128.待って……そんなんじゃ……!
休日
いつも通り、何事もなくガールズオンラインにログインした。でも心のモヤは未だに残ったまま。
「今日も攻略がんばろー」
「そうですね」
前を向いて歩いてるフユユさんがいつの間にか私を追い越したように見えてその顔を直視できない。今は、彼女に付いて行くことだけ考えよう。余計なことは考えるな。
※モンスターパーク※
遊園地のエリアにやって来ました。休みというのもあって、後半エリアにしてはプレイヤーが多く賑わっています。そして私達に気付いたプレイヤーがざわざわと騒ぎ出す。有名人になるのも考え物ですね。フユユさんが私の腕を掴んだ。
「急ごう」
フユユさんが急かすように走り出す。まるで立ち止まってる私の心を引っ張るように。
目指した先は観覧車。物見遊山で乗ってるプレイヤーも多い。ゆっくり時計回りに浮上していくゴンドラの中に1つだけ錆びたものがある。フユユさんがハイジャンプを使ってそのゴンドラに無理して乗った。私はただ引っ張られるままにそこへ着地する。
「ギリギリセーフ!」
無邪気に笑うその顔がやっぱりどこか寂しい。どうしてこの子は平気な顔をしていられるの? それが分からない。
「そうだー。久しぶりにメイド服着よー」
ゴンドラの中でフユユさんが衣装チェンジします。いつ見ても素敵な銀髪メイド服。なのにぎこちない笑顔しか出せない。私も服を着替えた。女Tシャツのままだったので、男装服に着替えて全身を黒く染める。黒のキャスケットも被って、頭にグラサンをかける。
「おー。イケメンだ」
「惚れましたか?」
「もう惚れてるんだよね」
本当は心の中を覗かれたくないから黒くしただけ。でも軽いやりとりはいつも通りにして誤魔化した。ゴンドラが上に進むと不意に視界が暗転する。
※バグワールド※
白く霞んだ空。薄暗いグレーのビル群。歪な角度で建つ標識。地面にはヒビが走っていて、遠くには電車の高架が見える。遠くで踏切の音が静かに聞こえる。でも電車は来ない。人の気配も、風の音もない。ただ、妙にリアルな、静かな現代の街が、目の前に広がっていた。
何より目を引くのが宙に不自然に浮いてる看板。街灯の光が妙に歪んでいる。横断歩道が空へと向かっている。逆さまに建てられているマンション。どこか歪な世界。
視界の隅にミニマップが表示されているが、地点情報はすべて「???」。ログにはエラーの羅列。座標も表示されているのに、移動しても座標が変わらない。
「……変なマップ」
フユユさんが呟く。意図的にバグが起きてるように見えてるマップ。それがバグワールド。
道路を歩いて行きますが敵は全くいません。まるでデバッグ途中のエリアのように。
宙に浮いてる看板を見てフユユさんが足を止める。
【おすすめコンビニ】
【今日のバナナはコンビニです!この先500km先!】
明らかに文脈が間違ったメッセージが表示される。そして矢印が表示されるもなぜかクルクル回って方向を指示する気がありません。
商店街を歩いているとお店のガラスケースの中にテレビがいくつも並んでいますが、どれもザーッとノイズ音を鳴らすだけで黒い画面の状態。道路にはUFOキャッチャーが放置されてピコピコ音を鳴らしている。NPCらしき人とすれ違う。
『この先一方通行だよ』
そう言って壁に向かって歩いたと思ったら空中へ歩いて行く。リアルな世界なのにどこかリアルじゃない。奇妙な世界。
「うーん。敵もいないし謎解きマップなのかなぁ」
フユユさんは商店街を歩いていきます。交差点の真ん中に公園があって、滑り台が宙に浮いてクルクル回転してます。
フユユさんはハイジャンプを使って滑り台に乗り移りました。何も起きませんが。
「ミゥ見て見てー」
健気に手を振ってるその姿が痛ましい。この子は本当に何も感じていないのでしょうか。
確認する勇気もなく、私達は先に進んだ。
住宅街の団地に入って、そこを抜けるとその先に見覚えのある店が目に入る。
ザーッと砂嵐を鳴らし続けるテレビが並んだ店。先には交差点にある公園。
「あれ、戻ってきた?」
「ですね」
「うーん。やっぱり謎解きかー」
フユユさんが立ち止まって考え込む。テレビを覗き込んだりおかしな所がないか調べたり。
なのに私の頭はそんなことよりも異動で一杯だった。どうしてそんな風に振る舞えるの?
なんでいつも通りでいられるの?
まるで私の手から離れてどこまでも先へ行ってしまったよう。
違う。この子はいつだって前を見続けている。引きこもりも克服してプレイヤーとも話せるようになって、人気になって、勉強も頑張って……。
この先、この子が大学生になったらどうなるんだろう。私の知らない人と仲良くなるんだろうか。ナツキさんみたいに配信をすれば人気者にだってなれる。もう孤独で1人だったフユユという人物はいない。
それに比べて私はどうですか?
異動して配属先が変わっても淡々と1人で仕事をし続ける。この先、フユユさんが笑顔で大学生活や友達のことを話すようになったら?
ああ……どうしてこんなにも胸が苦しいのでしょうか。未来を歩いて彼女を祝福してあげないといけないのに。頑張ったねって褒めてあげないといけないのに。
本当に孤独だったのは私だった。
もうこの子には私の力は必要ない。私がいなくても前へ歩けるのでしょう。だから異動を聞いても平気だった。
「ミゥ?」
いつの間にかフユユさんが目の前に立ってて顔を覗いていました。
「大丈夫? なんか今日はあんまり喋らないね。お疲れだったり?」
「理由なんて分かり切ってるはずでしょう。むしろ私からしたらフユユさんがいつも通りすぎて怖いですよ。私が異動になっても平気なんですか?」
するとフユユさんは目を丸くさせてすぐに悲しそうな顔をした。すぐにハッとする。考えすぎて感情が口に出た。
「違うよ……でもどうしようもないし……」
「私があれだけ尽くしたのに。私はあなたがいないとダメなのに。あなたにとって私なんてその程度だったんですね。タイミングがよかったって言ったのも他に好きな人ができたからなのでは?」
また、勝手に言葉が出た。私は何を言ってるんですか? 自分でも訳が分からない。
フユユさんを見た。彼女は今にも泣きそうな顔をしてた。
そこでようやく自分の愚かさに気付いてしまった。
「ちっ、ちが……私は……」
謝らなくちゃ……。謝らないといけないのに……。
どうして私の足は勝手に走り出してるの。逃げたらダメなのに。
こんなの大人じゃない。課長にも冷静になれって言われたじゃない。
私はダメな大人だ。フユユさんの恋人失格だ……。
いつの間にか街並みが変わっていた。駅前近くになっていて、振り返るとフユユさんの姿も見当たらない。踏切の音だけが耳障りのように響く。
♪♪♪
メールが届く。宛先はフユユさんだった。
内容を見ようと手を伸ばす。のに、手が震える。見るのが怖かった。あんな酷い事言った矢先、別れ話だったら? 本当に別の恋人がいるって告白されたら?
結局メールを見る勇気が出なかった。あの子はあんなに成長していたのに、私は何1つ成長できていなかった。ミネの時と何も変わってない。本当に馬鹿だ。私は馬鹿だ。
メニュー画面を開く。
『ログアウトしますか?』
はい、と手を伸ばす。
光の粒子に包まれた時、一滴の雫が落ちた気がした──




