第4話 キャンプ、そして雄たけび
「サラマンダーの御名において、我が詠唱に応えよ……ファイヤ!」
俺はそう呟き、石と石ぶつけた。
すると小さな火花が散り、用意していた麻縄に火種が燃え移る。
そこからだんだんと火は枝へと燃え広がり……やがて薪をも燃やす大火となった。
「火打石の練習をしておいてるんです。どんな場所でも火を起こせるように」
「すごいデス! さすが勇者サマ!」
登山を終えふもとのキャンプ場へ降りてきた俺たちは、2人分のテントを張って火をおこし、今夜の夕食の準備に取り掛かることにした。
「では、アナスタシアさんは食材を切っておいてください。俺はお米を炊いたり火の管理をしておきますから」
「了解デス、勇者サマ」
二人での共同作業。
なんか、「旅のパーティっぽくていいな」と思った。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
その後、俺たちの野外修業は滞りなく進んで行き、夕食も済んだ。
魔力系に動きもないし、あとは各々好きな時間を過ごそうとなった。
俺は日課の剣の修業を。アナスタシアさんはファンタジー小説を読むこととなった。
平和な時間が過ぎていく。女性と……しかもこんな美女と二人きりで過ごすのは初めてなので緊張していたが、何だかんだで心地の良い雰囲気だ。
ところが――
「あれ? いま、変な音がしませんデシタ?」
「変な音?」
俺はアナスタシアさんにそう言われ耳を澄ましてみた。
すると――
フゴー、フゴー……
なにやら、聞きなれない音が茂みの奥から聞こえてきた。
俺は「まさか……」と思い、懐中電灯をあててみる。
その瞬間――
「く、熊だ!!」
明かりに照らされたのは体長二メートルはあろうかというヒグマだった。
「アナスタシアさん、俺の後ろに隠れてください!」
俺はとっさにそう叫ぶと、キャンプチェアの横に立てかけておいた修行用の木刀を手に取る。
そして、上段の構えを取りヒグマと対峙した。
対峙したが……ど、どうする!?
死んだふり……は実は効かないと聞いたことがある。
動物なら火を恐れるのでキャンプファイヤ―の火をぶつけ……いや、ダメだ。ヒグマに火は聞かないと漫画で読んだ。
これは完全に終わったな。と俺は思った。
一応、いつ異世界転生してもいいように遺書は書いてあるけど……いざその状況になったら、冷や汗だらだらだ。
それでも……残された選択肢は一つ――もうやるしかない。アナスタシアさんを守らないと……!
「う、うわああああああ!」
俺は木刀を振り上げ、情けない声で叫んだ。
すると――
「フゴッ!?」
ヒグマはビクッと跳ねたかと思うと、そのまま踵を返して森の奥へと走り去って行った。
き、奇跡だ。これはもう奇跡としか言いようがない!
「だ、大丈夫でしたか、アナスタシアさん」
俺はだらだらと冷や汗をかきつつ、後ろを振り返り尋ねてみた。
「はい、勇者サマが守ってくれたので大丈夫デス。それにしても若くて人に慣れてないクマでしたネ。大声にビックリして逃げて行ったようですカラ」
「え? ずいぶん、クマに詳しいですね」
「ハイ。私のいた地域デハ、熊は日常茶飯事デシタ。何だったら、ペットにしている人もいたぐらいデス」
「えええ!?」
なんともおそロシアな話だ。むしろ、もはや異世界と言ってもいいレベルだった。
その後、警察に連絡すると猟友会が出動したりと何かと騒がしく、結局俺たちは一睡もできなかった。
「――それにしても、散々な修業になってしまいましたね」
帰りの車の中。しばらく助手席のアナスタシアさんと話しながら帰っていたのだが……
「あれ? アナスタシアさん?」
ふと横目に彼女の方を見て見ると、疲れたのか眠ってしまっていた。
このままそっとしておこう。そう思い、俺は車を走らせていると――
「カッコよかったですヨ、勇者サマ……」
眠っているはずのアナスタシアさんがそう呟いた。
「ね、寝言……ですか?」
そう尋ねてみても返事はない。
どうやら、本当に寝言だったようだ。
俺は何だか惜しいようなホッとしたような気分になりつつ、帰り路を急いだ。
散々な修業だったが、寝言でもアナスタシアさんに褒めてもらえたのが嬉しかった。