110.ミゥなら連れ戻してくれるよね
秩序の世界のダンジョンも難なく突破。残すはボスのみ。魔法陣で転送されます。
そこは黒く淀んだ場所。周囲は真っ暗でしたが、ふいに足元が照らされる。銀の秤に乗っていました。そして向かい側も照らされてそちらの秤には脱力したマリオネットがぐったりしています。棒人間のような簡素な人形で茶色っぽく命すら感じません。
秩序の世界のダンジョンボスのハートレス・マリオネット。
ピクリとも動かないのに不気味な笑い声だけが反響し、同時にフユユさんの感情パラメータが異常値になっています。好意0%なんてさすがに無茶苦茶ですね。
フユユさんも同じ感想なのか肩をすくめてます。
ただ問題は感情パラメータが変わったことで天秤が傾き、私達が乗ってる方がガクンと下がってしまいます。ボスははるか上空へと上がって、秤が邪魔で見えません。
「感情の数値によって秤が動くんだね。だったら」
「はい」
フユユさんと手を握る。本物の温もりは感じなくても、あなたの心は感じられる。好意0%? 安心0%? たとえゼロになったとしても私達ならきっとやり直せる。また仲を取り戻せる。
秤がガクンと動き出す。数値が一気に回復していきます。そして天秤は均衡へと。
『秩序に感情は不要。心を捨てろ、すてろ、ステロ』
不気味に囁く人形。ソウルを減らす算段でしょうが効きません。ド派手に魔法を撃ちこみます。
『愛も心も不均衡なだけ。審判を受け入れよ』
また数値をリセットされて天秤が傾きます。さらに不気味な笑い声の幻聴、フユユさんを演じたログ、周囲をさまよう骸の怨霊。それが何だと言うのでしょう。
崩れたなら何度でも戻す。私達はそんな生易しい気持ちでこの気持ちを伝え合っていない。
マリオネットのHPは勢いよく減っていきます。そして。
『感情は、均衡を崩す。……だが、それが……美しいと……? いいえ、醜い。醜い。悪意、憎悪、嫌悪……心は秩序を乱す。裁定を、審判を、調和を』
するとマリオネットの胸から黒いモヤが飛び出したと同時に視界が暗転。私は暗闇の中に立っていました。周りには誰もおらず、フユユさんも見当たらない。第二形態、というよりは第二ラウンドですかね。
そして目の前にフユユさんが現れます。
「ミゥ……私本当はさびしい……どうして気付いてくれないの……?」
昔のフユユさんだったらそう言ったかもしれない。でも今のあの子なら、本当に孤独を感じたならそれを伝えてくれる。あの子はもう1人じゃない。人に頼れる。
「本当はもっとミゥの役に立ちたいのに……私は全然ダメ……」
あなたがいたからミネと和解できた。ダメなんてない。私の信頼はあなたも知っている。だから今もきっと隣にいる。
「ミゥ……どうして何も言わないの……? 私が嫌いになったんだ……?」
「嫌いも何も浮気なんてするわけないじゃないですか。それに本物はもっと頼れる子です。私が好きになったフユユという人はそんなに弱い子じゃない」
すると偽物は悲鳴をあげながら黒い霧を出して消えていきます。幻影は消えて、手に柔らかい感触が伝わりました。
ふと、フユユさんと目が合います。不思議と笑みがこぼれてハイタッチしました。
ダンジョンボス、撃破です。
※秩序の世界・安息の狭間※
「なんだかすっごく簡単だったね」
本来であればもっと難しいと思います。操作反転、仕様変更。でも私達はもっと高い壁を乗り越えているのですから今更どうということはありません。
「時間もありますし、攻略続けますか?」
「ん~。お誘い嬉しいんだけどね~」
「なにか?」
「試験も近付いてるし勉強しよっかなって」
高認の試験勉強ですか。前も遅くまでしていましたし、フユユさんって何気に努力家だと思います。頑張ってる人を引き止めるなんて私にはできませんね。
「もちろん構いませんよ。前みたいに応援してあげましょうか?」
「いいの? うれしい……」
「では先にログアウトしますね」
「おつー」
ログアウトして現実世界へと戻ってきます。
そしてすぐに鳴るスマホ。あの子の行動力早すぎなんですよ。実はリアルもゲームと同じくらいのスペックなのではと思ってしまいます。
とりあえず通話に出ます。
「勉強するんじゃなかったのですか?」
「ミゥの声を聞かないと脳が活性化しない」
微妙に突っ込むべきか判断に困ります。
「やるぞ~。ミゥも何かするの?」
「暇ですし掃除でもしようかと」
何気に部屋が結構散らかってるんですよね。残業も多いですし、時間がある時にこまめに片付けるように意識してはいるものの、やはり普段使う所とかは乱雑になりがちです。
「お酒飲んでるし、ミゥって実は片付けできないタイプ?」
「お酒は関係ないでしょう」
「ミゥってお酒飲んだら壊れるし、部屋も荒らしてそう」
う。何気に的を射てます。飲み過ぎた時は大体記憶が飛ぶので翌日謎な散らかり方をしてたりします。
「そういうフユユさんはどうなんですか」
「聞いて驚けー。私は綺麗好きなのだー」
「えぇ? なんだか意外ですね」
引きこもりだし、料理もできないので生活力皆無かと思ってました。
「自分の部屋だけが居場所だからねー。汚いとゲームに集中できなくなるし」
「だったらリアルで会ったら私の家政婦にでもなってもらいましょうか」
なんて冗談で言ってみます。
「いいの!? 住み込みで毎日働く!」
あ。これ本気で言ってますね。それはそれで嬉しいんですけど。
「遊んでないで早く勉強してください。落ちたら承知しませんよ」
「その時はミゥの家政婦になるね」
「仕方ないですね。でも本気で頑張ってくださいよ?」
「もちろん。だから見ててね」
「言われずともずっと見てますよ」
「本当、ミゥは口説きの天才……」
「フユユさんに言われたくないです」
ゲームでもリアルでも時間が過ぎるのが早い。この先もずっとこういう風に過ごせたらいいなって切に願います。