113.もし、落ちたら
平日
今日はいつもより早く目が覚めた。カーテンを広げると朝日がほんのり差し込んできます。今日はいい日になるかな、なんて。朝は感傷になってる時間もないのでパパッと身支度を済ませていきます。
食事をしながらスマホを眺めているとあの子からラインが入っていました。
『今日は試験日』
もうそんな日になっていたのですか。そうなるとフユユさんにとって大事な一日になりそうですね。
『応援しています。頑張ってください』
返信するとすぐに既読がつきます。いつもならすぐに返事が来るけれど今日は来ない。スマホを置いて食事をして待ちます。気になって画面を見るも応答なし。
……気になります。
通話してみましょう。
コール音が長い。いつもなら数コール以内で繋がりますが……。
「おはー」
フユユさんの声が聞こえました。いつもの調子にも聞こえる。でも違和感もある。
「おはようございます」
軽い挨拶を終えるも、そこから言葉が続かない。
「フユユさん?」
「あーうん。大丈夫。今日は試験だなーって思って」
明らかに無理して平静を装ってるように聞こえました。
「不安ですか?」
「……少し、ね」
その気持ちは無理もないのかもしれない。この子にとって将来が決まる瞬間でもあるのだから。
「もし、ここで落ちたらまた振り出しに戻るのかなとか、ダメだったら親を失望させちゃうのかなとか、ミゥとの約束も果たせないなーって考えてたら、なんか、重くなって……」
自分ではなく周りの期待を考えてしまうのは何ともこの子らしいです。だからこそ言わないと。
「そこまで気負う必要はありませんよ。それに試験は何度だってあります。別に今回限りでもありません」
「そうかもだけど……それってずっと先になるだろうし、浪人する可能性だって……」
「フユユさん。本当に終わる瞬間というのは全て諦めて挑戦しなくなった時ですよ。年齢なんて些細な問題です」
それでも不安なのか沈黙が続く。だから言った。
「私の夢はミネの為にゲームを作る為でした。でも関係が冷えてその夢を諦めかけていた。その結果10年近くもミネと空白の期間があったんですよ? でも諦めなかったらまた挑戦できると教えてくれたのはあなたです」
この子と出会わなかったら私の夢は一生叶っていなかった。でも長い凍結した時間であっても諦めなかったら氷を溶かせる。それをあなたが教えてくれた。
「だから諦めないでください。ここでの結果がどうであれ、私はあなたを責めません。私が真にフユユさんを責める時は全てを投げ出した時です。あなたの努力は偽物じゃない」
するとフユユさんは静かに笑った。その声はどこか儚げででも綺麗だった。
「……やっぱりミゥはすごいね。おかげで落ち着いてきた」
「深呼吸するのもおすすめですよ。新鮮な酸素を取り入れましょう」
「スーハー。うん、よし。大分気持ちも落ち着いてきた。いける……!」
いつものフユユさんに戻ってきたようで安心です。
「じゃあ朝ごはん食べて来よー」
「通話は?」
「このまま。やっぱりミゥの声を聞いてると安心する」
それは私も同じです。
「でもさ、さっきの話で1つだけ不満がある」
「な、なんですか?」
おかしなこと言ってました? 私?
「ミゥの夢がミネさんの為って言うのが妬く。恋人の前で違う女の人出すなんてなってない」
「ちっ、違いますよ。あれはフユユさんを励ますために言っただけで……」
「ミゥ慌てすぎー。私より動揺してない?」
だってここから別れ話なんてされたら私が廃人になってしまいます。
「でもフユユさん、これだけは言わせてください。確かにミネとの思い出は夢でもありましたが、それはもう叶いました。だから今の私の夢は別なんです」
「それは聞きたいけど……今はいいかな。これ以上ミゥに惚気たら覚えた内容全部忘れそう」
分かってくれているならそれでいいです。私も今は言えないですから。その時は必ず来る。だから何も言いません。
「それに私も夢があるんだ。だからこんな所で終わりたくない」
「それは是非とも聞きたいところですね」
「叶うまで教えなーい。ミネさんに浮気してたミゥには言わないんだもーん」
本当、こういう所は子供なんですから。でもきっとその夢は尊くて宝物のようなものなのでしょう。
それから私達は他愛のない話をしていた。特に意味はない。ただ話をしていたい。
けれどいつかは切らないといけない。
「さてと。じゃあ試験頑張ってくる」
「事故にだけは気を付けて」
「うん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
その言葉を最後に通話を終える。あなたならきっとできる。だから自分を信じてください。
この祈りがどうか届きますように……。