105.このバグは修正しなくていいと思う
摩天楼都市攻略が終わって2日が経過しました。昨日は珍しくフユユさんがログインしてきませんでした。なんでもギルド抗争イベントに参加したいから、とのこと。
どうやら前に進むきっかけを得られたようで嬉しい限りです。
そして、今日ログイン広場へ来ると銀髪少女が一目散に駆けつけて来ます。そして抱き付いて来ます。
「ふー。ミゥ成分ー」
じゃあ私もフユユさん成分吸収。強く抱きしめてハグします。1日とはいえ、やっぱりこの子がいないと落ち着かない。
「むふふ」
「今日は随分ご機嫌ですね」
「聞いて、ミゥ。なんとギルイベ1位取っちゃいました!」
「それはすごいじゃないですか」
ナツキさんのギルドがそれなりの地位だったのは何となく知ってましたが、フユユさんはずっと離れていたようですし、これは快挙ですね。
「それで聞いて欲しいんだけど、ナツキがコメ伸びてるーとか、私の活躍盛り上がってるーとか言ってずっと絡んできて本当疲れたー」
軽く言ってますけどその表情は本当に楽しかった人のそれですよ。思わず笑ってしまいます。
「それに、私のことを覚えてる人が結構いて色々話しかけてくれたんだ。もう忘れられてたと思ったのに」
「それが縁というものですよ。切れそうで切れない。フユユさんの頑張りは決して無駄ではなかったのだと思います」
「そうだといいな……」
最後の杞憂もなくなって、私の心もすっかり晴れ模様です。ハグしたいのも山々ですがこれくらいで……。うん、これくらい……。
もう少しだけ……。
フユユさんも同じ気持ちみたい。あったかい……。
はっ、だめだめ。これから仕事なんだから。
「気持ちを切り替えましょう。今日から例の牧場イベントが始まります。プレイヤーさんが草原フィールドへ赴くと思うので私達もデバッグへ行きましょう」
「ハグしたまま言われても全然説得力ないんだけど……」
だ、だって体が言うこと効かない……。
数分だけ、数分だけ。そう言い聞かせて、なんとか理性を保ち次の目的地へと行きます。
※モノクロワールド※
やってきたのは真っ黒な世界です。色々ありましたがデバッグももうここまで来たのかと感慨深いです。とはいえ8エリアの半分と隠しエリア等残っているのでまだまだ先は険しいです。イベントのデバッグもありますからね。
そういえば女Tシャツのままだったのでスーツに着替えておきましょう。プレイヤーがいないとはいえこの格好は目立ちます。ゲームの世界でも仕事着っていうのが何とも皮肉ですが、あの子がいれば持ちこたえられる。フユユさんも制服姿にチェンジしました。
「私は魔法やスキル等の確認を行います。フユユさんはマップのギミックやいつものテクスチャチェックをお願いします」
「把握したー」
このマップはブックという特殊なアイテムを使って白黒に世界を塗り替えられます。こういうギミックって絶対想定外の何かがあるでしょう。
とにかく私は壁やモンスターに向かって魔法を試していきますか。と思ったのですがすごい勢いで白黒に背景が塗り替わるのでさすがに気になってしまう。
「ミゥ―、見てー」
声をかけられたので振り返る。そこには何もない空間でスライムがクルクル回転しています。
「いきなりバグですか」
「うん。白世界だと足場出るでしょ? それで黒世界でスライム投げてうまく足場の所に投げて変更したらああなった」
もはやバグ探しの名人と呼ばせてください。
「よし、このまま戻してみよう」
フユユさんがブックで色を黒世界に塗り替えます。すると回転していたスライムが物凄い速さで天井へと飛んでいきました。物理演算バグったな。
ともかくメールにチェックしておこう。
「これってプレイヤー入ってもバグりそうじゃない?」
その可能性は高い。でもスライムであれならプレイヤーだととんでもない体験をしそうです。
「私が見ています。何かあればデバッグメニューで救出しましょう」
「仕事でも見てくれるの……?」
隙を見せたらすぐに甘くしようとするの、この子の存在が糖ですよ。
フユユさんはすぐにハイジャンプを使って跳びます。即座にブックで白世界へ変更。
すると白い足場に挟まってます。案の定の結果。いや本当、プレイヤー誰も来てなくてよかった。デバッグの大切さを痛感します。
「おそらく判定が外側しかなくて、中身が空洞なのでしょうか。これもチェックですね」
「じゃあ解除するよ」
スライムみたいに飛ばないように画面開いて構えます。それで黒に戻してみましたが何もない足場に立っています。物理演算はそのままですが、見えない判定が残っているのでしょうか。
「ミゥー、動けなくなったー」
手足をパタパタさせてますが確かに動けなさそう。これは致命的な欠陥です。
デバッグメニューを開いてチェックするもどこに問題があるかすぐには分からないかもしれない。これは別の人に投げよう。
「フユユさん、一旦ログアウトして戻ってください」
「えー。ミゥ助けてー」
そう言われてもすぐに解決できないから言ってるんです。
「手を引っ張ってくれたら出られるかも?」
それくらいなら試してみますか。近くに行ってハイジャンプ。
フユユさんの手を掴んで……。
ダメだ、やっぱり引き離せそうにない。手を離そう。
……。
おかしいです。離せません。
「あの、手を離してください」
「私、動けないけど」
それもそうでした。え、じゃあなんで。もしかして私も挟まった? どういう理屈で?
しかもなんか座標修正みたいのが働いて微妙に動いているんですけど。なにこれ、怖い。
「ミゥ、なにやってるの。遊んでる場合じゃないよ」
「違いますよ。バグですバグ。私も挟まりました」
「えぇ? でもミゥなら権限使って出られるでしょ?」
「それが手が動かせないので画面開けません」
本当、これなんなの? しかも徐々にフユユさんに近付いていってるような。
本当近い……。体が密着してしまった……。しかも顔も目の前なんですけど。
……顔が熱くなってきた。違う違う。これはバグのせいで密着してるだけで、やましい気持ちがあったとかそんなんじゃなくて。
フユユさんが顔を赤くして視線を逸らします。
「ミゥの馬鹿……仕事中なのに……」
「で、でもこれフユユさんも少しずつ動いてるのでその内出られるかもしれません……」
「そんなに私とくっつきたかったんだ……?」
本当事故なんです。でもバグでもちょっと嬉しいなんてさすがに言えない……。
「私は嬉しいよ……」
ああ、そんな風に言われたら……。
「これはバグです……だから仕方ありません……」
「うん……」
どれくらい密着してたかは記憶にありません。