127.心はずっと一緒だよね……?
翌朝、会社へ出社。いつものように鞄を置いていつものように別室へ移動する。廊下を歩いていると赤神課長とばったり遭遇した。
「おはよう。仕事は順調そうか?」
「ようやく終わりの目処が立ってきた所ですね。プレイヤーも増えているので早々に退散したいところです」
「はは。確かにこんなに賑わうなんて想像もしなかったな。大成功って所だろう。そしてそんな雨宮に朗報だ。もうすぐデバッグしなくて済むようになるぞ」
デバッグしなくて済む? 心の奥底で妙な胸騒ぎがした。
「どういうことですか?」
「実は近い内にガールズオンラインの運営を別会社に委託する方向になったんだ。その会社は女性の社員も多いそうだから、デバッグの件も任せるようになってな。だから雨宮は別のプロジェクトに入ってもらう予定だ」
え……え? 委託? 別プロジェクト? これってまさかの異動……?
いやいや、そんな。
言葉が詰まって何も出て来ない。頭が考えるのを拒絶してる。
何もかもが急過ぎて理解が追い付かない。
「引継ぎや細かい調整もあるから異動はまだ先だろうがな。ただそういう方向で話が進んでるというのは覚えておいて欲しい」
課長が淡々と話を進めていく。ダメだ、ここで黙って聞いているだけだと全てが終わってしまう。言わないと……!
「課長。最初にお伝えしましたがデバッグはもうすぐ完了します。ですから委託せずとも私が最後まで完遂させます。問題はありません」
課長は珍しく怪訝な顔をしましたが、すぐに平静に戻っていました。
「正直な所、雨宮みたいな優秀なSEはデバッグよりもこっちに入って欲しいんだ。それに元々は雨宮も今のプロジェクトに参加してもらう予定だったがこっちのミスで今の仕事を任せているからそれで予定よりも遅れてるんだ」
そんな……。いや、まだ希望はある。あれを伝えれば……。けどあれを告白すればフユユさんとの関係も公になってしまう。そんなの……。
「どうした? なにかまだあるか?」
私が黙っていると課長が歩いて行こうとする。このままだと全てが終わってしまう。言うな、言っちゃダメだ。でも、言わないともう戻れなくなる。言うしかない……!
「課長! 私を異動させたらガールズオンラインの人気が低迷しますよ」
「なに?」
「巷で有名になってるミゥというプレイヤー。あれは……私です」
そう言うと課長が絶句していました。
「だから私を異動させたら今の流行も一気に廃れるでしょう。それでもいいんですか?」
こんな脅し文句みたいなやり方、社会人としてやっていいはずがない。でも、それでも私はあの子との日常を守りたい。
「……知っていたよ。あのプレイヤーが雨宮だって」
「え?」
「あの配信者のアーカイブを見たら、前の初心者イベントで先導していただろう?」
あの時……。迂闊でした。ここでまた配信が仇になってしまうなんて……。
「知っているなら尚更私を異動させるべきではありません」
「雨宮、厳しい事を言うがお前は自分が何をしていたか自覚した方がいい。俺は彼女との関係について何か言うつもりはない。だが雨宮の仕事中の記録を調べて万が一そういう事が発覚すればお前自身の立場が危ういぞ」
その言葉に何も言い返せない。私は仕事中に一体どれだけあの子と絡んでいたでしょうか……。
「確かに雨宮を異動させるとガールズオンラインの人気が落ちるかもしれない。だがこのまま雨宮がデバッグの仕事を続けていれば、いつか上層部に記録が目に入る方が危険だろう。この異動はむしろお前の為でもある」
課長は私を断罪するつもりはなく、手を施してくれている。なのに、私の頭の中はあの子のことで一杯だ。その救済を素直に受け取れない。ただ、黙っているしかなかった。
「ともかく今の雨宮は冷静じゃない。一度頭を冷やしてよく考えるんだ」
そう言って課長は廊下を去って行った。
頭の中は真っ白になって、ただ現状を受け入れるしか私にはできなかった。
※ガールズオンライン・秩序の世界・安息の狭間※
ログインしたら相変わらずプレイヤーが広場にいたのでさっさとワープして移動します。フユユさんと落ち合っていた秩序の世界の安置エリアに到着。整然とベンチをいくつも並べられた何とも無機質な場所。まるで今の私の心を表してるよう。
フユユさんは灰色のベンチに座って画面をポチポチしてました。
私に気付くと笑顔を見せてくれましたが、すぐに表情が曇ってしまいます。今の私の顔がよほど暗かったのでしょう。
「ミゥ、なにかあった……?」
「フユユさん、落ち着いて聞いて欲しいんです」
言わなくちゃいけない。でも言ったらこの子がどんな反応をするか何て明白だ。
胸が、苦しい。心が痛む。どうしてうまく行ってた矢先にこんなことが起こるんだろう。
「ミゥ、辛い事あった? 大丈夫?」
本気で心配してくれています。こんな優しい子に現実を突き付ける覚悟がない。でもこのまま黙ってその日になって告白するのはもっと辛い……。
勇気を振り絞れ。
「私、異動することになったんです」
ポツリと呟いた。無力で力無く、覇気すらない。
「異動……?」
「ガールズオンラインを別会社に委託するそうです。それでデバッグの件もその会社に任せるそうで……。だから私はここを……」
最後まで言おうとして言葉が詰まる。言いたくない。離れたくない。それがただ辛い。
「そうだったんだ。社会人も大変だね」
……?
フユユさんが思ったより普通な態度を見せていました。私の聞き間違いでしょうか。
「あの、異動になったら平日はログインできなくなって、それで……」
「でも休日は会えるでしょ?」
「えぇ、まぁ」
あれ……私が異動になっても驚いていない……?
「だったら大丈夫だよ。前にミゥ言ってたでしょ。デバッグ終わったら次の仕事あるって。それが少し早くなっただけだよ」
「そう、ですが」
「それに私も大学受験あるから勉強しないといけないし、平日ログインできなくなるかもって言おうと思ってたから、タイミングよかったかも」
あれ、フユユさんってこんな性格だったっけ……?
異動を聞いたらもっと動揺して、慌てて、私がいないと困るって泣くと思って……。
だから私と同じ気持ちだって、そう思ってたのに。
「寂しくなったら通話もできるし、きっと大丈夫だよ」
こんなの、私の知ってるフユユさんじゃない。
いや、もしかして前に進めてなかったのは私の方……?
分からない。なにも分からない。心の中にある不安の種だけがどんどん大きくなっていく。
なのに、何も言えなかった。弱さを見せたら、きっと崩れてしまう気がして。だから私はまた、笑うしかなかった。




