126.愛ってなんだろうね
翌日
広場にログインしたのと同時に即座にメニュー画面を展開して転送ワープします。視界には無数のプレイヤーがいましたがこちらに気付く間も視界が切り替わる。
摩天楼都市の中間エリア、無尽モール
自販機が無駄に多く並んでる静寂の場所。電灯が仄かに照らし、歩くたびに靴音が反響する。
そこのベンチに1人の銀髪少女が座っていました。
「ミゥ、おはよー」
「フユユさん、おはようございます」
軽く手をあげて挨拶を終えました。ナツキさんの配信がバズった影響か、ガールズオンラインの人口がさらに増えて、おまけに私達目当てのプレイヤーも現れてます。そのせいで最初の街でのんびりもできないのでログインしたら次のデバッグ先で待ち合わせしようと約束しましたが、正解でしたね。ここは隠しマップなので新規の人が来るには一朝一夕では無理でしょう。
「せっかくこのゲームでは平和でいられると思ったのに……」
フユユさんが項垂れて呟いてます。そういえばリリース当初はやる気なくてまったりしてましたね。ある意味それだけ注目されるだけの実力がある証拠ですが。
「流行なんて一過性に過ぎませんよ。放っておけばその内収まるでしょう」
「ミゥは大人だよね。こんなに騒がれてるのにいつも通りだし」
「誰かさんのおかげで絡まれるのに鍛えられましたから」
「だっ、誰のことかなー?」
視線を逸らしてるあたり、申し訳ない気持ちはあったのでしょうか。今となってはそれもいい思い出ですけれど。
「ねぇ、ミゥ」
急にフユユさんが声色を変えて話しかけてきたので思わず振り返りました。
どこか真剣な目をしていて、足を止めます。
「なんですか?」
「昨日の夜、SNS見てたんだけどさ。何か色々言われてるの目に入ったんだ。カップルや百合とか……」
あんな配信なのでそう思われるのも致し方ないというか、事実なので反論できないというか。どの道、いつかは知られる運命なので今更な所もあります。けれどフユユさんの表情はどこか固かった。
「けど、それと同じくらいこんなことも言われてた。どうせ百合営業、媚びてるだけ、リアルだと別の恋人がいるって」
そう語るフユユさんの表情はいつもと変わらなかった。なのに、その淡々とした言葉が私の胸に突き刺さる。
「ただのアンチですよ。気にする必要はありません」
「うん。分かってる。でもね、それ見て気付いたんだ。私達の関係って外からそういう風に見えてるのかなって」
ただの嫉妬や輩、炎上目的の人だろうけど、きっとこの子が言いたいのは違う。もっと深くて、重くて──
「ねぇ、ミゥ。女が女を好きになるっておかしいの?」
ずっと引きこもって、世間から隔絶されて、常識なんて置き去りにしたこの子にどう説明するべきなのだろうか。
少しズレてると言うべきなのか。そんな一般論でこの子は納得するのでしょうか。
或いはこの子も気付いて問いかけているのでしょうか。今の私にこの子を納得させられる答えを持ち合わせていなかった。
「もしさ、リアルで会って好き合って、それを他の人が見たらどう思うんだろう。手を繋いで歩いてるだけで変って思うのかな」
「……中にはそう感じる人もいるでしょう。昨今では受け入れつつありますが、それでも同性愛について偏見を持つ人も多いと思います。けれど、これだけは言わせてください。周りが何を言おうと、どう感じようと、私はフユユさんを愛しています。何があってもそばにいます。あなたを1人にはさせません」
自分に言い聞かせるように強く言う。私もこの先どうなっていくか分からない。分からないけれど、あなたがいるならきっと乗り越えられるって信じてます。
フユユさんは静かに笑った。
「私も、同じ気持ちだよ。だからミゥを馬鹿にする人がいたら、私は全力でミゥを守るから」
その言葉が私の胸のモヤを落としてくれる。甘く、優しく、それに依存したくなるような囁き。
「よし。スッキリしたしデバッグしよー。隠しマップだから死なないように注意しないとね。特にミゥは」
「最後の一言は余計です」
フユユさんは先を歩いていく。けれど私の足取りはどこか重い。
この子は私を守るって言ってくれた。きっとその言葉に嘘偽りはない。なのに私は言えなかった。もしもこの先、世間から冷たい眼差しを向けられたら、私はフユユさんを守れるのでしょうか。愛して、そばにいるだけで何を守れるというのか……。
この子に言われて私も気付いた。自分たちの道が、世間のまなざしからは外れているということに。
この心のモヤはなんだろう。
分からない。
答えが出ないまま、無人モールを後にした。