124.これってソロで倒せるのかな?
※竜の渓谷・奈落の底※
視界の果てにまで続く漆黒の淵。その外壁を歩いた先に黒い吹き溜まりのような広大な足場に到着しました。奈落の底に相応しい禍々しい所です。けれど悠長にしてる暇はない。吹き荒れる熱気が大気を覆う。
「全員リザードマンの所に集まって!」
危機的状況に直感したようで判断が早い。
──来る
闇が覆う天井が真っ赤に染まり、次第に巨大な黒い影が飛来する。空気が破裂する音とともに、地を穿つような轟音と爆風が吹き荒れ、地面が砕け散る。同時に視界が真っ赤な炎で包まれる。
即座にリザードマンが反応して頭上に大きな障壁を生み出した。特技、クイックガード。
おかげで灼熱ブレスは障壁に阻まれて飛び散って行く。
「やっぱこいつ有能だなー」
「姉さん知ってたでしょ?」
まぁ、はい。だから選んだんですけどね。開幕全滅なんて嫌ですし。
「……来るよ」
フユユさんが合図します。それは目の前に姿を見せました。
爪、角、鱗……それらは竜と呼ぶにはあまりに異形で、禍々しい。
黒曜石を砕いて繋ぎ合わせたような外殻。深く裂けた顔面には、眼球という器官が存在しない。その代わり幾重にも走る発光痕がまるで灼けた傷跡のように赤く灯っている。翼は焼け焦げたレースのカーテンのように穴だらけ、胸部には第三の目を思わせる何かがありますが今はまだ閉じたまま。
ダンジョンボス、古の黒竜
黒竜は足を地面に置いて四足歩行状態となります。その大きさはこちらがアリにでもなっかのように圧巻。
「まずはバフを」
ミネが相棒のカラフルブルームに指示をして、箒の先端が赤色の絵具で染まります。全員に攻撃バフ。バフが入ると即座にフユユさんが駆け出し、ナツキさんはサラマンダーに乗って飛びます。
「ミネ。サポートとヘイト管理は私がしましょう」
「へー。責任重大だけど姉さんにできるの?」
ニヤニヤ聞いて来るのこんな時でも余裕を崩さないのは尊敬しますよ。
「あれを前線で相手するのはちょっと厳しいですね。それにリザードマンもいるので私が適任です」
「そ。じゃあ私も行こうかな。頼んだよ、指揮官様?」
ミネにブレイブハートで更にバフをかけて見守ります。
さらにスキルを発動する。『ヘイトチェイン』
赤い眼のようなものが出現し、黒竜の頭がこちらを向く。そして巨大な前足を叩きつけてきます。リザードマンがシールドを展開します。が、威力が高いのか即座にヒビが入る。けれど一瞬でも動きを止められたらステップで回避できる。
シールドが割れてリザードマンが深手を負いますがヒールで回復してあげましょう。黒竜は今の攻撃だけで既に3人から集中狙いされてます。フユユさんは何か背中に乗って柔らかそうな部位を狙って魔法剣で攻撃しつつ宝石獣も加勢してます。ミネは後ろ足に回り込んでマジックバレットで集中砲火、ナツキさんは上空から雷魔法サンダーボルトで雷を落とし、加えサラマンダーのブレス。
なんというかこの面子が手慣れ過ぎてHPがすごく削れて……ませんね。やはり竜なだけあって高い。
黒竜は翼を広げて飛翔へ移行。フユユさんは飛び降りずに攻撃を続けています。なんと無謀な……。
「おい、フユユ! 無茶すんなって!」
ナツキさんからも注意されてます。
「へーき。だって後ろにミゥがいる」
……聞こえてますよ。嬉しいですけど。
黒竜が羽ばたいて飛び上がる。口から灼熱のブレスを放ちます。狙われるのは当然私。
けれどブレスならリザードマンが対処してくれます。この隙に状態魔法『ポイズンアロー』を放つ。魔法の毒矢を数発命中させて毒状態に。
黒竜は飛翔したまま旋回……フユユさんが振り落とされた!
あの高さはまずい。ナツキさんが助けに行くにも間に合わない。
届いて『落下制御』!
フユユさんが地面に着地してダメージは何とか抑えられました。ほっ。
「やっぱミゥは頼りになる~」
「危ない真似はやめてください」
「なくても猫の指輪装備してるから死ななかったと思うけど」
フユユさんが薬指を見せてきます。そういえばそんな指輪持ってましたね……。
お喋りしてる間に黒竜が急接近してます。やはり私が狙われている。しかもブレスではなく突進なのでリザードンで防ぐのは難しそう。だったら。
黒竜が眼前に迫る。まるでスローモーション。
今だ。『ハイジャンプ』!
タイミングよく天高く跳んで黒竜の突進を回避。さらに状態魔法『パライズアロー』
麻痺矢を命中させて黒竜を数秒間動けなくさせます。
「箒バフ! 集合!」
ミネの号令で全員が動きながら効率よくバフを享受してます。そして追撃。
麻痺はすぐに解けてしまいます。
「うさちゃん、今!」
フユユさんの掛け声で宝石獣の額がピカッと光る。フラッシュによるスタン。黒竜さんはさらに行動停止。
私も魔法で追い打ちを!
終焉の雷を落とせ、『レクイエム』!
派手な魔法合戦が続き、黒竜のHPが一気に削れる。だが同時に空気が変わった。重く、苦しく喉が焼けるような感覚。目の前の黒竜は焼け跡が燃え盛るようにたぎっていた。同時に頭の目が見開き淀んだ黒目が私を捉える。
黒竜は咆哮を上げて口をメラメラを燃えさせる。それは炎と呼ぶにはあまりにどす黒い。黒炎とも呼べる炎を地面に放射し吹き溜まり全域に燃え移って……。
これはまずい。天候魔法『恵みの雨』
暗い奈落にポツポツと雫が滴る。リジェネ目的ではなく炎の威力を減らす為。
けれど、これでもまだ足りないかもしれない。フユユさんに『マジックガード』を!
支援魔法を唱えた直後、一面が炎に包まれた。同時にその場にいたテイムモンスターが全て消滅──
空に居たサラマンダーさえも消失し、ナツキさんも慌てて地面に着地します。さらに炎が鎮火していくものの、地盤が揺れ始める。
そして黒い吹き溜まりは崩れて更に底へ。
本当の奈落の底へと続き一面が真っ暗で、地面はまるで黒い湖面のように揺れ、音もなく静寂。深淵と呼ぶべきか。
「皆、生きてる?」
「HPやべぇわ。テイムモンスター確殺はえぐいな」
ミネとナツキさんの生存確認。あれ、フユユさんは?
周囲を見渡すも姿なし。まさか死んだ……?
あの子はこの中でもレベルは低い方かもしれない。だからマジックガードまでかけたけど足りませんでしたか……。
私の哀愁をよそに煉獄を纏った黒竜が落ちて来ます。が、その背中にはなぜかフユユさんが乗って魔法剣で攻撃してます。すぐに飛び降りてましたが。
「DPS1位は私で決まり……?」
第二形態移行モーションでそんな大胆な行動しますかね。普通。
でも生きててよかった。
ともかく回復を。と言いたいのですが、目の前の黒竜はそう簡単にはさせてくれないようです。炎を纏った体で突進してきます。瀕死の状態なのでかすっただけで即死。
なら……。
「フユユさん、あれを!」
「んー。おけー」
あれで伝わったようです。さすが。
以前ジュラシックワールドのティラノサウルス戦で似たような状況になりました。あの時は瀕死になった時、どうしたか。
フユユさんが私にヒールしてくれます。けれど回復行動に反応して黒竜がフユユさんを狙って突進する。そのタイミングで『ヘイトチェイン』発動!
黒竜は足を止めてこちらを振り返る。フユユさんはもうすでにポーション飲んでます。あの状況で迷わずその選択できるのはあなたくらいですよ。私の言葉を信じてくれるのも。
「うおっ。今の連携えぐっ。コメも盛り上がってんなー」
「姉さん達ばっかりにいい所見させないから」
ミネとナツキさんも回復して加入。HPが減って来た黒竜は胸部の目を見開きました。禍々しく赤い眼は見る者を畏怖させる。実際その目を見ると動きが止まる……。
けれど、そろそろ来るって思ってました。だから、もう既に第三の目の前にいる。私が壁になれば他の人は見えない。そして私は目を瞑る。第三の目が開いても黒竜は動く。
──だから
「フユユさん、敵の動き教えてください! この目を見てはいけません!」
「……おけ! 前足上がった! バックステップで回避!」
フユユさんに言われた通り後ろにステップ。目の前で何かを踏みつぶすような音と衝撃波を感じる。
「方向転換してる! 右回りに走って!」
時計回りにダッシュ!
「いやなんで連携できてんの?」
「私でも姉さんとあそこまでコンビプレイできなかったのに……」
なにやら後ろから声も聞こえますが……。
目を瞑ったまま魔法で攻撃します。魔法硬直が怖いのでマジックアロー。第三の目に当たっていれば大ダメージのはず。いや、当たってる。だってあの子がそう言ったのだから。
「ミゥ! ブレス来る!」
ここからブレスは回避できない。
「フユユさん、目を!」
「……任せて!」
その場から動いて第三の目の死角へ移動する。私が動けば周りに被害が出る。でも、あなたなら大丈夫ですよね? 目を瞑って魔法を当てるのだってお手の元でしょう。
具現化魔法『プリズンソード』!
黒竜の眼を貫け! 光輝く大剣で奴の目を切り裂く!
「グッ、オオォォォォォ……」
同時に黒竜は雄叫びを上げてその場に崩れました。残されるは静寂。
「勝利演出が出ないね」
ミネがつぶやく。異変に察してフユユさんとナツキさんも顔色を変えた。
倒れていた黒竜は全身の皮膚が爛れて溶け始めている……。
そして、前足を震わせて顔をあげて不気味な悲鳴をあげた。そこには先程までいた壮厳な竜の姿はありません。腐り果てた竜が動き出す。
「第三形態とかやってくれるじゃん。おかげでナツキさんの見せ場も残ってるみたいで安心安心。よーし、おまえら見てろよー。あの婦妻にばっかり良い所みせねーからなー」
ナツキさん手始めにマジックアローで攻撃してます。けれどHPバーは表示されず、魔法はまるで何もなかったように消滅してしまいました。
「魔法無効耐性ね。死にかけの生物の最後の悪あがきって所かな?」
「冷静に分析してる場合かよ! 私の見せ場はっ!?」
「ヘイト稼いだら人気者になれるんじゃない?」
「ナツキさんは死にたくないっ!」
ミネとナツキさんが冗談言ってる間に腐敗竜が動き出す。動きは緩慢。けれど浸食はすでに始まってる。地面の黒い湖面が奴の体液に侵されて汚れてしまってる。その毒は通常の毒よりも効果が高い劇毒。フユユさんの所へ駆けつけます。
「耐久戦かー。逃げ回るのは癪なんだけどね」
「だったら戦いますか? その方がフユユさんらしいですよ」
彼女の手を握りました。フユユさんが目を丸くします。
「手繋ぎも禁止だったんじゃない?」
「もう破ってますよ」
吊り橋でハグまでしましたし。するとフユユさんが笑いながら握り返してくれて指を絡めて来る。今まで溜まってた気持ちが今更になって溢れて来る。でもそれは鬱憤からじゃなくて。
真っすぐ駆ける。呼吸なんて合わせなくても自然と歩幅が揃う。目を見なくても次に何をしたいかも何となく分かる。
水上級魔法『タイダルウェイブ』
黒い湖面を荒波に変えて腐敗竜に津波で流す。直後、フユユさんも魔法を唱えた。
氷上級魔法『アブソリュート・ゼロ』
絶対零度は津波すらも凍り付く。水に飲まれた腐敗竜は氷によって動けなくなる。けれど全身の毒を使って溶かそうとしている。
フユユさんと仲良く跳んだ。
氷はすぐに溶けていく。魔法も効かない。けれど本当にそうかな。腐敗竜の皮膚がその原因だとしたら、もっと急所になる部位がある。
──第三の目、とかね
フユユさんと同時に魔法を唱える。
具現化魔法『ルナティック・ランス』
聖なる月の槍を顕現する。そしてフユユさんのと重ね合わせて手も重ねた。
──聖槍は神槍となれ
──眼を貫け
槍が光り輝き深淵をも照らす。槍が腹部を貫き、竜の背から迸るように抜け、腐敗竜の溶けた第三の目は光の粒子に包まれていく。
同時に目が崩れ巨大な竜の悲鳴が轟き全てに終わりを告げた。
魔法が消えるとフユユさんと目が合う。不思議とキスがしたいと思わなかった。
だから代わりに優しく手を重ねた。それだけなのにどこか熱を感じて照れくさくなる。
フユユさんも気持ちが落ち着かない様子で視線を逸らしてます。
これくらいなら、きっと大丈夫、ですよね?