118.頭の中が真っ白……
「おはようございますー」
会社に出勤。いつも通りに自分の席に到着して荷物を置く。お、隣の田中君のエナドリタワーが今日は珍しくない。私は別室で仕事なのでぱぱっとログインしよう。
「雨宮さん。赤神課長が探していましたよ」
「課長が? 珍しいですね」
多分、魔界ダンジョンの件でしょうか。さすがにあれは放置するのはまずいと思って、休日でしたがメール送信だけしたんですよね。とはいえあれは私ではいけないのでプログラムを組み替えてもらう必要がありそうですし、なんだろう。
「ガルオン1人でデバッグって大変ですね。無理しないで頑張ってください」
「そうでもないですよね。案外楽しいこともありますから」
田中君は意味が分からなそうにしてますが、これに関しては職場で言えませんね。さっさと課長に会いに行こう。
「赤神課長おはようございます」
「おはよう。朝から呼び出してすまない」
「いえ。また何かあったんですか?」
「大した用事じゃないんだが、運営班から少し変わったプレイヤーについて耳にしてな」
「変わったプレイヤーですか?」
まさかチーター? あの平和なガールズオンラインでそんなプレイヤーが現れるとは思えませんが可能性はゼロじゃない。運営班に目を付けられるならそれくらいでなければ、大抵の行動は眼を瞑るはずです。
赤神課長は自身のデスクトップのPCをこちらに向けてくれます。そこにはガールズオンラインの話題で盛り上がってる人達が何やら呟いてます。
『ミゥ様とフユユ様が恋人なのって本当?』
『本当。キスもしてるらしいよ』
『前のイベントで聞いたけど、フユユ様顔赤くしてたから間違いない』
『ログイン広場でキスしてたの見たけど』
『え~。もしかして熱々?』
思わず咳き込みそうになりました。これ完全に私のことだー。まさかこんなに認知されてたなんてー。いやいや、でも悪い事は一切してませんよ。これの一体何が?
赤神課長を見ると軽く溜息を吐いてます。ひえっ、心臓の鼓動が早くなる。冷や汗が……。
「ゲームだから遊び方や関係に口出しする気はないが、ガルオンは全年齢対象のゲームだ。幼い子供もプレイしてるかもしれないだろう。さすがに街中でそういうのをするのはどうかと俺は思っている」
これってもしかしてかなりまずい状況? 冷静になれ私。確かにキスはしてたけど、それ以上は何もしてない。大丈夫、大丈夫、心の中で深呼吸。怖い怖い……。
「雨宮。もし万が一そのプレイヤー達を見つけたら注意しておいて欲しい。どの程度仲が良いかは知らないが、あまり過激なことをしているとなればさすがに対応しないといけないからな。俺達では動向を探れないから雨宮に頼む」
あ、れ? もしかして気づいてない? いやでもおかしい。だってSNSには明らかにミゥってなってるし。
「あの。私は疑わないんですか……?」
「どうしてだ? ああ、そういえば雨宮の下の名前は海羽だったな。でも『ミゥ』なんてプレイヤー名にしてる人は多いと思う。雨宮は真面目だし、仕事でそんな軽率な真似は絶対しないだろう」
課長、あの本当ごめんなさい。それ、全部私なんです。でもここで告白したら私の人生が終了しかねないので、黙っておくしかない……。
「そういうわけだから頼んだ。冬雪さんにもよろしく伝えておいて欲しい」
「冬雪さん?」
そんな人同僚にいた?
「冬雪千白さん。最近デバッグのバイトで手伝ってくれてるだろう? まさか自己紹介してないのか?」
「いえ! ちょっと勘違いしてました! 休み明けで頭回ってませんでした。あははー」
あの子、そんな名前だったんだ。初めて知った……。すごくいい名前……。
それから課長と別れて別室へ移動。ともかく重大事件が発生してしまったのは間違いない。
すぐさまゲームへとログインしました。
※ガールズオンライン・ログイン広場※
街の広場へやってくると制服姿の銀髪少女を発見したので駆けつけます。
「フユユさん、とんでもないことになりました」
「なに? まさかあの魔王は四天王の中でも最弱だったとか?」
それはそれでちょっと面白そうですけど、今は呑気に突っ込んでる場合じゃない。
それで手短に事情を説明しました。最初は適当に聞いてたフユユさんでしたが段々顔色が悪くなっていきます。
「う、うそ? 私、垢バンされるの……? ミゥと会えなくなるの……? やだ、絶対やだ……」
「まだそうと決まったわけではありません。今は慎重に様子を見ている段階でしょう。とはいえここまで話題になってしまっているのは私も想定外でした」
毎日ずっと一緒にいますし、初心者介護イベントなどで関係性もバレつつあるのでしょう。
まさかそれでここまで話が大きくなるとは思ってもいませんでしたが。
「SNSの話題が落ち着くまで暫くは距離をおきましょう。キスやハグなどをしなければ周りも興味がなくなって話題にしなくなるはずです」
そうすれば運営側も平常運転していつもの日常に戻れるはず。
「えー! そんなの拷問じゃん……」
「私も同じ気持ちです……。でもそうでもしないと、このままではゲームでもお別れしないといけなくなります。それだけは絶対に嫌なんです」
「うぅ……。こんな世界間違ってる……」
完全に病んでしまってます。こればっかりは誰が悪いとは言い難い所です。
とはいえフユユさんはすごくショックらしく、俯いたままです。ハグですらこの子にとってはスキンシップみたいなものでしたから、それを封じられたらどうなるか……。
こうなったら……。
「元気出してください、ちしろちゃん」
「はっ、えっ? わっ、わたし? えっ、えっ……?」
すごく困惑しててかわいい……。
「あなたの名前でしょう? ちしろちゃん」
するとフユユさんが顔を真っ赤にして両手で隠してしまいます。
「名前呼びはやめて……。ていうか何で知ってるの……」
「履歴書に書いてあったじゃないですか」
本当はついさっき知ったばかりです。
フユユさんは蹲ったまま顔をあげません。余程効きましたか。
「冬雪だから、フユユなんですね。ちしろって名前もかわいいですね」
「もう、やめて……」
まさか名前呼びだけでここまで効くなんて。なんか、すごく、いい……。
「こんなの不公平……。ミゥの名前も教えて」
「どうしてですか」
「ミゥは私の上司。教えないのはおかしい」
うっ。それは至極正論です……。
「雨宮……です」
苗字を名乗るだけなのにどうしてこんなにも恥ずかしいの……。
「雨宮かぁ。雨の宮、だね。覚えた。名前は、ミゥ?」
「はい。海の羽と書いて、ミゥ……です」
ダメだ。だんだん顔が熱くなってきた。
「むっふふ。なるほど。わかった。じゃあ、これから雨宮さんって呼ぶ」
「そっ、それはちょっと……」
「デバッグの上司なのに名前呼びは失礼ですよね? 雨宮さん」
待って待って。丁寧語で苗字呼びなんてしないで……。毎日同僚から呼ばれてるのに、好きな人から呼ばれるだけでこんなにも胸がドキドキするの……?
「わ、わかりました。では私はちしろちゃんって呼びますから……」
「い、いいよ……? 好きに呼べば、雨宮さん」
やっばい。なにこれ、頭の中が噴火しそうな勢いなんですけど……。苗字で呼ばれてるだけなのに背筋がゾクゾクする。キスもハグもなしだけど、これはこれで……。