1.
「おはよぅございまーす……」
会社に到着……。
死んだ芋虫みたいな挨拶にちらほらと返してくれる。皆死んだ声。
それも無理はない。最近まで地獄の残業レースが続いたからだ。
その残業の原因となったのが我が社が誇る一大プロジェクト『Girls Online』というVRゲームだ。
ガールズという名前の通りなんとこのゲームは女性しかログインできない仕様である。自らプレイヤー人口を減らすという何とも愚かな行為にも見えるが一応理由があるらしい。
昨今ではVRが主流になりつつゲーム世界も現実とは遜色ないまでに発展した。
が、同時にネカマのようなプレイヤーも激増した。
おまけに女性プレイヤーに卑猥な言葉を浴びせて変な遊び方をする奴も増えて一部のゲームでは女性プレイヤーの人口が激減。
そこで我が社が立ち上がり諸悪の根源である野郎共を撲滅すべくそもそもログインできない仕様にしたのである。しかも大金を投資して最高傑作にまでしようとした。
私の会社はお世辞にも大きな会社とはいえない。寧ろ全体で見れば弱小もいい所。
そんな会社がこんなゲームを開発するのはあまりに博打とも思えたけど、何か企画が通ったらしい。結果、残業地獄。
「ねむー」
とはいえそんな大プロジェクトはもう終わった。後は世の反応次第である。私には次の仕事が待ってるから考えても仕方ない。
自分の席に到着。
隣の田中君はもう仕事始めてプログラム組んでる。彼の机には大量のエナドリ……察した……。
私もコーヒー飲も。
「おーい。雨宮―」
この声は赤神課長だ。やだな。また仕事増やされそう。
無反応決めてたら向こうから来た。
「雨宮、大事な話があるから少し付き合って欲しい」
終わった。これ絶対案件だ。
今日も残業コース。やったねー。
オフィスを出て休憩用の個室まで来る。人前で話をしない場合は大体面倒な奴。
「ガールズオンライン、売れ行きは好調らしいな」
「そうなんですか」
仕事漬けだから売れ行きまで把握していない。でも自分が作ったゲームが好評なら素直に嬉しい。
「皆あれだけ頑張ってくれたからな。今後も売り上げが伸びるだろう」
「はぁ」
この人はいつも前置きをする。部下の気分を下げたくないから敢えて明るい話題を出してるのか。
それで急に赤神課長が手を合わせながら頭を下げてきた。やっぱり面倒か。
「雨宮! 君にとてつもなく無理をお願いする」
はは、分かってましたよ。
「なんでしょう?」
「ガールズオンラインのデバッグを頼みたい」
「は?」
課長は今なんと言った?
疲労で私の脳が壊れてしまったのか。
「実はな。このゲームに致命的な欠陥が見つかってしまったんだ」
いやーな予感がします。
「雨宮も知ってると思うがガールズオンラインは女性プレイヤーしかログインできない仕様になっている。そしてこの会社は雨宮以外は男性しかいない。どういうことか分かるか?」
分かりたくもないんですけど。
「残念ながらデバッグ作業が全くできていないと先日発覚した」
ぐはー、意味不明―。
「いやいや。普通プログラム組み込む前にデバッグしますよね?」
そもそもログイン制限の所を最後に書き換えるだけで何とかなりそうですし。
課長が苦笑いしながら頭を下げています。こういう所が大手に負ける理由なんでしょう。
「すでに世に出回ってますし今からデバッグしても意味がないのでは?」
「最初にも言ったが意外にも売れ行きがいいからな。万が一致命的なバグがあってはプレイヤーが激減するかもしれない」
意外にもってなんじゃ。社を賭けたプロジェクトじゃなかったの? 馬鹿なの?
「そういうわけだから雨宮にしか頼めないんだ」
「仕事ならそれは構いませんけど、でもそれ私1人でするんですか?」
デバッグって同じ作業を延々と繰り返す言わば修行僧みたいな仕事です。敵に向かって魔法を撃ち続けたり、壁に向かって走り続けたり、椅子に座って立つを繰り返したり、まぁ正気ではありません。
「いくつかツテを辿って連絡したが……無理そうだった」
ですよねー。オワタ―。
「雨宮、本当にすまない。この会社の命運は雨宮にかかっているんだ」
さすがにそれは大袈裟な気もしますけど。
「分かりました。とりあえずバグや不具合があれば報告すればいいんですね?」
「そうだな。それ以外にも気付いたことがあったら報告して欲しい。実際のプレイヤーがいるなら今後のイベントや運営方針にも関わるからな」
仕事がどんどん増えるー。やだー。
「でも今の私の仕事はどうしましょう?」
普通に山積みに残ってた気がします。
「俺と田中で何とかする。雨宮はこちらに注力して欲しい」
田中君……ガンバレ……。
「では早速デバッグします」
「頼んだ。健闘を祈る」
それは過労死的な意味ですかね。
これまた大変な仕事になりそうです。