター。視線を合わせると石化させる優秀な能力を持ってます。
「では、この編成で行きますか」
「リベンジ行くぞー」
意気込み入れて再びディープシーへ。
闇が包む水中を今度は自力で泳いで行きます。やはり水中適応モンスターがいないと遅い。モササウルスに奇襲されないように気を付けないと。
進んで行くと長い黒い影が見えます。フユユさんは魔法を構えた。
「麻痺させる。援護お願い」
「分かりました」
フユユさんが『パライズアロー』で遠くにいたモササウルスを撃ち抜きます。一発目で敵がこちらに気付く。カラフルブルームが箒の先端を赤色に染めて全員の火力をアップ。そして2匹のバケバケが闇の怨霊を使役して攻撃します。私も続くようにマジックバレットで狙い撃つ。
モササウルスは麻痺状態になって動きが一旦止まる。フユユさんも応戦しますが削り切れない。HPが高い……。おまけに麻痺の時間も短く再び接近してきます。そこに鶏が立ちふさがる。
モササウルスは石化して沈殿するように沈んでいきます。そこを更に狙い撃ちしてようやく撃破。
「ふぅ。なんとか倒せるけどこれはきついなぁ」
「とにかく慎重に行きましょう」
そこからは案外順調に攻略が進みました。フユユさんがある程度パターンを組んでくれたおかげで麻痺石化で各個撃破できます。さらに複数のモササウルスを感じた時はスキルの『インビジブル』を使ってやり過ごす。
慎重に、でも確実に前へ進んでます。
けれど異変はすぐに起きました。
まるで地鳴りでも起きたかのように水中が揺れ続けて激流が近くで発生している。そして目の前から巨大な闇が迫っている。いや、それは闇ではなく影。
それが姿を見せるとまさに緊張で震えあがりそうになります。
全長は軽く数百メートルを超え、鋭い牙が何列も重なる巨大な口は獰猛な獣の象徴。
体は深海の黒に溶け込みそうな漆黒の鱗で覆われ、所々に生物発光のような青白い光が散らばっている。その光が暗闇の中で不気味に瞬き、まるで生きたランタンの群れが動いているかのようだった。
目は異様に大きく、まばたきすることなくこちらを捉え、冷たい知性が感じられる。
ゆらりと尾を揺らしながら近づくたび、水流が周囲を激しく揺らし、圧迫感が増していった。
まさに深海の支配者、その存在感は圧倒的で、恐怖と畏敬が入り混じった感情がこみあげる。
これこそがまさしくレインボーブリッジの橋を破壊した主であり、ディープシーのボスでもある深海の主。
「えっ……中間地点まで来てないのにボス……!?」
ディープシーという特殊な環境のため安置エリアもダンジョンも存在しておらず、常にボスが徘徊しています。ジュラシックワールドのティラノサウルスと同じタイプ。つまりエリアそのものがボス部屋でもあります。
深海の主は濁った眼でこちらを捉えると口を開けた。それはまさにブラックホールと呼ぶにふさわしく、モササウルスがかわいく思えるほどでした。泳いで逃げ切るのは不可能。
フユユさんと仲良く飲み込まれますが視界が暗転して主の背後に浮かんでいました。おそらくバケバケのいたみわけが発動したのでしょう。ただ、今の攻撃でテイムモンスターは全滅……。
深海の主は真っすぐ泳いでいますが、それだけで周囲の流れを荒ぶらせるほど。とにかく魔法を使う。
状態魔法『パライズアロー』
フユユさんも同じ考えらしく同時に放つ。すると深海の主は一瞬動きを止めた。そう、一瞬だけ。申し訳程度の麻痺は何の意味もなさず、その巨大魚が旋回してこちらに振り返る。
「こりゃあダメだ」
「いい感じだったんですけどね」
深海の主が再び口を開ける。そしてフユユさんと仲良くまたしても魚の餌になってしまった。




