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異世界行きたいおじさん  作者: 長谷川ひぐま
修業その2――「登山&キャンプ」
3/8

第3話 山とレンバス

「いきましょう、アナスタシアさん」

「はい、勇者サマ」


 とある休日。

 俺とアナスタシアさんは、パンパンに荷物を詰め込んだリュックを背負い山道へと踏み出した。

 なぜこうなったかというと、それは数日前――



「勇者サマの修行に同行させてくだサイ!」


 アナスタシアさんとお昼ごはんを食べていると、唐突に彼女がそう言ってきた。


「修行に、ですか? アナスタシアさんはエルフになりたいんですから、あまり俺のやってる修業は関係ないと思いますよ?」

「いいえ。もし二人とも異世界転生したらパーティを組むことになるんデス。だから同じ修行をしておくべきだと思いませんカ?」


 そう語るアナスタシアさんの瞳は、真剣そのものだった。


「なるほど。たしかにそれはそうですね」


 俺はアナスタシアさんの意見に納得しつつ、スマホを取り出して今週の修業の予定を確認した。


「でしたらアナスタシアさん。今週の土日はどうですか」

「ハイ! ワタシ、日本に友達がいないのでいつでも空いてマス!」

「そ、そうなんですね……ハハハ……」


 俺はなんと言えばいいかわからなかったが、話を続けることにした。


「えっとですね、実は修業のため登山とキャンプに出掛けようと思ってたんです。よかったら一緒に行きませんか?」


 こう誘ったのが月曜日。

 そして土曜日となった今……アナスタシアさんは完璧に装備を整えて、登山口へとやって来たのだった。



「はぁ……はぁ……」

「大丈夫ですか、アナスタシアさん」

「す、すみまセン……ちょっと休憩してもいいデスカ?」

「はい、当然です。休みながら行きましょう」


 登山を開始してから30分。

 アナスタシアさんと共に中腹辺りまで登ってきた俺は、彼女に付き合って登山道脇の岩へと腰を掛けた。


「さすがですネ、勇者サマ。重そうな荷物を背負っているノニ、軽々と登ってしまうナンテ」

「いやいや、ただの慣れですよ。俺も最初の頃はバテてましたから」

「ふふ、それでもすごいデス」

 

アナスタシアさんはそう言って微笑んだ。

 なんという可愛さだろう……正直、もはやエルフ級の可愛さだ。


「あ、そうダ。勇者サマ、これを一緒に食べませんカ? おやつにと思って作って来たんですケド……」


 そう言ってアナスタシアさんはリュックをゴソゴソを漁り、中から何かを取り出した。

『ん? 葉っぱ?』

 彼女が取り出したのは、まぎれもない葉っぱだった。

 しかし、よく見ればその葉っぱは何かを包んでいるようだ。

 そして俺は、それを見た瞬間……すぐにピンと来た。


「も、もしかしてこれって!」

「ふふ、そうです。レンバスです」


 俺は心の底から驚いた。

 レンバスとは、ファンタジー小説の金字塔『指輪物語』に出てくるエルフ族の携行食だ。

 非常に美味しいだけでなく、1つ食べれば丸一日行動できるという優れた効果が付与されると言われている。

 これをわざわざ作って来るなんて……やはり、さすがアナスタシアさんだ。本気でエルフを目指しているだけある。


「よかったらどうぞ、召し上がってくだサイ」


 アナスタシアさんが葉包みを取ると、クッキーにも似たレンバスが現れた。

 俺は「いただきます」と言い、レンバスを一枚とって口にほおばった。


「んっ!? 美味い!」


 味はスコーンにも似ていたが、普通に美味しかった。

 原作のレンバスには疲労回復の効果があったが、アナスタシアさんの手作りというだけで不思議と力が湧いてくるようだった。

 なにより……初めて女性の手作りお菓子を食べたので、天にも昇る思いだった。



 そして――


「もう少し! もう少しですよ、アナスタシアさん

「はぁはぁ……はい!」


 登山のラストスパート。もっとも苦しいが至福の瞬間。

 アナスタシアさんは初心者ながらもへこたれずに頑張って、そしてとうとう――


「わぁ……綺麗デスネ!」

 

登り切った先に待っていたのは、最高の景色だった。


「ありがとうございマス。勇者サマがいなければ、この景色を見ることはできませんデシタ」

「いえ、アナスタシアさんが頑張ったおかげですよ。俺は何もしてません」


 事実、ここまでに何度も俺は「引き返しましょうか?」と尋ねていたが、彼女は一度も首を縦に振らなかった。

 この景色までたどり着いたのは、彼女の根性と……異世界転生されたときのために修業しておきたい、という強い意志のおかげだ。



 それからしばらく、彼女は景色を見ていたかと思うと、急にこちらを振り返った。

そして――


「これから先、異世界転生されても色んな景色を見ていきましょうね、勇者サマ」

 

最高の笑顔でこちらを振り返った。

 俺は思わず、ドキリとしつつ「二人で修業するのも悪くないな」と思うのだった。


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