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131.未来の為

 日の出に近い時間にガールズオンラインにログインする。酒の飲み過ぎで二日酔いの影響も少しあるけど、あの子の痛みに比べたらかわいいもの。


 広場に来ると即座にメニュー画面を開いて警戒態勢。と思ったけれど今日はやけに静かです。プレイヤーが誰一人いない。いくら朝早いとはいえ祝日、そんなことあり得るのでしょうか。


 周囲を見渡していると茶髪でコートのプレイヤーが私の方に歩いてきます。


「ミネ」


「ちゃんとログインしたようで感心」


「この状況はあなたの仕業ですか?」


「正確にはナツキだけど。有名配信者の力ってすごいね。広場にいたプレイヤーもナツキの一声で一緒に攻略に行ったよ」


 つまりナツキさんが私に気を遣って……。昨日の配信も見ましたがナツキさんには感謝しないといけません。


「じゃ、姉さんが逃げずに来たみたいだし、私も退散するよ」


 ミネが背中を見せて手をあげ、歩いていきます。


 そういえば電話であの子は……。


 言わないと。


「ミネ、ありがとう。今でもあなたが好きです。私の大事な妹」


 するとミネの足が止まった。


「……っ! 絶対フユユを泣かせないでよ。何かあったら許さないから!」


 ミネが走り去って行く。声を震わせていたような気もしますが……。


 ともかく、フユユさんを待とう。ベンチに座ります。いつもあの子が座っていた場所。

 懐かしく、どこか思い出のあるベンチ。私達はいつもここから始まる。


 メニュー画面を開いて時間を確認する。ゆっくりと秒が刻まれていく。あの子は果たして来るのでしょうか。ナツキさんから絶対に来るとメッセージがきていましたが。


 そわそわする。落ち着かない。心臓の鼓動が早くなってる気がする。緊張、してるのでしょうか。あの子に会ったら真っ先に謝罪する。それで理由を説明して……。


 時間を何度も確認する。1分経過するのも遅く感じられる。

 深呼吸して、落ち着いて……。


 また時間を確認する。10秒も経ってない……。ダメだ、落ち着かない……。




 ──────!




 時間が止まった気がした。目の前に長い銀髪姿の制服少女が立っていて、思わずベンチから立ち上がる。その少女はクルリと振り返って私の方を見た。


 不意に視線が重なる。



 ──言わなきゃ



 そう思ってたはずなのに謝罪の言葉がどこかへ置き去りにされたみたいに喉から出て来ない。

 少し手が震えてる。足が半歩下がった。



 ──ダメ



 逃げるな。逃げちゃいけない。ここで逃げたら私は一生前へ進めなくなる。

 小さく拳を握って一歩前へ進んだ。


 あの子も前に進んだ。今、気付いたけどこの子の手も震えてる……?



 ──ああ、きっとこの子も同じだったんだ。だから私は。



「「あのっ!」」


 謝ろうと声を出したらなぜか言葉が重なる。


 少しだけ気まずい空気になったけど、次第に固くなった緊張が解けた気がした。


「フユユさん、ごめんなさい!」


「ミゥっ、ごめん!」


 頭を下げて謝罪したのに、また言葉が重なった。どうして私達って……。


 違うな。変わったって私が決めつけてただけで、最初から何も変わってなんかいなかった。

 フユユさんはフユユさんだ。私の理想を押し付けて、妄想の中のフユユさんだけを見てた。


 顔を上げた。そしたら、フユユさんは微笑んでました。私も自然と口元が緩んだ。


「話したいことがあるんです。あそこに座りませんか?」


「うん」


 広場の隅にポツンと置かれたベンチ。そこに私とフユユさんが並ぶように座る。朝日のように眩しい光がVRの世界を照らす。相変わらずプレイヤーはいなくて妙に静かです。


「こうして一緒に座るのも久しぶりですね」


「……そうだね。昔、休みの日にミゥと一緒にずっと座ってたよね」


 懐かしい。お互いなんのやる気もなく、ただずっとベンチに座って1日を過ごした。使命も目的もなく、ただ暇を持て余して、時々会話を紡いで。


 今も、そんな空気が流れてる気がする。何を話そうか。なんて決まってるけど。


「……私、置いて行かれるんじゃないかって不安になってたんです。フユユさんと離れ離れになったら、もう私が必要なくなるんじゃないかって。ゲームでもリアルでも。だからあんな酷いことを言ってしまいました。本当に、ごめんなさい」


「ううん。私、ミゥに甘えすぎてるって思ってた。引きこもりで何もなかった私にミゥが生き方を教えてくれたから、せめて迷惑にならないように普通になろうって思ってた。だから何でもない振りしてミゥの負担にならないようにって思って。でもミゥの気持ち何も考えてなかった。ごめんね……」


 そうだったんだ……。この子はずっと深い闇に包まれていたのに、それを私は……。

 ずっと仲良くできてるって思ってたけれど、結局深い部分は何一つ分かり合えてなかったのかもしれない。


 静寂が流れてただ前を向いて座っている。前ならこの子が何を考えているのかは分かった気がしていたけれど、今はよく分からない。


 でもそれでいいんだと思う。なんでも分かる関係なんてそれこそ仮初の関係でしかないって今回の件で分かった。分からないなら聞こう。知りたいなら尋ねよう。1人で悩んでも結局答えなんて出ないのだから。


「異動の件、おそらくどうにもできないと思います」


「……うん」


「たとえこの世界から離れたとしても私はフユユさんを想ってます。ずっと」


「……私も、ミゥのことだけ考えてるよ。たとえ会える時間が減ったとしても、大学に行ったとしても、この気持ちは変わらない。変えたくない」


 その言葉だけで私の中の氷が解けた気がした。


「ねぇ、ミゥ」


「なんですか?」


「前に私がミゥを果てまで連れて行くって約束したよね」


 ずっと昔にしてくれた小さな約束。あの約束があったから私達はここにいるのかもしれない。


「異動までまだ時間があるでしょ? だから、ミゥを必ず連れて行く」


 フユユさんがベンチから立ち上がって手を差し出してきました。


 果てに行くというのは、ただのゲームのクリアを意味するわけじゃない。

 私達にとってその約束は1つの通過点になる。きっとこの約束が私達を前に進めてくれる。


 座ったまま彼女の手を取りました。軽く引っ張ってくれて少しバランスが崩れそうになりながらも立ち上がる。


 いつも私を引っ張ってくれるのはあなただけ。


「行きましょう。私達の人生のために」


 この先、不安な気持ちが出るかもしれない。それでもあなたの笑顔の為なら私は何度でも立ち上がりましょう。


 明るい未来のために。

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