第8話 試合……開始ッッ
10日後。北海道立総合体育センター『きたえーる』にて。
「とうとう来ちゃいましたね……スポーツチャンバラ大会」
「ハイ! この日のためにたくさん特訓しましたカラ、絶対優勝しまショウ!」
参加人数は、思ってた異常だった。
まさに老若男女で、すばしっこそうな子供から歴戦の雰囲気漂うお年寄りまで勢ぞろいしていた。
俺たちは年齢無差別級に参加しているので誰と当たるか、今から楽しみだ。
「おや、まさか君たちも参加していたなんてね」
「ふふっ、奇遇っすね」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはTRPG仲間であり異世界転生したい仲間でもあるすず子さんとミコトさんがいた。
「わぁ! すず子とミコトも参加するんですカ!?」
「うん。腕試しにはいい機会だと思ってね」
「でもまさか、アニャちゃんたちも参加してたなんて驚きっす」
飲み会で仲良くなって以降、アナスタシアさんはふたりから「アニャちゃん」の愛称で親しまれているようだった。
俺も呼んでみたいが……おっさんがそんなことしたらもはや犯罪だ。ここは控えておくのが吉だろう。
「そう言えば勇者くん。さきほど彼に会ったよ」
「彼?」
「ああ、どうやら山から下りて来たみたいだよ」
その言葉を聞いて、俺はピンと来た。
「そ、それってまさか――」
そう言葉にしかけた時だった。
「久しぶりだな、勇者よ」
懐かしい声が俺の耳へと届いた。
「し、師匠! お久しぶりです」
振り返るとそこには、作務衣姿で無精ひげの男性が立っていた。
「相変わらず主人公属性のようだな、貴様は。元気だったか」
「はい、師匠もお変わりなく!」
師匠とは、俺の剣の師であり……彼もまた、異世界転生した時のために修業を積んでいるお方だった。
「山ごもりの修業は終わったのですか?」
「いや、まだ途中だ。だが……急用で降りてきた」
「急用? いったい、それは……」
俺はそう言いかけてハッとした。
師匠の腕には、参加者ようのリストバンドが巻かれていたのだ。
「な、なぜですか師匠! あなたは剣は誰かを守るためであり、人を斬るためのものではないと言っていたのに……この戦いの螺旋へと足を踏み入れると言うのですか!?」
「……貴様にはわかるまい。俺には必ずこの戦いの頂に立たねばならない理由があるのだ」
そう言って、師匠は踵を返していってしまった。
「くっ……いったいなぜ……」
俺が人ごみに消えゆく師匠の背中を目で追っていると――
「優勝賞品のお米30キロが欲しいらしいっすよ。あの人無職だから」
とミコトさんが言った。
なるほど。それは納得の理由だった。
一時間後――
「試合、開始!」
笛の音が響き、俺とアナスタシアさんチームの一回戦が始まった。
「速攻で決める! 轟け、サンダーブレード」
俺は笛の音と共に一気に走り出すと、稲妻のような一撃を下段に向けて一気に振り下ろした……と見せかけ、そのまま一気に逆方向……つまり上へと大剣を跳ね上げる。
いわばこれは、二段構えの攻撃だった。
そして――
「う、うわぁ!?」
対戦相手(小学生)は成すすべもなく、武器を吹き飛ばされる。
「勝者、勇者チーム!」
アナスタシアさんも同じくもう一人の対戦相手の武器を弾き飛ばしたようだ。
今回のルールでは武器が手を離れた時点でアウトとなる。
子供を傷つけずに勝つには、これが最善の方法だった。
それから……俺たちはあれよあれよと勝ち進んでいき――
「ついに決勝戦ですね」
「ハイ! 勇者サマを傷つける人はワタシが倒しますから安心してくだサイ」
俺たちはいつの間にか決勝戦の舞台へと立っていた(すず子さんたちは準決勝で敗退していた。なんとも惜しい結果だ)。
そして――
「決勝戦! 勇者チームVS……」
呼ばれて競技フィールド内へと足を踏み入れる。
相手はもちろん――
「剣聖チーム!」
師匠とその友人で構成されたチームだった。
「まさか、こんな展開になるなんて思ってもいませんでした」
「我が弟子ならば、ここまで来るのは当然のこと。さぁ、始めるぞ」
そう言うが早いか、師匠とその友人は武器を構えを取る。
ちなみに師匠は俺と同じく大剣だ。
「試合、開始ッ!!」
笛が鳴り、俺は一気に駆けだす。
だが……それは師匠も同じだった。
「くっ……サンダーブレード!」
俺は慌てて渾身の一撃を振り下ろす。
だが――
「叢雲っ!!」
師匠の方が早い。必殺の叢雲(高速で下段から相手の武器を絡めとりつつ振り上げる師匠オリジナルの技)が俺のサンダーブレードを弾き飛ばした。
「しまっ……!」
そう思った時にはもう遅い。
大剣は俺の手を離れ、はるか彼方へと飛んで行ってしまった。
「俺の勝ちだな」
「くっ……さすがです師匠」
「ふっ……だが、貴様のサンダーブレードも悪くなかったぞ。あと数年修業を積めばいつか俺を超える日も――あたっ!?」
男と男の熱い語り合いが続くのかと思われたその時だった。
「勇者サマを傷つける人は許しまセン」
師匠の背後。いつの間にか忍び寄っていたアナスタシアさんが、思いっきり小太刀を脳天めがけて振り下ろしたのだ。
しかも、その目は笑っているようで全然笑っていなかった。
「しょ、勝者……勇者チーム!」
アナスタシアさんはいつの間にか師匠の友人も倒しており、そして師匠すらも倒してしまった。
とんでもない逸材だ……俺は、決して彼女を怒らせるようなことはしないでおこうと心に誓うのだった。
「すまんな。せっかくの優勝賞品を譲ってもらって」
「いえ、俺たちよりもきっと師匠に必要なものですから受け取ってください」
大会終了後、俺はアナスタシアさんと話し合い優勝賞品の北海道米30キロを師匠に譲ることにした。
ちなみにアナスタシアさんは「思いっきり叩いてしまって本当にすみまセン」と謝り倒しだった。
「勇者よ。アナスタシアさんを大事してやれよ」
「え?」
「ふっ……やはり気づいていないか。だからこそお前は主人公に相応しい」
師匠はそう言い残すと再び山へと帰って行った。30キロのお米を携えて。
「何だったんでしょうね、最後の言葉?」
俺は隣にいたアナスタシアさんにそう尋ねてみた。
すると――
「もう……勇者サマはテンプレ主人公すぎマス」
と言われてしまった。
「え!? なんですかその悪口!? 俺、なんかやっちゃいました!?」
結局、師匠からの言葉の意味は分からなかったし、アナスタシアさんがご立腹なのも意味がわからなかった。
読心術の修業も追加すべきか本気で悩みつつ、俺は帰路へとつくのだった。