133.もう迷わない
フユユさんと学生ごっこを一通り楽しんだあと、再び攻略に戻ります。3階の廊下を歩いていると少し空気が変わった。
『……くす……くすくす……』
耳元に纏わりつくような不気味な少女の笑い声が聞こえる。周囲を見渡しても何かがいる気配はない。
「あれ……」
フユユさんが廊下の先を指さします。その先に薄っすらと白いセーラー服を着た少女が立っていました。手足が消えかかっていて、目も前髪で隠れています。少女は次第に姿が消えたり映ったりを繰り返します。
そして、次に映った時は廊下を走っていました。足音が聞こえない代わりにやはり耳元で『くすくす』と笑うばかり。
「またギミック……ミゥ、行こう」
「そうですね……」
フユユさんと一緒に少女を追います。少女は階段を下りて行ったので後に続く。けれど踊り場付近で少女の姿はふっと消えた。
そのまま2階まで来ましたが少女の姿はなく、そして……。
「あれ……? 外真っ暗?」
いつの間にか夕焼けだった空は漆黒に包まれ、グラウンドや校庭すらも見えないくらい真っ黒になっています。フユユさんが窓を開けようとしますがびくともしてません。
メニュー画面が勝手に起動する。
【夜明けまで残り29:57.30】
タイマーがセットされて秒が刻まれていく。同時にアイテムやスキル、魔法などが全て禁止されていた。さらにHPも少しずつ減っていってる。おそらくタイマー=HP残量を示しているのでしょう。つまり時間切れは死を意味する。
「まさか……ボス……?」
静かに頷いて教えます。バグワールドのボス、幽霊少女。異質なマップなだけあって、ボスも異質。私達は今、学校という箱庭に閉じ込められた。
『……くすくす……くすくす……』
また少女の笑い声が聞こえる。まるで私達の状況を楽しんでるように。
「魔法やスキルが使えないならこれも謎解き系のボスかな」
機械の街のボスのような感じですね。とはいえここは隠しダンジョンなのであちらよりも難易度は格段に上です。
「とにかく動かないと」
そう言うと、フユユさんは廊下を走りながら教室を1つずつ確認していきます。けれど少女の姿はどこにもない。頭に響く不気味な笑い声。2階の教室を全て調べて行くも全て手がかりなし。
時間だけが刻一刻と減って行く。
フユユさんは足を止めた。
「闇雲に探しても時間が足りない……ヒントはきっとどこかに……」
するとフユユさんはハッとしました。
「声だ……!」
思わず拍手を送りたい所です。ずっと耳に響く少女の笑い声。一見ホラー演出のようにも思えますがよく聞くと場所によって声の大きさが変わります。つまり声が大きくなると彼女に近付くということ。
フユユさんが動き出しました。そして一階へと下りて更に耳を澄ませています。
「ここ、かな」
ガラガラと戸を開けるとそこは保健室でした。ベッドが並んで棚には医療道具が陳列してあります。中央付近に机があって、そこに置かれた本が光っていました。
フユユさんが手に取りそれを入手しました。
『……くすくす……もっと遊んで……』
声がする。どうやら次のフェーズへ行こうしたようです。
保健室にはもう用がないので出ようとしました。けれどフユユさんは足を止めたままです。さきほど手に入れた本を読んでいるようです。
「……日記……」
それは幽霊少女の記録した日記。内容はうろ覚えですが、確か病気だった少女がまともに学校生活を送れず、その内容を綴っていたと思います。保健室にあったのも、彼女はずっと授業を受けるのも困難でよく保健室にいたから。
フユユさんは静かにその内容を目を通すと本をパタンと閉じました。
「ミゥ、行こう」
「はい」
フユユさんに続きます。声と言う仕掛けに気付いたようでフユユさんの足に迷いがなくなった。そして3階にある図書館へとやって来る。無数の本棚が置かれて、まるで迷路のようになっています。
『……くすくす……見つけて……』
声の大きさが変わらない。ここからは自力で探すしかない。
「私はこっち探す」
「では私はこちらを」
フユユさんと別れて本棚の間をいくつも探し回ります。けれどそれらしいものは一向に見つからず数分は経過する。時間はもう10分を切ってる。
「そちらにはありましたか?」
丁度フユユさんの後ろ姿が見えたので声をかけてみます。返答がなく、また日記を手にして中身を見てました。
「フユユさん……?」
近くに行くと我に返って本を閉じてました。
「あっ、ごめん! 見つけたよ!」
どこかぎこちない笑顔で本を見せてくれます。どう声をかけるべきか分からず、フユユさんが図書館を後にしたので続くしかありません。
「なんかね、似てるなって思って」
廊下を歩いているとフユユさんがポツリと呟きます。
「その子とですか?」
フユユさんが頷く。
「病気で学校にもあんまり行けないとか、学校行事にも参加できないとか、青春への葛藤とか。まるで今の自分を見せられてるようだった」
ただの偶然でしょうが、それでもフユユさんにとっては重いメッセージだったのかもしれない。
「私は自分の意思で行かなくなったけど、もしも終わりの時間すらも決められていたらこんな風に感じてたのかなって」
「フユユさん……」
「大丈夫。私にはミゥがいるから」
顔をあげて前を向く彼女を見て、それが虚栄心なのかもって思ったけれど、でもきっと本心なのでしょう。過去よりも未来を向くと決めたのだったら、どんな試練だって乗り越えるつもりなのでしょう。やはりあなたは強い人です。
2階へ来てまた廊下を歩いていきます。そして角の方にある部屋へと足を運ぶ。大きなグランドピアノが置いてあり、誰も座っていないのに音が奏でられている。
『~♪~♪~』
少女の鼻歌が聞こえる。小鳥のようなさえずりにも似て、まるで明日への希望を歌うように。ピアノへ近づくと声が次第に聞こえなくなっていき、ピアノの音すらも消える。残された楽譜がそっと光っていました。手に取るとログが出現。タイトルは
『翼をください』
私達は音楽室を後にした。気付けば少女の笑い声は聞こえなくなっていました。ヒントはもうない。そして時間は5分を切っている。
「場所は分かるよ」
フユユさんは迷いなく歩き出した。そして3階へ。幽霊少女の日記を読んでいたので答えが分かったのでしょう。その記録には少女が何年生なのかしっかりと記されている。
【3-1】
再びここへ戻って来ました。少女の学園がここに。フユユさんは戸を開けようとしましたが何故か開かない。まるで心の鍵を閉められたように。
「まさか何か取り忘れて……いや、違う。あれだ……!」
思い出したようにメニュー画面を開いてます。アイテムの使用は禁止されていますが1つだけ『×』にされていないものがある。
【秘密の鍵】
バグワールドのマップのUFOキャッチャーで入手したアイテム。それこそが最後の鍵。
フユユさんはそれを使って教室を開けた。
中は相変わらず静かで誰の姿もない。奥まで進むと黒板に白い文字が書かれていった。
【私を見つけてくれてありがとう】
プレイヤーに向けたメッセージ。フユユさんが教壇へあがってチョークを手に取った。
【私も同じだから。でももう1人じゃないよ】
少女の文字の下に書かれた少しぎこちない文字。
【あなたは卒業してね】
驚きました。フユユさんの文字に反応した?
【私も卒業できない。でも未来へ歩いて行く】
その言葉には強い意志を感じられる。
【あなたの……あなたたちの未来に祝福を願います】
そのメッセージを最後に教壇がキラキラと輝いて少女のそれは光の粒子になって消え去りました。気付けば黒かった外は朝日に包まれて校庭やグラウンドが見えるようになってます。どこからか雀の鳴き声もする。
フユユさんはじっと少女が消えた所を見つめていました。けど静かにチョークを置くとこちらへ振り返ります。
「ミゥ。私はもう迷わないから」
「はい。共に歩みましょう」
暗い道でも、きっと夜は明ける。私達ならきっと乗り越えられる。そう信じています。




